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第209話 騎士の家



「では、私はこれで失礼します。

 殿下に鍵を渡しておきますね。

 調査が終わりましたら、元の場所に鍵を戻しておいて下さい」


 にこっと人好きのするような笑顔を此方に向けたあとで、村長さんはお兄さまに鍵を預け、私達に頭を下げてからこの家から出て行った。


 一階は見た感じリビングやキッチンがあって、二階に寝室や書斎などがある感じだろうか。


 きょろきょろと、部屋の中を見渡したあとで。

 どこから手を付けて良い物なのか、悩んでしまった私は……


「お兄さま、可能ならそれぞれに手分けをして探した方が良いですよね?

 私は何処を探索すればいいでしょうか?」


 と、取りあえずお兄さまから指示を仰ごうと思って、声をかけた。


「あぁ、そうだな。お前達は3人で一階を調べてくれ。

 どちらかというのなら、二階の方が個人で使用していた部屋がありそうだし、俺はそっちを調べてくる」


 私の問いかけにお兄さまがテキパキと指示を飛ばしてくれて、その言葉にこくりと頷いて了承したあと、私は一階にあるリビングに置かれた棚の方へと視線を移した。


【もしかして、アーサーの母親は、手芸が好きだったのかな……?】


 カントリー調で統一された部屋の中で、開けなくても見える範囲の棚の上には、毛糸で編まれたような人形や、刺繍が施されたハンカチ、手作りなのだろう瓶の中に入れられたドライポプリなどが品良く並べられていた。


 その一つ、一つを。

 こうしてずっと、まじまじと見つめている訳にもいかないだろう。


 セオドアがキッチンの方へ。

 アルが、一階にあるまだ開けてない方の別の部屋へと移動してくれたのを見送ってから……。


 誰かの家を、がさがさと漁ることに申し訳なく思いながらも。


 私は、一度心の中で謝罪したあとで、リビングに置かれていた棚の引き出しをそっと開ける。


 一番最初に目に入ってきたのは手芸に使われる針と糸だった。


 この引き出しの中には、手芸に使うための道具が大事に保管されているのだろう。


 今は関係が無いので、私はその引き出しを閉じてから、今度は隣の引き出しを開ける。


 次に目に入ってきたのは、手紙の束だった。


 几帳面にもその全てがばらけないようにと、毛糸でぐるぐる巻きにしてしっかりとまとめてあり。


 私がそれをほどいて、一つ一つ手紙の入った封筒を見て、おくにんの名前を確認すればアーサーが母親に宛てた手紙もかなり沢山あった。


【これは、凄く重要なものかもしれないな】


 内心でそう思いながら。


 私は手紙をアーサーが母親に送ったものと、それ以外のものに分別する。


 アーサーが母親に送った手紙だけでも30通くらいあって。


 それ以外の人から送られてきたものに関しては、一先ず、今は関係の無いものとして除けておき。

 とりあえず、私はアーサーから送られてきた手紙の方から手を付けることにした。


 日付を確認すると、5年ほど前から定期的に送られていたらしい手紙を時系列に並べ替えたあとで……。


 私は古い方から順に手紙の中身を確認していく。


 最初の頃は、新米の騎士になったアーサーが、元気に働いて過ごしているというごく普通の内容だった。


 例えば『先輩の騎士に揉まれながら一生懸命に頑張っている』のだとか。


 『早く自分の地位や立場が上がって、一人立ち出来るようになりたい』とか、そんな自身の近況を知らせるようなほっこりした内容が綴られていて。


 母親から定期的に送られてきていたのか……。

 仕送りに感謝するような言葉なども並べられていて、そこに何か問題があるようにも思えなかった。


 手紙の内容に少し変化が訪れたのは、3年ほど前に送られてきたものからだった。


 その頃から、母親の持病が悪化したのを心配するような内容の手紙が送られてはいたのだけど……。


【母さん、元気にしていますか? 体調は大丈夫?

 俺は騎士として、何とか元気にやっています。今日は、凄く嬉しいことがあったんだけど……。

 が、俺と個人的に面談をして下さり、騎士としての俺を認めて依頼をこなす代わりに、金銭面的に援助をしてくれることになったんだ。

 これで、母さんの病気を治せることも出来るし、楽に暮らせるように古くなってしまった実家を建て替えることも出来ると思う】


 ――多分、この手紙が最初だと思う。


 “”という文言で、アーサーの手紙に度々、第三者であるその人が登場するようになっていったのは。


【母さん、元気にしていますか?

