目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

60:パリピ副隊長

 ひとしきりファリエを抱きしめ、頬ずりして、ようやく満足したらしい。

 そっと体を離したアルマが、彼女のスキンシップによってボサボサ頭となったファリエを凛々しい顔で見つめる。

「安心しぃや、ファリエ。やらかしたアホ隊長のことは、副隊長がちゃーんと絞りまくってくれとったから」


 どうやらファリエが瀕死の最中にファーストキスを奪われ、蘇生後にダサダサパンツを拝まれた一連の出来事は、きちんと護衛班以外の団員にも伝わっているらしい。ファリエはようやくそのことに気付き、遠い目となる。

 やっぱりあのまま、死んだ方がよかったのでは――束の間そんな思いに駆られつつ、彼女は疲れ倦んだ顔で微笑んだ。半ばやけっぱちの笑顔である。


「副隊長は確か、今日お休みだったんじゃないですか?」

 ただこれ以上深堀りされると突発的に死を選びそうなので、少しばかり話題を反らす。

 アルマもあの事件をほじくり回したいわけではないらしく、話題転換にすぐさま乗ってくれた。

「せやね。昨日、家族サービスするってめちゃくちゃ張り切っとった通り、ふざけまくったサングラスかけて来てくれたわ」


 シリルは市街地でお祭りを堪能中に襲撃事件があった、と市内放送を受けて現場に駆け付けたらしい。時間外労働を憎む彼としては、破格の無料奉仕であろう。いや、それよりも――

「ふざけまくった、サングラス……?」

 ファリエは聞き慣れない言葉に、目を瞬いた。アルマが肩をすくめる。

「なんかな、星形のサングラスかけててん。枠が虹色のん。家族でお揃いで買った言うてたわ」

 なんだその、おめでたい光景は。普段のシリルとは、万が一つにも結び付かない。


 アルマによるとシリルは何故か、そんなファンキーサングラスを外さずに参上すると腕を組み、

「どうして貴方はそう、短絡的でいらっしゃるのですか。ファリエさんが疑似血液を携行されていらっしゃる事はご存知でしょうに。そういった土壇場でも我を失わず、平静を装う事こそが統率者の責務でしょう。にもかかわらず言うに事欠いて、下着等というセンシティブな内容にまで言及なさるなど、言語道断ではありませんか」

等と、滔々とうとうとティーゲルを𠮟りつけた後で、アルマたちに後処理をテキパキ指示するとさっさと家族の元へ帰ったらしい。


 つまりアルマがこうして着替えを持って来てくれたのも、シリルによる手配のようなのだが。それはそれとして。

「副隊長のサングラス姿……わたしも見たかった」

 ようやく受け取った紙袋を抱きしめ、ファリエはシュンとうなだれた。

 アルマは彼女の銀髪に手櫛を入れた後、おもむろに親指を立てる。

「安心しぃ。こっそり写真撮ってる、命知らずがおったから」

「えっ……バレなかったんですか? だって副隊長ですよ?」

「サングラスで視界悪かったからやろうな。幸いまだ気付かれてへんと思う。せやからバレる前に写真、こっそり焼き増ししてもろとくわ」

「ぜひ!」

 ファリエは食い気味に、そう答えた。紙袋を抱きしめる腕にも力がこもる。


 なお後日写真を貰ったファリエは、星形のサングラスがほんの前菜であったことを知った。

 普段は髪を後ろに撫でつけ、スーツも制服も皺ひとつ見当たらない完璧な装いの彼が、大きくハートがあしらわれたセーター姿だったのだ。ついでに首には造花で作られた花輪をかけており、頭には魔石灯がピカピカと光る、謎のカチューシャも装着している。

 とんでもない秋祭りエンジョイ勢っぷりに、ファリエは笑うことも忘れて絶句するのだが、それはもう少しだけ先の話である。


 今は自分の血まみれキス事案以上に気になる、最大の関心事を口にした。

「ところで、襲撃犯たちはやっぱり……」

 ファリエがちらりとカーシュ議員を見て言い淀んだ言葉を受け、アルマも表情を引き締めうなずいた。

「うん。やっぱり議員を狙ってたみたいやわ。そっちは今、隊長が取り調べしとるはず」

 アルマはそう言うと、カーシュ議員たちに向き直って頭を下げた。

「つきましては、まだ襲撃犯の残党が近くにおる可能性があります。出来ればこのまま、うちの本部でお待ちいただければと思ってますが、いかがでしょうか」


 彼女の提案に、カーシュ議員も気のいい女性から政治家の顔に変わる。

「ええ、もちろんです。皆様を危険にさらしてまで視察を行う必要性などございません。代わりに本部で、街のお話を聞ければと思います」

「はい。市長や団長と歓談できるよう、手配も進めてます」

「皆様とても優秀ですのね。有難い話です」


 議員の感嘆に、アルマは苦い表情で首を振った。ファリエも同様に、目を伏せる。

「いえ。私どもの不手際のせいで、議員を危険にさらしてしまいました。その点についてはお詫びのしようが……」

 そんなアルマの謝罪を、カーシュ議員はそっと手を出して遮る。次いで秘書と視線をかわしてから言った。

「いいえ、お気になさらないで下さい。こちらとしても今回の騒動は、旨みがございますので」

「旨み、ですか?」


 アルマが首をかしげると、議員に代わって秘書が答えた。先ほどまで汗だくだったので、まだ額がてかっている。

「先生も私も、あのような乱暴な手段を選ぶ政敵に一人、心当たりがございます。ですので今回の襲撃事件によって、その方を追いつめる手札が増える可能性が高いのです」

 そして議員も言い添えた。

「ですので私たちに協力できることがありましたら、どうぞ遠慮なく仰ってください。ますます有意義な視察になりそうですし」


 さらりと言い切って上品に微笑む様は、苛烈と名高い噂通りだった。その圧に一瞬怯んだアルマだったが、すぐに彼女もニヤリと笑う。

「ご協力、痛み入ります。それではお着替えの後、うちの車で本部まで移動いたしましょう。治療院から、更衣室の使用許可は得ていますから」

「まあ、ありがとうございます」

 議員と笑い合った後、アルマは三歩下がっていたファリエも手招き。


「ほら、ファリエも着替えといで。ほんで自分はこのまま、今日は上がってええから」

「え、でも、まだ仕事が――」

 思いがけない帰宅許可に、ファリエはオタオタと混乱した。アルマは眉を垂れ下げて困る彼女の額を、指先で軽く小突いた。

「ファリエが人間やったら、大怪我で入院しとるか霊安室で寝とるかのどっちかやってんで?」

 あ、とファリエが目を丸くする。


「そうでした……わたし、死にかけてました……」

 負傷への無頓着っぷりに、アルマが呆れ顔になる。カーシュ議員も困り笑顔だ。

「普通はめちゃ大事おおごとなんやから、もうちょい覚えときや? ってか、死にかけた子に『午後からも頑張って働けやー』とか、副隊長でも言わへんって」

「たしか、に」

「たぶん副隊長も『ボクチンみたいにお祭りエンジョイフィーバーして、飯食ってはよ寝ろ』って言うで。知らんけど」

「たぶん……副隊長、それは言わないと思います」

 あまりにもシリルへの解像度が低過ぎる想定に、ファリエもつい笑う。少なくとも“ボクチン”に限っては、言うわけがないと断言出来た。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?