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第212話 その男の目的



 私達にヒューゴと名乗ったその人は、遠慮など欠片も無く。


 お兄さまとセオドアの前に置かれていたこのお店で一番値段が高いらしいお酒を酒場の主人に頼むと、お兄さまの隣に腰掛けて座った。


 因みに席順は、左からアル、セオドア、私、お兄さま、ヒューゴの順番だ。


 屈強そうな人達が集まるこの酒場において、あくまで他の人と比べれば線が細い部類に入るその人は、お兄さまもいるのに、かなりフランクな口調で。


 だけど、あまり憎めないような人好きのするような雰囲気で此方に向かって笑顔を浮かべてきた。


 そうして、カウンターに右肘をついて、此方に向かって覗き込むように見て来たその人は。

 私の姿を一目確認したあとで、驚いたようにその目を見開いた。


「……あーっ、コイツは失礼しました。

 フードを被ったって訳じゃぁ、なかったみたいですね。

 皇太子様と一緒に居る“赤髪”の少女だなんて、この国で暮らしていりゃぁ、その素性を明確に此方に教えているようなものだ。

 成る程、酒場の主人はお二人を見て、本物だって判断してた訳ね。

 いつもは店内で迷惑な客がいれば、直ぐに止めるのに、様子見している時点で可笑しいと気付くべきだったな。

 改めまして、“皇女様”。……お目にかかれて光栄です」


 そうして、さっきのフランクな口調とはまた違い、仰々しく胸元に手を当てて頭を下げ、此方に向かって声を出してくるヒューゴのその姿に。


 私も慌ててぺこっと、頭を下げた。


「あっ、はい。……ありがとうございます」


 口に出してお礼を伝えれば、ヒューゴはまた驚いたように目を見開いたあとで。


「この国の皇女様ってのは、とんだ“じゃじゃ馬娘”で手がつけられないほど、我が儘だって聞いていたんだが。

 いやはや、世間で流れてる噂ってのは全く当てにはならないもんですね?

 俺みたいな下々の人間にもお礼を言うだなんて、この場にいる誰よりも丁寧な対応でっ。

 ここらにいる破落戸ごろつきにもいっそ、その爪の垢を煎じて飲ましてやりたいくらいですよ。

 ……そうすりゃ、荒くれ共も、ちょっとはマシになるってもんだ」


 と、私のことを見て穏やかな表情から一転、苦笑を浮かべてから、酒場の主人がコト、と置いたグラスの中のお酒をクッと一口で呷っていく。


 そうして酒場の主人に


「あぁ、コイツは良い、中々お目にかかれないような上等品だ。……もう一杯くれるかい?」


 と口にして、ちゃっかりと更にもう一杯、お兄さまの奢りであることを利用して。

 いっそ、気持ちいいくらいに遠慮無く注文をするヒューゴのことを見ながら。


 私の隣に座っていた、セオドアが小さく溜息を溢しつつ。


「それで? アンタは“隣に座ってくれた訳だろ?

 時間には限りがあるから、まどろっこしい事はいい。

 単刀直入に言うが、俺等はブランシュ村の人間の情報について詳しく知りたいと思ってる。

 アンタがとびっきりの情報を持ち込んでくれているなら有り難いが。

 別にアンタが碌な情報を持ってなかったとしても、例えば、長いことブランシュ村に暮らしてて、住民について詳細な情報を持っているような奴に心当たりがあるなら教えて欲しい」


 と、声を出してくれた。


 セオドアの一言に、面白いようなものを見るような目つきで口元を緩め


「ははっ、いや、俺も中々周囲から、情緒ってもんに関しては縁もゆかりもない人間に見られがちだが。

 護衛の兄さんは、群を抜いて、それが顕著けんちょじゃぁ、ねぇのっ。

 兄さん、まだ18歳程度かそこらだろ?

 そんなにも達観して、世の中の真理を悟ったような目をするには、ちぃと早すぎる。

 多少、長生きしている人生の先輩である俺からすれば、こういう酒場では会話を楽しむのも存外悪くねぇもんですぜ?