 俺は、立場が上の方の細々こまごまとした依頼をこなすことにも最近ようやく慣れてきて。

 簡単な任務ばかりにも関わらず、報酬は相変わらず破格で、俺もようやく騎士として一人立ちをすることが出来て、金銭面的にも母さんに心配されるようなことはなくなっているよ。

 だから、此方に仕送りをしないで、母さんは自分の事だけ考えてくれていい。

 最近、また病気が酷くなっている様子なので、体調には充分気をつけて】


 最初の頃には頻繁に、立場が上の方という謎の人物に援助をして貰って、純粋に喜んでいたアーサーの手紙の中には、皇宮で働いている騎士としての仕事とは別の、細々とした簡単な依頼をこなしていることが書かれていた。


 その任務については、誰かに教えられない規約でもあったのか、その内容に関して詳しく書かれたような手紙はどこにも見当たらなかったけれど。


 共通して言えるのは、その依頼がどれも、アーサーが行うには簡単なものであり……。

 けれど報酬が破格の金額だったことが手紙の内容からも察することが出来た。


【母さん、元気にしていますか?

 上の立場の方から依頼をされていた任務の内容が、最近、可笑しなものだということに気付きました。

 俺はもしかしたら、取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれない】


 そうして、暫く経ってから。


 アーサーの手紙の内容に変化があった。


 多くを語ることはしないけれど、アーサーが何か大変な事に巻き込まれてしまった可能性を示唆するような内容は……。


 これまで純粋に『お金が入ってきて楽になった』と、喜んでいた雰囲気とは打って変わって雲行きが怪しいものになっていて。


 私は手紙を読み進めていくうちに、びっくりしてしまう。


 日付を見れば、その手紙が送られてきていたのは1年ほど前の手紙で……。

 私の手元にある未読の手紙は、あと、3枚にまで減っていた。


 残りの手紙に関しても、一通、一通、読んでみたけれど。

 けれど、“”と、アーサーから直接その人物が出てくる手紙はこれで最後で。


 後の手紙は、どれも似たり寄ったりで、自分のことに関して心配はしないで欲しいという内容と、母親の病気を心配して労るようなものが綴られているだけだった。


 ただ、最後にアーサーが送ったと思われる手紙には、『暫く帰れない』という事と、『手紙も書けなくなってしまう』かもしれないという事が書かれていて。


 その最終的な日付は、数ヶ月前……。


 “囚人の毒殺事件が起きた時期”と、限りなく近い日付になっているのが分かって、私はその一致に思わず目を瞬かせた。


 手紙の内容から……。


 マルティスが仮面の男に脅されていたように、アーサーも母親の病のために、誰かから依頼を受けて今まで騎士である自分の仕事とは別の、何かの仕事をこなしていたというのは分かる。


 ただ、マルティスとは違い、アーサーからは仮面の男という名称は出て来ずに。

 “立場が上の方”と書かれていることからも、アーサー自身はこの人物に関して明確に誰なのか認識していたことになるんじゃないかな。


 そうなると、裏にいる人間についてアーサーは仮面の男を介さずに直接、その人物と遣り取りしていたことになる。


【だとしたら、皇宮で働いているような役職のある人が裏にいる、のかな……?】


 少なくとも、手紙の内容から考えるに、顔も名前も知っている人間が、自分の言うことを聞いて貰う代わりに色々とアーサーに便宜べんぎを図っていたことを思えば……。


 お父様やお兄さまとこの間話した時に浮上していた“他国の人間”が関わっているのではないかという線は限りなく薄くなる。


 この国の貴族が裏にいる、という線は無きにしも非ずだけど。


 その場合、皇宮で働くアーサーに接触することができるほど近い立場にいた人間と考えれば、宮廷貴族官僚などの仕事に就いている人間が、アーサーに近づいて仕事を言い渡していたと考える方が理に適っている気がする。


 そこまで考えて、私は此方に向かってやってくる2人分の足音にハッと顔を上げた。


「アリス、何か見つかったか?

