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第197話【ナナシSide】



「いやー、それにしても大変な一日だったよな……。

 まさか、皇女様のパーティーであんなことが起きるとはっ!

 特にお前は病欠の奴の代わりに今日来たばっかりの新人だったし、丁度関わってしまったタイミングで運悪く毒が入れられてしまうような事件が起きて拘束されてしまって本当に災難だったな!?」


 皇族という立場のある人間が全て引き払ったあとの、人も少なくなったパーティー会場の後片付けを、あらかた済ませてから……。


 僕の肩をバンバンと叩きながら、隣で気持ちの良いくらい爽やかな声色で使用人の男が言葉をかけてくる。


「……いえ、別に」


 男の言葉にふるりと首を横に振り、言葉を返すと。


「そうか? まぁ、お前が気にしてないなら良かったけど」


 と、そう言われて……。


 僕は姿のまま、少しだけ困った表情を浮かべてみせた。


「仕事がまだ残っていますので、僕はこれで失礼します」


 丁寧に頭を下げて、そう伝えれば、今日飲食スペースで飲み物の補充を主に担当していた男が……。


「なんだよ、お前、本当に真面目な奴なんだなっ!

 ……まぁ、配属先が違えば皇宮で働いているといっても会わないかもしれないけど、また一緒に仕事になったときは宜しくな!」


 と、言いながらも僕のことを解放してくれた。


 その姿に薄っぺらい笑みを顔に張り付けて僕は皇宮内の目的の場所へと足を進めていく。


 その際、自分に“認識阻害の魔法”をかけて、傍から見れば僕の姿は見えないようにすることも忘れない。


 これで、人間には僕の姿は視認することが出来なくなった。


【唯一、僕の正体が見破れる可能性があるのはこの世界でただ一人、僕の半身だけだ】


 パーティー会場で、人間に手を貸し、ドワーフが作ったいにしえの魔道具、古代遺物アーティファクトと呼ばれる代物を使ってまで、魔力の痕跡を調べていたその姿に、内心、冷や冷やしっぱなしだったけど……。