 あー、兄さんには是非とももうちっと、余裕を持って生きることをオススメしたい所だが」


 と、ヒューゴが、此方に向かって声をだしてきた。


「それで、生涯何も困ることなく、腹一杯、飯が食えるって言うんなら幾らでも付き合うが。

 生憎、無駄なものに時間を割いている暇なんて今の俺にはねぇんでな」


「あまりこの男と同じだってことは認めたくないが俺も同意見だ。……御託などは良い。

 俺たちがブランシュ村に来てからの動向について知っているから、此方に向かって声をかけてきたんだろう?

 自分が何か、明確に俺たちの助けになるかもしれないから、恩を売るつもりで」


 そうして、お兄さまとセオドアが二人して、ヒューゴがカウンターに座り、私達に向かって声をかけてくれた“その行動”の意味をしっかりと問いただしてくれると。


 一度、溜息を溢したあとで、ぐしゃりと前髪を掻き上げたヒューゴが。


「……はぁ、こりゃぁ、参ったねぇ、どうも。

 護衛の兄さんだけじゃなくて、皇太子様は更にその上を行くような堅物ときた。

 賢いだけの男なんて、つまらねぇと思いやしませんか?

 ほらっ、多少は話に花を咲かせて、可愛い女の子を楽しませるくらいのリップサービスはしてくれねぇと。

 酒の場で女の子を口説く時にゃ、その場が盛り上がるような面白い話ってのは鉄板でしょう?

 こんな周囲に娯楽も何もないような廃れたような酒場じゃぁ、特に。……ねぇ、皇女様?」


 と、パチリとウインクをしたあとで、何故か私に向かって声を出してきた。


「……えっ? 私ですかっ……?」


 いきなりヒューゴから話を振られてしまい、咄嗟にどう答えていいのか分からず、目をぱちくりとさせながら驚いていると。


「男同士で話に花を咲かせるも何もねぇだろう?

 大体、楽しませるってのがどんな物なのか知らねぇが、まさか、10歳である姫さんを口説くつもりで此処に座って来たとか言わねぇよなァ?

 それとも、アンタは年齢に関係なく、女なら誰でもいいタイプだって自己紹介でもしてくれてんのか?」


 と、セオドアが警戒したように声を出してくれた。


 その姿を見ながら、肩を竦めたあとで、ヒューゴが


「いやいやっ、別に誰でも良い訳じゃありませんぜっ?

 俺が口説くのは可愛い女の子限定って相場が決まってるんでね。

 そりゃぁ、こんなにも将来有望なとびきりの美人になりそうな御方を見逃すのは惜しいっていうか……」


 と、口に出して、言葉を言い終わるその前に。


 多分私のことを心配してくれて、そうしてくれたんだと思うんだけど……。

 セオドアから刺すように降ってきた鋭い視線を見てから慌てて取り繕ったように


「……あぁっ、ほらっ、ほんの、冗談ですってば。

 護衛の兄さん、そんなっ、今にも人一人、射殺してきそうな殺気を……。

 俺みてぇなっ、何の力もねぇ、ただの一般人に向けてこないでくださいよ!

 こちとら、耐性が付いてないんだから、それだけで自分の生死を手のひらの中で握られているような感覚がして心臓に悪いですって」


 と、ヒューゴが私達というより、セオドアに向かって慌てて取り繕ったような口調で言葉を出してくる。


 にこやかに人好きのするような笑顔を向けて、おどけながらも、私達に対してどこまでが許されるのかと、此方の様子を窺いつつ。


 決して、一線を超えることはないギリギリの所を探りながら、どこか巫山戯たような態度で話してくるその姿に。


 何となくを感じた私は、嗚呼、と頭の中で該当する人物を思い浮かべた。


 人に向かってカテゴリーに分けて分類するのは失礼かもしれないけれど。


 この人、その態度とかも含めて。

 何処となく、ルーカスさんを彷彿とさせるようなタイプの人だな、と一度認識したら、思いの他その例えが、自分の中でかなりしっくりきてしまった。


「……へぇ? 冗談、ねぇ? ……ソイツは本当に便利な言葉だな?」


「あぁ、そうだな。……今すぐ、アリスに対する不敬罪で捕まえるか」


「いやいや、皇太子様もっ! そこで護衛の兄さんに加勢しないで下さいって。

 あぁ、でも、成る程ねぇ……。

 さっきから、どうしても拭い去れなかった違和感がこれで、一気に氷解しましたよっ。

 第一皇子様に、全く敬語を喋ることもなく、敬うこともしていない護衛。

 ……俺が砕けた口調で最初にご挨拶した時ですら、何も言わなかった所を見ると、気安い雰囲気で喋りかけられることに関してかなり心が広くって寛容な皇太子様のご配慮の上かと思ってましたが、どうも、違ったようだ。

