目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第173話 一個人の時間への干渉

 あれから、ローラがロイに処方された薬を持ってきてくれて、それを飲ませて貰った私は、皆と一緒に古の森の砦にある部屋に戻ってベッドの中でゆっくりさせて貰っていた。


 どれくらい反動が出るか予想がつかなかったから、ここへ来た4日のうち、明日も一日空白の時間があるけど、それは自分の身体を休めるための日だ……。


 アルが直ぐに癒やしてくれたことと、ロイが処方してくれていた薬を飲んだお蔭で、吐き気や頭痛など、まだちょっと身体の怠さはあるものの、スラムで使った時よりも大分楽に動けるようになっていると思う。


【それでも、明日は一日大人しくしていた方がいいだろう】


 ということは私にも分かる。


 あまり能力の使用に関して思うように進まないことに焦りのようなものを感じていながらも……。


 6年後の未来まではまだ時間があるし、ちょっとずつ慣れていこう、と自分に言い聞かせる。


「アリス、お前が大分、魔力を調整出来るようになってるのは僕も感じているが、能力の使い心地はどうだ?」


 私が頭の中で一人で決意を固めていると、私のベッドの横に椅子を持ってきて座ったあと、私を心配したアルが問いかけてくれた。


「うん、今回は5分前に戻れるようにって強く自分でも願ってみたんだけど。

 本当に5分前くらいに戻れるようにあまり誤差も無く能力を使えたと思う。

 ……これって、多分、魔力の調整が上手くいったっていうことなんだよね?」


 アルの質問に詳しく答えれば。


「うむ、そうか。……もう既にそこまでコントロール出来るようになっているのか。

 やはり今回使用した魔力量は、使う能力に見合うだけの適量であったと言えるだろうな。

 その状態に馴染むことが出来れば、これから先、もし突発的に能力が出てしまった時も……。

 身体が必要最低限の魔力量を使うことを覚えているから、使った能力に見合わぬ魔力を放出してしまうこともなく、その身体に負担をかけてしまうことは大分減るだろう」


 と、アルがほんの少し安堵したようにそう答えてくれる。


 前に古の森に来た時、アルやセオドアが言ってくれていたように。


 使う量に見合わない魔力を大量に放出してしまうことになってしまうよりは……。


 自分の身体に馴染むように使えることになる方が反動も少なく、身体への負担も軽くなる、ということが本当にその通りなのだと私も今実感していた。


「だが、やはりお前の“時を操る”という能力は反動が大きすぎるのでな。

 僕もあの後ちょっと考えたのだが、これからお前が時間を操るということに制限を設けようと思う」


 そうして、アルから降ってきたその言葉に私は首を傾げた。


「……えっと、制限?」


 アルが心配してくれているのは分かるけど、自由に使えなくなってしまうと、それはそれで困るかもしれない、と内心で思いながらも。


 どういう意味なのかと問いかけるようにアルの言葉を反復して声にだせば。


「うむ。……ほら、アルヴィンが書き記した本に、お前の能力の詳細も載っていただろう?」


 と、アルが持っていた黒の本を取り出して私にわざわざ見せてくれた。


 私を心配してこの部屋にいてくれていたセオドアもローラもアルの発言に、私のベッドの周りに集まってくれて。


 みんなで囲んで、アルが提示してくれた私の能力が書いてあるページに視線を向けたあと。


「ここに書いてあるのはアリスが未来へと時を進めることも、過去へと時間を戻すことも出来るということだが。

 他にもその範囲を狭めれば、誰か一人の時間を進めたり戻したりすることが出来ると書いてあるだろう?」


 アルにそう言われて、私はこくりと頷いた。


「うん。確かにそうだったよね」


「アルフレッド様、それがアリス様の能力を制限するのに、どう繋がってくるのでしょうか?」


 ローラがアルに対して疑問を投げかけてくれれば。


 アルは、一度『うむ』と頷いたあとで……。


「アリスが周囲の時間を巻き戻すために能力を使うということは、この世界の全てに干渉している、ということに他ならない。

 必然、それに対して使う魔力も多くなってしまう。

 だが、アリスが使とする。

 その場合アリスが使う魔力量は、一個人のみの時間に干渉するだけとなり、周囲の時間を巻き戻す時に比べて大分減る筈だ」


 と、明確にローラの問いかけに対して答えてくれた。


 私では全く考えもつかないようなことだったから、アルの言葉に驚いていると。


「つまり、今後、姫さんが能力の練習をする時は、周囲の時間全てを巻き戻すよりも誰か一人の時間を巻き戻す時の方が、身体への負担も減るし、そっちの方がいいってことか?」