 一先ず、自分の正体が気付かれなかったことは良かったと言えるだろう。


 あの片眼鏡モノクルの性能については僕も知っているし、もしかしたらこんなこともあるんじゃないかと、事前に手を打って魔法を使い、僕の魔力を変質させ。


 適当にそこら辺にいる少ない魔力しか持っていない人間を参考にして……。


 偽装カモフラージュしていなければ、確実に僕の正体は見破られていただろうし、本当に危うかった。


 ――“計画”は、まだまだ、完全とは言い切れないし。


 これから先の未来のことを思えば。


 今はまだ、僕自身、直接会いに行く訳にはいかない。


 それでも、久しぶりにかなり近しい距離でその姿を見て、元気そうにしていることに安心した。


【それと同時に、無償で人間に手を貸しているその姿に。

 長年引きこもっていた所為か、僕の半身は僕と違ってどこまでも甘いという気持ちが湧いてくる】


 まだ、人間というどこまでも醜い存在に、僕ほど嫌悪感は抱いていないという何よりの証だろう。


「……アルフレッド、お前もそのうち、気付くだろうな。

 人間がどれほど欲深く、意地汚い存在なのかということに」


 僕達がこの世に生まれて何百年も経ってから、誕生したくせに。


 我が物顔をして自然を破壊して、世界の全て、利用出来るようなものは全て利用し尽くして。


 まるで自分たちが神なのだとでも言うかのように。


 “”で、好き勝手に必要な物と不必要なものを“”していく。


【人間っていうものは本当に勝手な生き物でしかない】


 内心で、そう思いながら僕は唇を歪めた。


 思い描いた理想の未来を作るために、僕の計画の一部として組み込んだとはいえ。


 ほんの少しの間、その典型的な存在の傍に付いていなければいけない今の状況に辟易へきえきする。


【どろっとした醜い所だけを全て煮詰めたような人間の傍にいると。

 それだけで、僕自身も穢れていくような気がしてくるから不思議、だ】


 定期的に浄化しないと、のどす黒いオーラが、僕の方にまで纏わり付いてくるような気がしてならない。


 ふぅ、と小さく溜息を溢してから、気を取り直し、暫く一人で、歩いたあと。


 僕は皇宮の倉庫として使われている一室へと足を踏み入れた。


 此処は直ぐには出さない日持ちのするチーズや保存食などが置かれていて、皇宮で貯蔵庫として使われている部屋の内の一つでもあった。


 当然、曜日が決まっていて、週に2度ほどしか開けられないこの部屋はいつもなら鍵がかかっているけど、そんなこと魔法が使える僕には一切関係がない。


 何度か事前に調べておいたから、この部屋の構造はしっかりと把握していて、奥へと足を進めれば……。


 置いてある葡萄酒が入った樽にもたれかかって、すやすやと気持ちよさそうに寝ている茶髪で一見すると何の特徴も無いように思えるの人間が見えてきた。


 僕が、近くにあった棚に足をコツッと当ててしまって音を出してしまっても、肝心の人物が起きるような気配は何処にも無く。


 起きた時に騒がれても困るから、念のため、ロープで身体を縛り、テープで口を塞いでおいたけど、どうやらその必要も無かったみたいだ。


 ――長い歳月で“衰えた”と言っても、まだまだ、僕の力は健在らしい。


【尤も、そうじゃなきゃ、困るんだけど……】


「つかの間、身分を貸してくれてありがとう。……もう要らないから、返してあげるね」


 はっきりとそう口に出して、僕は自分の姿を元の姿へと戻したあとで。


 目の前の、本来なら今日パーティー会場で働く予定だった茶髪の使用人のロープを解いてから口元のテープをペリッと剥がした。


 この男は、パーティーの数日前に使用人の一人がの酷い体調不良に悩まされ欠員になってしまったので、その代わりにやってきた男だった。


 当然、その体調不良も、この男に関しても、全部僕が裏で都合をつけたんだけど……。


 書類を書き換えたり、何かを改ざんすることも、魔法を使えば出来ないということはない。


 ――こういう細かい作業は僕の半身の方が向いていることではあるけれど。


 お蔭で、影の薄い丁度良い人材を、僕が成り代わる為だけの存在としてパーティーに組み込むことが出来た。


【誰に対しても初めましての存在であるならば……。

 どんな口調で、どのように過ごしていても、その人格が変わっているなどということに気付かれることも、疑われることもない】


 ピンチヒッターとしてやってきた新人だから、特定の箇所につくこともせず。


『先輩の使用人達の状況を見て、人手が足りていない所などに入り、出来ることをするように』と、採用された時に偉い人にそう言われたと言えば、誰もそれを疑うこともない。


 まぁ、実際は採用された訳でもなく、適当に書類を誤魔化して一人分付け加えただけだけど……。


 でも、その甲斐あって、僕は今日パーティー会場で、比較的誰に縛られる様な事も無く、目的であったマルティスという人間の動向を確認しながら、一番近いところであの人間の悪事を証言することも出来た。