 シャワールームには下着やタオルなどが置いてあるだけで、僕のところは空振りだった」


「同じく。……キッチンにおいてある棚なども細かく調べてみたが、食器類などがあるだけで俺の方も何も見つからなかったな」


「セオドア、アル、調べてくれてありがとうっ。

 私はアーサーが母親に宛てた手紙をいっぱい見つけたよ」


 自分たちの所を調べ終わって、戻ってきてくれたのだろう。


 声をかけてくれた2人に、その場にしゃがみ込んで手紙を読んでいた自分の体制を整えて立ち上がると……。


 私はさっきまで自分が見ていたアーサーからの手紙の内容を詳細に伝えることにした。


 私の話を聞いて、2人は驚いた様子だったけど……。


 直ぐにセオドアもアルも、その内容からアーサーの置かれていた状況や背景については私と同様の意見を持ってくれたみたいだった。


「成る程な、皇宮で働いている官僚か。……ソイツはまぁ、有り得る話だな」


「うむ、取りあえずマルティスの時と同様に、アーサーという騎士の後ろに誰かがいるのは間違いないだろうな。

 たちが悪いのはマルティスとは違い、アーサーが善良な人間のような気がする所だろうか」


「あぁ。手紙の内容から察するに、アーサーは何も知らないで依頼をこなしていて。

 それが結果的に悪事に荷担するようなものだった……。

 それに気付いた時にはもう既にかなりの数の依頼をこなしていた、っていう可能性は高いだろうな」


 そうして、2人から降ってきたその言葉に私もこくりと頷いて同意する。


 アーサーの手紙に書かれた物から推測することしか出来ないけれど、2人が言っていることは今の段階で私にも考えつくことが出来た。


 気付いた時にはもう、後戻りなど出来ないほどに沼に嵌まってしまっていて、そこから出ることすら出来ない状況になってしまったのかもしれない。


 この手紙は、アーサーが囚人の毒殺事件に関与していた明確な証拠とまではいかないけれど。


 アーサーが誰かに頼まれて、悪事に荷担するような依頼をこなしていたと思われるだけでも。

 かなり重要な手がかりの一つであることは間違いない。


 それに、最後に送られた手紙と囚人の毒殺事件が起きた日付が近いことなども含めて考えると、これが偶然のものとは到底思えなかった。


 一体、どんな気持ちで母親に向けて最後の手紙を書いたのだろう……。


 頭の中でそんな風に思いながらも。


 アーサーがまだ生きているのだとしたら、悪事に荷担していたことをそもそも知らなかったとか……。

 “病の母親を思って”という動機には、情状酌量の余地はあるだろうし。


 もしも、まだ彼が生きているのだとしたら、その身の安全の為にも一刻も早く探した方がいいと思う。


 彼が証言台に立ってくれたなら、事件の裏にいる人間も必然的に暴くことが出来るはず。


「アル、この手紙に残っているアーサーの魔力の痕跡から、今アーサーがいるような場所を辿ることは出来ないかな?」


「うむ、近くの品などから魔力が残っていれば、それを順に追ってアーサーが使っていた品物を辿ることは可能だが。

 ブランシュ村の近くに当人がいるとは思えぬし、昔使っていたものに魔力が残っていても、今、使用している訳ではないだろうから、そこからとなると極めて難しいだろうな」


 ダメ元でアルに、アーサーのことを探せないかと問いかければ。

 アルからは、やっぱりあまり芳しくない答えが返ってきた。


「そっか……」


 その言葉に落胆はしたものの。


 アルの魔法自体がそもそも特別なものだから、別にそれでマイナスになった訳ではない。


 最後の手紙には暫く帰れないということと、手紙を書くことが出来ないと書かれていただけだから、アーサーが生きている可能性については、まだ充分に残されていると思う。


 他にも家の中に手がかりが残されているのなら、何かあったときに、アーサーが頼ることの出来る親戚や、行きそうな場所の宛ても見つかるかもしれないし……。


 確実に進展はしたと思う。


 一先ず、お兄さまにこの事を報告したあとで、今後どうするかなども含めて考えた方がいいだろう、と思った私が


「これからどうするかも話し合わないといけないし、早速、お兄さまにもこの手紙の事を伝えてくるね」


 アルとセオドアに向かってそう声をかけた瞬間。


 丁度、タイミング良く二階から降りてきたお兄さまが、リビングの扉を開けて此方に入ってきてくれたのが見えた。



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