 セオドアがアルが今話してくれたことのメリットについて、率直に意見を出してくれた。


 それを聞いて、アルが『ああ、そうなるな』と、こくりと頷いてくれたあとで……。


「それに、魔力量を軽減するだけではなく。

 魔力のコントロールに関しては基本的に大きい力を使うよりも、小さい力を使う時の方がより緻密なコントロールが求められるものだ。

 アリスの身体を魔力に馴染ませるためには、そちらの方がどう考えても効率が良い」


 と、声を出してくれる。


「で、でも、アル……。

 誰か一人の時を戻すっていうのは、何て言うか、そのっ……。

 人の一生を、変えてしまうようなことになりかねないんじゃ、ないかな……?」


 周りの時間を巻き戻すのは、私含めて平等に全員の時間が巻き戻っているから……。


 そのことに対してはあまり複雑な気持ちにはならなかったけど。


 誰か一人を巻き戻すと言われたら、その人の人生そのものを今の周囲の時間を変えないまま、若返らせたりとかそういう感じになってしまうだろうし。


 能力を使ったあと、記憶は残ったままその人の身体が若返るのか、など。


 一体、どういう現象が巻き起こるのか想像もつかない。


 そして、もしも私が能力のコントロールを見誤れば大変なことになってしまうだろう。


 何て言うか、やってはいけないことのような……。


 ――禁忌であるような感じが凄くする。


 おろおろと、私が言葉を濁しながらも、何とかそのことをアルに伝えれば。


「でしたら、私の身体を使って下さって構いません」


「いや、侍女さんが身体を張る必要はどこにもねぇよ。

 姫さんが時間を巻き戻すんなら俺にしてくれたらいい」

 と、ローラとセオドアが名乗り出てくれる。


「……っ! ううん、絶対にだめっ!」


 直ぐに、ふるりと、首を横に振って二人のその言葉を否定すれば。


「うん? お前達。

 ……さっきから何を言っているのだ? 僕は人間で試すなど一言も言っていないぞ?」


 と、アルが此方に向かってもの凄く微妙そうな顔をしたあとで、声を出してくれた。


「えっ……?」


「どういうことだ? そういう話じゃねぇのかよ?」


「人間で試さないっていうことは……っ?

 アルフレッド様っ、それは一体、どういう……?」


 訝しげな声を出すセオドアと、ローラが不安そうな声を出すのを聞いて、アルが首を横に振る。


「うむ、お前達の直ぐ目の前に、何千年も生きてきた生命体がいるであろう?」


 そうして、はっきりとアルからそう言われて、私は、アルが自分の身体を使ってくれていいと言ってくれていることに、びっくりしながらも、戸惑ってしまう。


 確かにアルは人間と比べたら比較にならないくらい長生きしてきた種族ではあるけれど。


 それでも、アルの身体を使うということにも抵抗がある。


「でも、アル……、アルだって、時間を巻き戻されたりしたら大変なことにならない?」


 私が怖ず怖ずと問いかければ……。


「いや、僕ならば問題ない。

 ……アリスが試すのが僕であるならば、事前に僕の魔法をかけておけば、お前達と出会った記憶も失うことなく戻ることが出来るし、多少アリスが巻き戻すコントロールが上手くいかなくても、人間ほど大きく差が出ることも無いであろう」


 アルから、安心出来るような声色で丁寧に説明が返ってきた。


 その言葉に私のことを色々と考えてくれた上で、アルがこうやって提案してくれていることを知って、本当に有り難いことだなぁと思う。


「それに、もしかしたらアルヴィンがこの本を残した理由の一つに、こうやって僕がアリスの身体の負担を減らす方法について辿り着くことを視野に入れていたかもしれないしな」


 そうして、アルから言われたその一言に私は驚いて目を見開いた。


 それと同時にローラも、セオドアも驚いた様子で……。


「お前の半身がこの本を残す際、姫さんの能力のコントロールについてまで考えていたと?」


 と、アルに対して問いかけてくれる。


「うむ。

 性格などが多少変わっていたりするとはいえ、元々“僕たち”は同一の存在だ。

 、未来予知の魔女とこの本を作る際、アリスの傍にいる自分の半身のことは気にするだろうし、手助けしたいと願うはず。

 それと同時に自分の半身の傍にいる魔女のことも気にかけるだろう」


 そうして、言われたその言葉には素直に頷けた。


 元々アルや精霊さん達は魔女や能力者には驚くほど好意的だ。


 それは昔、魔女が今とは真逆で大切にされているような時代があったからだということも、精霊さんたちにとって魔女、能力者に出逢えること自体が特別であるという説明からも分かるけど。


 優しいアルの性格を思うと、アルと同一の存在であった半身のアルヴィンさんもまた、優しい性格をしているというのは想像が出来た。


 当たり前のようにそう言えるっていうことは、それだけアルがアルヴィンさんのことを信頼している何よりの証拠だろう。


「ありがとう、アル。

 これから能力を練習する時は、アルにお願いすることになってしまうけど……。

 そのっ、アルも身体に負担がかかったりするようなら、いつでも私に言ってね?」


 ――難しそうだったら、本当にいつでもやめてくれて構わない。


 という気持ちを込めて、アルにそう伝えれば、アルは私の言葉に力強く頷いてくれた。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?