【あの女も、こんなにも早く事件が解決するとは夢にも思っていなかったはずだし。

 ましてや、僕のことを信じ切っているからこそ、この裏切りについてもまるで予想もしていないだろう】


 まぁ、どうせ使い捨てするつもりだったんだろうし。


 それが少し早まっただけだから、完全にその鼻っ柱を折れた訳ではないけど。


 僕としても、マルティスにはここで、退場して貰った方が都合がいい。


 このまま放って置いたら、意外にもしぶといあの男は、僕の計画を邪魔してしまうような可能性もあった。


【まだ、もう少し、“君”が見た未来の実現までには時間がかかりそうだよ】


 遠い昔の記憶に思いを馳せながら、僕は自分に浄化魔法をかける。


 瞬間、茶色の髪の毛がいつもの通り、くすんだ緑色へと戻っていく。


 髪の色だけはどうしても変えることが出来なかったから。


 間に合わせの茶色の染料を使って誤魔化したけど、そこまで違和感は出なかったんじゃないだろうか。


 未だ気持ちよさそうに眠っている人間を見ながら……。


【思いの他、上手いこと誤魔化せたな】


 と、思いつつ、そのまま僕は目の前で眠る人間を抱えて、倉庫から出た。


 扉の前に、横たわらせたあとで、眠っている使用人が起きた瞬間に認識阻害の魔法が解除されるよう設定し……。


 一応、僕が今日体験したことも全て、この男本人の記憶として植え付けておく。


 これで、この男が起きた時も問題ないはずだ。


 僕自身には認識阻害の魔法をかけたまま、少し前にあの女が用意した仮面を自身の顔に装着する。


 この仮面を見るだけで、内心、気持ちの悪さが湧き上がってくるんだけど、猛プッシュされてこれを付けることを強要された以上……。


 ここで暫く過ごす内は、これを捨てることは出来ないだろう。


【仕方がないから、暫くは、我慢するしかない】


 内心でそう思いながら、誰にも見つからないように第一皇子の部屋に向かう途中で、目当ての人間を発見した。


【やっぱり、僕の予想通りだったな】


 天使、……あの子のパーティーであんなことが起きたから、親である侯爵自体は帰っているだろうけど、自分は心配だから残るとでも言って、第一皇子の帰りを待っていたのだろう。


 日頃から、第一皇子と親しくしているからこそ出来ることのはず。


 今は第一皇子と話が終わって、帰ろうとしている所か……。


 それとも、何か詳しい事情でも探るつもりで、あの女の元へ行こうとしているかのどっちかじゃないだろうか。


 内心でそう思いながら、少しだけ険しい表情を浮かべたその人間が、皇宮内の廊下の曲がり角を曲がるそのタイミングで僕は自分にかけていた認識阻害の魔法を解いた。


「……ルーカス様」


 そっと今、偶然を装って出くわしたという雰囲気を演出すれば、突然、僕が目の前に現れたことで、銀髪の男の足がぴたりと止まった。


「……っ! っ、びっくりした……!

 って、あれ……? ナナシ……?」


 『なんでこんなところにいるの?』と、驚いた様に目を見開いて、此方を見てくるその姿に、僕は仮面を外さないまま。


「こんなところで、偶然ですね」


 と、白々しく声をかける。


「あー、うん、そうだね。

 ……えっと、君は“主人”に会ってきたばかりだったりする?」


 一応、今この場には、僕と目の前の人間、ルーカスというこの男以外誰もいないけれど。


 誰に聞かれるか分からないという認識があるのか、直ぐに言葉を濁して僕の状況を推測する目の前の男に、僕は首を横に振ってそれを否定した。


「……あ、じゃぁ、もしかしてこれから行くところ?」


 そうして、問いかけられた別の予測に対しても、もう一度首を横に振れば。


「……あれ? 違った? じゃぁ、何か頼まれた仕事をしていたところ、だったとか……?」


 と、目の前の銀髪の男は僕の先回りをし、思いつくことに関して質問を繰り返していく。


【あの女の傍に付くようになってから、この男の事も色々と調べたけど。……本当に賢い人間だ】


 内心でそう思いながら、僕はそのどれもに首を横に振り。


「いえ、そもそも、主人という前提が間違ってます。……僕は“”の配下に降ったつもりはない」


 と、はっきりとそう口にする。


 僕の本心からのその言葉に目の前でギョッとしたように目を見開いて。


 慌てた様子で、咄嗟に周囲に人の気配がないか確認する辺り、ルーカスの危機管理能力の高さが窺えた。


「……っ。あー、何て言うか、本当に、凄いなっ?