 騎士の兄さんの本当の主人は皇女様、この小さな可愛いお姫様だって訳か。

 それで、皇太子様の怒りのトリガーも自分に向けられるようなものよりも、皇女様にある、と」


 そうして……。


『成る程、話してみるもんだな。……コイツは面白い収穫を得たものだ』


 と、言いながら此方を見てくるヒューゴに私は目を瞬かせた。


 “ノクスの民”でもあるセオドアが私の護衛であることは、広く一般にも知られていることじゃないのかな……?


 普通の護衛ならまだしも、セオドアはその外見的特徴でどうしても目立ってしまうし。

 私が“ノクスの民”を従者にした件については、当時、それなりに話題になったということを私自身も自覚している。


 一般的にあまり、ニュースなどが行き渡らないようなスラムでさえも。

 ツヴァイのお爺さんと会った時、私の護衛にノクスの民であるセオドアが付くようになったということは知っていたはずだ。


 ――嗚呼、でも


 ツヴァイのお爺さんに関しては、情報を取り扱う本職の人だからっていうのもあるだろうから比較対象として例に挙げるにしては不適切かな……。


 ただそれでも、少なくとも、デビュタントで私のパーティーに来てくれたような人はみんな、私のパーティーに来てからそのことを知った訳じゃなく。


 何も言わなくても自然に私の護衛にノクスの民であるセオドアが付いていることは広まっていたから……。


 【当然、この国に住んでいる人間なら、セオドアの名前までは知らないまでも、皇女がノクスの民を従者にしているということ自体は知られていても可笑しくなだろう】


 という勝手な思い込みみたいなものがあって、ヒューゴのその言葉には驚いてしまった。


「あのっ、私の護衛にノクスの民であるセオドアが付いていることは、知られていることじゃ……?」


 戸惑いながらも、その場でおずおずと、発言すれば。


「あぁ、そりゃぁ、まぁ、王都にいる人間には一般庶民にも広く知れ渡ってるんでしょうね。

 けど、皇女様。……なんたって、ここは辺境にある小さな村ですぜ?

 王都で数年前に流行ったようなものが、今遅れてやってくるなんてこともザラにある。

 現に、ソマリア人だったアイツらも外にあまり出ないことで有名な貴女様のみならず、皇太子様の顔さえ碌に認識出来ていない奴らだったしょう? 俺も含めてね」


 と、ヒューゴから苦笑したように言葉が返ってきた。


 その言葉に、驚きつつも。


 確かに王都で流行ったようなものや、ニュースなどに関してもかなり遅れてやってくるのなら……。


 今年に入って私の護衛に付いてくれるようなことになったセオドアのことに関して。

 この辺りに住んでいるような人達があまり認識していないことなのだと言われたことには素直に頷けた。


「あぁっ、確かに、そうですよね。

 知ってて当然みたいな感覚で喋っちゃって、本当にごめんなさい……」


 何でも自分たちのことを知られている訳じゃないのは考えて見れば当然のことなのに、と思いながら。


 その言葉に、自分の感覚の方が可笑しかったのだと気付いて、ヒューゴに向かって直ぐに謝罪すれば


「いやっ、それが当然っていうか。……別に皇女様が謝るようなことでもねぇでしょう?」


 と、どこか、調子が狂ったような表情を浮かべて。


 『純粋な視線で真っ直ぐに謝られると、本当にやりにくいな』と、ぽつりと声を溢したヒューゴが自分の頬を掻いたあとで、ふぅっと溜息を溢したのが聞こえて来た。


「うむ、それで? 無駄話が多すぎて話がさっきから一向に進展していないように思えるのだが。

 結局、お前は僕達に、一体何の情報を提供してくれると言うのだ?」


「あーっ、とうとう、今まで全く喋らないで黙ってた少年まで俺のことを急かすようになっちまいましたかっ。

 ……皇太子様が今日、ブランシュ村のアーサーの家に何らかの調査に来たってとこまでは俺も分かってたんですよ。

 それで、アーサーの家に入ってたのを見て、ブランシュ村の人間が国のトップに立つようなお立場である皇太子様ご一行が何を目的としてブランシュ村に来たのか分からなくて、困惑してるってのもね」


