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第8話

 朝食後、キッチンで和也が食器を洗っていると、カウンター越しに美貴が訊ねた。


「ねーこれからどうする? どっか行く? 藤沢とか平塚とか」

「暑いから出かけたくないよ。それに――」

「それにぃ?」

「せっかくお前んちおっきいテレビあんだから、これで映画でも観ようよ」

「映画ねえ……もー。和也ってば私とイチャつきたいだけなんでしょ?」


「ち、ちげーよ。ホントは観たいの色々あったんだけど、仕事忙しくて気付いたら終わっててさ。うちのテレビはネットに繋がってないし、PCは店の事務所のだから私用で使えねえし。だから、な? な?」


「うーん……観たい映画にもよるけど」

「頼むよぅ、美貴ちゃん。多少は映画のチョイスも譲歩すっから~」

「そおねえ……、まいっか」

「やったー」


 本当に嬉しそうな顔の和也を見て、美貴も顔がほころぶ。

 二人が一緒にテレビを見るのは、高校時代以来だった。



 ☆



 今日は一日、長丁場になりそうなので、和也と美貴はおやつと飲み物の調達に、隣のコンビニへと出かけた。

 あらかた必要なもの(避妊具含む)をカゴに放り込んだ和也が美貴に尋ねた。


「昼飯も買っとくか?」

「お昼はデリバリー頼むからいい」

「出前は高くつくだろ、ここで買えよ」

「せっかく和也と一緒に家で映画観るんだから、それっぽいもの頼みたいんだもん」

 潤んだ眼差しで乞われると和也は困ってしまう。

「わ、わかったよ。じゃあ昼は出前してもいいから」

「うん♥」


(何を頼む気なんだろう? ポップコーンもバーガーもホットドッグもここで買えるのに……)



 ☆



 昼飯時の少し前、美貴がピザキャットのメニューを持ち出した。


「ぼちぼち注文しないと混んじゃうんだけど、和也は何がいい?」


「え、うちに注文すんのかよ。日頃まかないで食ってるから、まるっきり新鮮味ないんだが……」

 和也は困り顔で頬をぽりぽりと掻いた。


「あたしは食べたいんだけど、なんか文句あんの? お金はらうの誰だっけ」

「すんませんっした!! お嬢様の御心のままに」

「よろしい」


 ――こんな茶番、何年ぶりだろうか。

 和也は胸が温かくなった。



 注文して十五分ほどで、出前が到着した。


「毎度、ピザキャットでーす」

「げ!」


 和也が玄関ドアを開けると、そこには先輩が立っていた。


「げ、はないでしょ、カズ。まずは商品受け取って」

「なにそのサイドメニューの量、すげえな。美貴が頼んだんすか」


 リブサンドやポテト、デザートなど、むしろピザより量が多いくらいだった。


「ここ置くよ」

「ういす」


 先輩は下駄箱の上でピザの箱とサイドメニューの容器をどんどん積んでいく。


「カズ、みーちゃんとうまくやってんの?」

「まあ。それよか、シフト代わってもらって済んません……明日は朝から行きますから」


「バカ、飯時だけでいいって店長に言われてるだろう?

 いや昼も来なくていい。みーちゃんの夏休み中は全力で相手しとけ。新学期が始まったら一緒にいられる時間が短くなるんだぞ。分かってんのか?」


「分かってます。でも……こんなに仕事休むなんて今までなかったから、どうも落ち着かなくて……」


「気持ちはわからんでもないけど、店は僕と店長で大丈夫だ。兵隊も召喚してある。安心して休め」


「それじゃあ……御言葉に甘えて」


「僕も店長も、カズの幸せを一番願っているんだ。お前が幸せから遠のいてどうすんだよ。いいな? 僕が教えたとおり、ちゃんとやれ。そして、自分を粗末にするな。お前の悪いくせだぞ。女はそういうとこ見てるんだからな」


「はい……善処します。あ、お代を」


 美貴から預かった紙幣を差し出した和也、その手を先輩は押し戻した。


「……え?」


「今日は僕のおごり。ちゃんと食ってちゃんと彼女の相手をするんだ。女の子は序盤が肝心だよ。いいね?」


「わ、わかりました」


 先輩は和也にウインクすると、華麗に去って行った。



 ☆



 昼食を挟んで、何本目かの映画の視聴を始めた。

 今回は美貴がチョイスした映画。高校生の青春恋愛ものだ。

 美貴は食い入るように無言で見ている。

 だが和也は徐々に顔色が悪くなっていった。


 ――美貴は、こういう青春を送りたかったのか……。


 決して自分への当てつけなどでないことは、頭では理解している。

 しかし、心で理解するのは難しかった。


 ――きつい。きつい。きつい。

 美貴の青春をブチ壊したのはお前だ、と責められているようでつらい。

 一部始終が古傷に刺さり、直視なんてできない。

 だが――。

 これは俺への罰だ。

 美貴を苦しめた俺への。甘んじて刺されよう……。


 苦悶する和也に築かず、美貴は彼の腕に巻き付いてご満悦だ。


(…………。

 とてもじゃないが、Hな気分になんて全くなれないな。

 これ終わったらベランダで一服するか、買い物にでも行こう。

 じゃないと……美貴に当たってしまいそうだ)


 映画がおわるまで、和也はおやつを食べまくってやり過ごした。

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