 今のっ、万が一にでもあの方の傍にいるような人間とか、誰かに聞かれてたら、どうするつもりだったわけっ?」


 困ったようにそう言ってくる銀髪の男に僕は仮面の下で少しだけ口角を吊り上げた。


 そうしたところで、きっと目の前の男には僕がどんな表情をしているのかは分からないだろうけど……。


「べつに困らない。

 僕は、あの女に縛られている訳じゃないから。

 縛っていると、勘違いしてくれたままの方が動きやすいから、訂正せずに放置しているだけで」


 ここまで言えば、僕が何を言おうとしているのかは、分かるだろうと思って敢えてその言葉を出せば……。


 目の前で、警戒心を強めた銀髪の男が……。


「……っ、成る程ね。

 ……前に会ったときに随分余裕な対応だと思ったんだよなァ。

 鍵で施錠された見張りのいる部屋にも忍び込んで、機密情報だって簡単に調べられるだけの能力はあるんだから、俺のことも、調べようと思えば直ぐに調べられるって訳だ」


 と、いつも出している取り繕った余所行よそゆきの高い声じゃなく、ほんの少し低くなった声で牽制するように僕へと言葉を出してくる。


「本当、油断も隙もあったもんじゃないっ。

 ……一体、俺の、エヴァンズの何処まで、調べた訳?」


 そうして、此方に向かって探るような言葉でそう言ってくるルーカスに、僕は仮面の下の表情を変えることもなく、淡々と言葉を口にした。


「……その全て、と言ったら、それで通じますか?」


「……っ、!」


 敢えて、そう問いかければ、息を呑んだ後で……。


 色々と諦めたのか、一気に沸騰した熱をクールダウンさせるように、小さく溜息を吐いたあとで、僕を見てくるルーカスの……。


 その感情のコントロールは、素晴らしく……。


 怒ったりするようなこともなく、その感情を一瞬で切り替えるような事が出来ているその姿に、感嘆する。


 僕は魔法を使って他人に成りすますことは出来るけど。


 自分の中にある色々な仮面を即座に付け替える、この男ほど器用な芸当は出来ないと改めて思う。


「それともこう言ったら分かりやすいですか?

 “”が故に、選択肢が“”なくて、人間のどろっとした醜いものを全て詰め込んだようなあの女に付かざるを得ないことになった、と……。

 それなのに、あなたのその奮闘ぶりを家族は誰一人、微塵も気付いていない。

 それでもいっそ、健気にその全てを守ろうとしている姿には……」


「……っ、あー、ストップ!

 もういいって。

 ……どうせ、全部バレてんのは分かったから。

 それで……? 俺に何の用?

 まさか、本当に偶然俺と曲がり角で出くわしたなんて今も尚、言うつもりじゃないよね?」


『君のスペックを考えたら、偶然人と曲がり角でぶつかりそうになること自体があり得ないんだから』


 と、言外に言われていることに気付いて、僕は仮面をつけたままこくりと頷いた。


「ルーカス様は、あの女にこのまま付いていることを本当に良しとされているんですか?」


 さっき、本人にも伝えたけれど、目の前にいるこの男の事情については全て把握している。


 どうしてあの女の傍に付くことになったのか、その経緯も含めて、何もかもを。


 だからこそ、言葉を濁すこともなく、純粋に疑問に思ったことを問いかければ、予想外の質問だったのか一瞬驚きに目を見開いたあとで。


 はぁっと小さく溜息を吐いてから……。


「……良しとするもなにも、もうそういう次元の問題じゃなくなってるんだよ。

 善悪の区別があるなら、俺は確実に悪側に落ちてるし、どんなに洗った所で、綺麗になるようなものでもない」


 と、答えが返ってくる。


 諦めにも似たような感情が見え隠れしているその姿に、僕は小さく笑った。


【嗚呼、本当に……。人間っていうのは、あれこれと、問題をややこしくするのに長けた生き物だな】


 思いの他、隠すことも出来ず声に出てしまっていたのか。

 僕の笑い声を聞いて、目の前で、ルーカスが訝しげに眉を寄せるのが見えた。


「……何が可笑しい訳?