 そうして、念願の酒場という場所に来て、色々と周囲にある物全てを興味津々で見渡していたアルが。


 段々、この場所にも慣れ、知りたいという欲求や知的好奇心がある程度満たされて、そうすることも飽きたのか……。


 私達の話をしっかりと耳では聞いてくれていたのだろう。


 話の本筋を戻してくれるように、ヒューゴに問いかけてくれると。


 少しだけ苦笑しながらも、ヒューゴが私達が今日ブランシュ村に来て、アーサーの家に調査に来たことを知っているという所まで話してくれた。


「あぁ、まぁ、そうだな。

 アーサーの家を調査することで、俺たちの目的が、領主や村人達に良いものじゃねぇって気付かれたのが原因だろうな。

 宮廷で働いていた騎士であるアーサーの家を調査しているんだったら、アーサーが何かを仕出かしたんじゃないかって、不安に思って。

 もしかしたら、アーサーと親しくしていた自分たちも、そのことによって、何らかの不利益を被ってしまうんじゃないかって疑心暗鬼になっちまうようなことは、こんな小さな村に住んでる人間が感じても仕方がないっていうか、そういう所は弱者が多いスラムにも通じるようなものがある」


 それに対して、セオドアが淡々と、村人達がどう思って私達にあんなにも素っ気ないような態度を取るようなことになったのか。


 事実をありのまま、私達にも分かりやすいように噛み砕いて説明してくれれば。


「あぁ、確かに。

 護衛の兄さんの言う通り、閉鎖的になるってのはまぁ、こういう小さな村にはありがちな内容だ。

 みんな、自分に累が及ぶようなことになる可能性を恐れてる。

 アーサーが一体何をしたのかまでは、当然俺等には分からないことだが、皇太子様がわざわざ、こんな小さな村までやって来るってことは、それだけ何か重大なことがあるんでしょう?

 だから、皇太子様達は明日、アーサーの母親がいる教会に向かって、何か協力して貰うために説得するようなつもりなんじゃないですかい?」


 と、限られた情報の中で仮説を立てて私達がこれからどう動くかなどについて想像して此方に向かって声をかけてくる、ヒューゴの頭の回転の早さに驚くと同時に。


 私は、あまりにもヒューゴ自身が、ブランシュ村について詳しすぎることについて違和感を覚えた。


 そもそも、私達がアーサーの家に調査に来たことは、村人達ならばそれが誰の家なのか詳しく知っていても可笑しくないことだとは思うけれど。


 あくまで、ここが村の外れにある鉱山の麓の酒場であり。


 さっき、セオドアも言ってくれていたように、鉱山の鉱石を採掘することを目的とした他国の人間も出入りしやすいことも含めて。


 どう見ても、顔の造形を見るに生粋のシュタインベルク人とは違う異邦人とも取れるような雰囲気をしているヒューゴが……。


 アーサーのことのみならず、アーサーの母親が教会にいることについても知っているということは、ここ数年、鉱山付近に暮らしていたとしても、有り得る話なんだろうか。


「あのっ、ヒューゴはどうしてそんなにもブランシュ村のことについて詳しい、んですか?」


 私の問いかけに、此方を見て来たヒューゴが。


 酒場の主人から自分の手元に置かれ、未だ、グラスのふちぎりぎりいっぱいにまで注がれて飲まれていない真新しい透明のグラスを手元で遊ばせ、カラカラと、中の氷を揺らして音を立てながら。


「いや、なにっ、俺は、ソマリアの父とシュタインベルクの母から生まれたハーフなもんでね。

 どこの国でも大抵高値で遣り取りされるものだが、例え、こっちの国ではゴミ扱いされるような鉱石も、ソマリアは特にシュタインベルクで採れる石についての買い取り価格が高いことでも知られてて、そこそこの値段で売れることは俺たちみたいな冒険者からすると常識だ。

