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第3話 神社の夜のご祭神

「もう、どこまでアイス買いに行ってたの? 李斗」

「だって欲しいのが売ってなかったんだもん。しゃーないじゃん」


 さきほど石段の下で和也と別れた少年・李斗が社務所に戻ると、開口一番、妻の薫に小言を言われてしまった。

 ビーチサンダルを脱ぎ、素足でぺたぺたと廊下を歩き、台所に入っていく。その後ろを薫もついていった。


 彼は見た目こそ中学生のようだが、この氷ノ山神社の主であり、ご祭神である。数百年前の創建以来、彼の姿はほとんど変わっていない。役所に行くときなどは仕方なく大人の姿になるが、少年の姿でいる方が性に合っているようだった。


「昼間は買いに行けないから、必然的にコンビニになるじゃん。そしたら売り物も偏るし、時間もかかるじゃん……」


 暑い最中に出かけると、この間のように途中で倒れてしまいかねない。しかしアイスはどうしても食べたい。というわけで、気温の下がった深夜に買い出しに行ったのだが、遠出をしたせいで帰りが遅くなり、怒られてしまったという次第で。


 李斗は氷ノ山神社の名の通り、氷を操る神であり、夏場の酷暑は天敵なのだ。それ故、彼の外出時には、薫はどうしても神経質にならざるを得なかった。


「ったく……しょうがないわね」

「じゃーこんど車でアイス買いにジャスコいこうよ薫ちゃん」

「はいはい、クーラーボックス持っていきましょうねえ」


 李斗のアイス好きにも困ったものだと、半ば呆れ顔の薫は李斗の買って来たアイスを冷蔵庫に仕舞い込んだ。フリーザーの中には、しばらく前に買ったクリーム系のカップアイスがいくつもあるのだが、今はシャキシャキ系のアイスバーがご祭神のお好みのようである。


「そういやさっきさ」

「ん?」

「和也が来てたよ。昨日もさ」

「なにしに?」


 李斗は大きくため息をつくと、床の上に足をどすんと投げ出した。


「願掛け。美貴に男が出来ますようにだってさ。ふざけんなだよ~」

「えー……なにそれ……」


 二人の間柄を知る薫も、にわかに信じられないという顔だ。美貴が茅ヶ崎に戻ってきたのなら、きっと二人は復縁するだろうと思っていたのに……、と。


「ったく。薫ちゃんといい、和也といい、なんでウチに願掛けに来るやつ来るやつ、面倒ごと持ってくるの? やんなるよー」


「ええー……。わたし、とばっちりじゃん……」

 その願掛けのおかげで自分と李斗は結婚することが出来たのに、と薫は少し面白くない気分になった。


「ったくあんにゃろめ……」

 李斗はブツブツ言いながら、隣の部屋からアルバムを持ってくると、ダイニングテーブルの上で開き、一つの写真を指さした。


「これ」

「もしかして、和也くんと美貴?」

「うん」

「へえ……」


 写真の中の幼い二人は、本殿奥の祭壇前で仲良く並んでピースをしていた。夏場だったのか、和也はランニングシャツに短パン、美貴は半袖のブラウスにキュロットスカートを着ていた。


「あの頃は仲良しだったのに……。信じらんないよ、もう! 和也のバカ!」

「よくわかんないけど、和也くんだって、炎天下で日干しになったウサギさんに四の五の言われたくないでしょ」

「ちッ」


 氷ノ山神社のご祭神は、プリプリしながら自室へと去っていった。

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