 っていうか、俺のこと調べたんなら今の状況も含めて何もかもが分かってる筈でしょ?」


「……神経を逆なでしたなら謝ります。

 だけどもう、“時間が無い”ことは、他の誰よりもルーカス様が一番分かっていることでは?」それに構わず自分の思っていることをそのまま口にすれば。


「……っ、……それは……っ」


 僕の言葉に察する能力の高いルーカスは、それだけで何が言いたいのか理解した様子で、ほんの少し言葉を濁すように口ごもった。


「“”っていうことは、このままいくと確実に、ルーカス様が今まで必死になって守ってきたものは、泡になって消えてしまう」


「……あぁっ、ねぇ、本当にさ。

 ナナシって、マイペースだって言われない? それに加えて、人の神経を逆なですんのも上手いときた。……そんなこと、君に言われなくても分かってるんだよ」


「ここまで費やしてきた労力も、何もかも全てが徒労に終わり消えてしまうのだとしたら、必然あの女に従う必要もなくなるのでは?」


 今までは確かに従う必要があったのかもしれないけど、もうその必要もなくなるだろう。


 全てを難しく考える必要なんてない。


 もっと、単純に、シンプルに物事を見ればそれでいいのに、と。


 言葉にせずとも言外に滲ませて、声を出す僕に……。


 さっきまで、取り繕ったように笑顔を張り付けていたその表情から一転し……。


 僕の目の前で、口角の上がった口は元に戻り、ルーカスが唇をぎりっと、噛みしめるのが見てとれた。


「……っ! 何のしがらみもないのなら、俺だって、とっくにそうしてるっ!

 でもっ、あの方がもしも犯罪に手を染めていたことが周囲にバレて、その地位が失墜したらどうなると思う!?

 あの方に協力してた俺も、もれなく一緒に引きずり降ろされるだけだっ!

 そうなったら、俺の家族もっ、エヴァンズ家も決して無傷ではいられないっ!

 俺の首だけならどんな風になろうとも構わない。……だけど何か問題が起きた時、決して裏切ることがないようにと、今この瞬間にもずっと手綱を握られてるんだよっ!」


 強い怒りを露わにして、僕の胸ぐらを掴んだあとで、此方に向かって険しい表情を浮かべてくるその姿に。


 確かにその沸点は超えた筈なのに……。


 こんな時ですら、周囲を気にして自分の声量を気にかけるだけの余力があることに、僕は思わず感心してしまう。


 しかも怒ったのはその一瞬だけで、僕の襟元からそっと手を離したルーカスは、もう元通りに戻っていた。


 こういう所で、自分の感情をしっかりとコントロール出来るのは素直に凄いと思う。


 だからこそ、続けて話もしやすくて。


「僕には、ルーカス様の大切を助けてあげられるだけの力はない。

 だけど、ルーカス様さえその気になれば、あの女を陥れて、あなたが何よりも大事にしている家族を守ることくらいは出来ると思います」


 僕は遠慮することなく今日、ルーカスに会いに来た本来の目的をはっきりと口に出した。


 僕から出たその言葉はルーカスからしてみれば予想外だったのだろう。


 ほんの少し驚いたように目を見開いたあとで……。


「……っ。

 人の親切には裏があるってことを、俺は誰よりも知ってると思うんだけど、一体、何が目的な訳?」


 と、僕に向かって声をかけてくる。


 ――目的なら、ある。


 ……でもその全てを馬鹿正直に伝える必要は無い。


【僕の計画に、ルーカスは最後のピースを埋めるのに必要不可欠であり、絶対に外せない存在だというだけ】


 内心で、そう思いながらも……。


「僕はただ、あの邪悪という言葉を体現したような女が許せないだけです」


 と、口にする。


 ――別に、これも嘘な訳ではない。


 魔女という尊い存在を。


 赤を持っている人間を……。


 くせして、それら全てに目を瞑り、差別するようなあの女が許せないという事は紛れもなく僕の本心だった。


【特に、使の面影を色濃く受け継いだ、あの子のことを貶めようとするその姿はただひたすらに醜悪そのものと言っていいだろう】


「……っ、あの方に仕えていながら、そう言うってことは、なんか過去にとんでもないことをされて復讐のために近づいたとか、恨んでいるとか、そういう系だったりするの……?」


 はっきりと口に出した僕の言葉に驚いて問いかけてくるルーカスにきちんとした返事を返すこともなく。


「別にやりたくなければ話だけ聞いて、何もしなければいいんです。

あなたが今の状況を変えることもなく、あの女の傍に望んで付いているのを良しとするのなら、それを僕に止める権利はありませんから」


 と……。


 あくまでそこに僕の介入する余地はなく、自由意志であることを強調して、僕はルーカスに向かって声を出した。



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