 貧しい暮らしで生まれた俺は、鉱山で一発当てたいっていう父の影響で、幼い頃、ブランシュ村に数年、暮らしていたことがありまして。

 当然村の人間とは親しくしていた上に、アーサーと俺は年が近いってのもあって、幼なじみみたいなもんだったんです」


 と、少しだけ過去を思い出して懐かしむような口調でそう言葉を返してきて、私は驚いて目を瞬かせた。


 でも、確かにヒューゴの言葉の通りなら、ブランシュ村のことについて、ヒューゴがこんなにも詳しい様子なのも理解出来た。


「まぁっ、結局碌な仕事にも就かず、夢を見て冒険者をやってた父の背中を見て。

 俺も定職に就くことなく、その日暮らしでのらりくらりと同じことやってる時点で碌でもねぇ人間だが。

 アーサーはそんな俺とは真逆で、優しくて真面目な奴だったってのもあって。

 皇太子様がアイツの何を調べているのか、探るつもりで声をかけたのが3割。

 話次第では顔見知りの村人に協力を仰ぐ気持ちも辞さないって考えが2割、“打算”に関してが5割って、ところですかねぇ」


 そうして、此方に向かって回りくどいような言い方をしてくるヒューゴに。


「ふむ、アーサーのことを心配する気持ちが3割あって、僕達の話次第では、村人に口を利いてくれるような気持ちもある……。

 だが、その殆どが、打算で5割ということは、お前は何か僕達にして欲しいことでもあるのか?」


 と、アルがヒューゴの言葉を分かりやすく解読してくれたあとで声をかけてくれた。


 その言葉に


「いや、コイツは驚いたな。

 王都で暮らしている子供ってのは、皇女様も含めて誰も彼もがみんなこんなにも聡明な感じで大人びているようなものなんですかい?」


 と、苦笑しながらも、ヒューゴはその言葉を否定することもなく。


 私達の方を見て、さっきまでおどけていた様な様子とは打って変わり、真面目な表情を浮かべて、こくりと真剣な様子で頷いてくる。


「お前の頼みが何なのかは知らないが。……残念だが、俺等に使える時間は、有限だ。

 アーサーの母親を当たった方が、村人達に協力を仰ぐという点では問題なさそうなところをみるに、俺たちにどんなことをして欲しいのか不透明すぎるお前の打算を叶えるよりも、普通に考えれば、そちらの方がずっと効率的といっていいだろう」


 そうして、お兄さまが、今の話を総合的に判断してヒューゴに向かってそう声を出すと。


「ところが、どっこい。……それが、そうでもねぇんですよ。

 アーサーの母親は持病の進行がかなり進んでて、とてもじゃないが教会から出て村に一瞬でも帰ってこられるような状況じゃない。

 明日、皇太子様達が教会に行ったとしても、彼女からは恐らくまともに話が聞けることもないでしょうね」


 と、ヒューゴから言葉が返ってきた。


 その言葉に僅かばかり目を見開いた後で、お兄さまが……。


「成る程な。……教会に行って、無駄足になる可能性については考慮していなかったな。

 お前の言葉が本当なのだとすれば、村人達に口利きすることが出来るというお前の協力に関しても、一考の余地がある」


 と、声を出してくれる。


「……それで? お前がそうまでして、俺たちに頼みたいということは一体なんなんだ?」


 そうして、お兄さまがヒューゴに向かって問いかけると……。


「えぇ。……俺が頼みたい内容ってのは、さっきソマリア南部の連中に対して手加減をしていたそちらの護衛の兄さんの腕っぷしを見込んでのことなんだが。

 シュタインベルクの鉱山の奥地にしか生えていないという、その希少性から、見つかればかなり高値で売り買いされているという幻の花“黄金に輝く薔薇”の採取を是非ともお願いしたい」


 彼は、シュタインベルクの鉱山の奥地にしか咲かないという、滅多に採ることが出来なくて……。


 あまりにも市場に出回ることが少ないが故に、“見つけた人には幸運が訪れる”とも言われている、私が知る限りでもかなり希少性の高い花の名前を口にして、セオドアの方へと真っ直ぐに視線を向けてきた。



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