朝食後、キッチンで和也が食器を洗っていると、カウンター越しに美貴が訊ねた。
「ねーこれからどうする? どっか行く? 藤沢とか平塚とか」
「暑いから出かけたくないよ。それに――」
「それにぃ?」
「せっかくお前んちおっきいテレビあんだから、これで映画でも観ようよ」
「映画ねえ……もー。和也ってば私とイチャつきたいだけなんでしょ?」
「ち、ちげーよ。ホントは観たいの色々あったんだけど、仕事忙しくて気付いたら終わっててさ。うちのテレビはネットに繋がってないし、PCは店の事務所のだから私用で使えねえし。だから、な? な?」
「うーん……観たい映画にもよるけど」
「頼むよぅ、美貴ちゃん。多少は映画のチョイスも譲歩すっから~」
「そおねえ……、まいっか」
「やったー」
本当に嬉しそうな顔の和也を見て、美貴も顔がほころぶ。
二人が一緒にテレビを見るのは、高校時代以来だった。
☆
今日は一日、長丁場になりそうなので、和也と美貴はおやつと飲み物の調達に、隣のコンビニへと出かけた。
あらかた必要なもの(避妊具含む)をカゴに放り込んだ和也が美貴に尋ねた。
「昼飯も買っとくか?」
「お昼はデリバリー頼むからいい」
「出前は高くつくだろ、ここで買えよ」
「せっかく和也と一緒に家で映画観るんだから、それっぽいもの頼みたいんだもん」
潤んだ眼差しで乞われると和也は困ってしまう。
「わ、わかったよ。じゃあ昼は出前してもいいから」
「うん♥」
(何を頼む気なんだろう? ポップコーンもバーガーもホットドッグもここで買えるのに……)
☆
昼飯時の少し前、美貴がピザキャットのメニューを持ち出した。
「ぼちぼち注文しないと混んじゃうんだけど、和也は何がいい?」
「え、うちに注文すんのかよ。日頃まかないで食ってるから、まるっきり新鮮味ないんだが……」
和也は困り顔で頬をぽりぽりと掻いた。
「あたしは食べたいんだけど、なんか文句あんの? お金はらうの誰だっけ」
「すんませんっした!! お嬢様の御心のままに」
「よろしい」
――こんな茶番、何年ぶりだろうか。
和也は胸が温かくなった。
注文して十五分ほどで、出前が到着した。
「毎度、ピザキャットでーす」
「げ!」
和也が玄関ドアを開けると、そこには先輩が立っていた。
「げ、はないでしょ、カズ。まずは商品受け取って」
「なにそのサイドメニューの量、すげえな。美貴が頼んだんすか」
リブサンドやポテト、デザートなど、むしろピザより量が多いくらいだった。
「ここ置くよ」
「ういす」
先輩は下駄箱の上でピザの箱とサイドメニューの容器をどんどん積んでいく。
「カズ、みーちゃんとうまくやってんの?」
「まあ。それよか、シフト代わってもらって済んません……明日は朝から行きますから」
「バカ、飯時だけでいいって店長に言われてるだろう?
いや昼も来なくていい。みーちゃんの夏休み中は全力で相手しとけ。新学期が始まったら一緒にいられる時間が短くなるんだぞ。分かってんのか?」
「分かってます。でも……こんなに仕事休むなんて今までなかったから、どうも落ち着かなくて……」
「気持ちはわからんでもないけど、店は僕と店長で大丈夫だ。兵隊も召喚してある。安心して休め」
「それじゃあ……御言葉に甘えて」
「僕も店長も、カズの幸せを一番願っているんだ。お前が幸せから遠のいてどうすんだよ。いいな? 僕が教えたとおり、ちゃんとやれ。そして、自分を粗末にするな。お前の悪いくせだぞ。女はそういうとこ見てるんだからな」
「はい……善処します。あ、お代を」
美貴から預かった紙幣を差し出した和也、その手を先輩は押し戻した。
「……え?」
「今日は僕のおごり。ちゃんと食ってちゃんと彼女の相手をするんだ。女の子は序盤が肝心だよ。いいね?」
「わ、わかりました」
先輩は和也にウインクすると、華麗に去って行った。
☆
昼食を挟んで、何本目かの映画の視聴を始めた。
今回は美貴がチョイスした映画。高校生の青春恋愛ものだ。
美貴は食い入るように無言で見ている。
だが和也は徐々に顔色が悪くなっていった。
――美貴は、こういう青春を送りたかったのか……。
決して自分への当てつけなどでないことは、頭では理解している。
しかし、心で理解するのは難しかった。
――きつい。きつい。きつい。
美貴の青春をブチ壊したのはお前だ、と責められているようでつらい。
一部始終が古傷に刺さり、直視なんてできない。
だが――。
これは俺への罰だ。
美貴を苦しめた俺への。甘んじて刺されよう……。
苦悶する和也に築かず、美貴は彼の腕に巻き付いてご満悦だ。
(…………。
とてもじゃないが、Hな気分になんて全くなれないな。
これ終わったらベランダで一服するか、買い物にでも行こう。
じゃないと……美貴に当たってしまいそうだ)
映画がおわるまで、和也はおやつを食べまくってやり過ごした。