青春映画で精神的ダメージを負った和也は、気分をリフレッシュするために美貴を買い物に連れ出すことにした。
「なんで買い物なんか行くのよ? 夜もデリバリーでいいじゃん」
何でも金で解決しようとする美貴に呆れ、嘆息する和也。
「料理出来るのにわざわざ無駄遣いする必要ないだろ? 贅沢な材料使っても、同じ値段で倍は食えるんだぞ」
「やだあ~、めんどくさいよ~」
和也は美貴の頭をげんこつでコツンと軽く叩いた。
「あうっ」
「んな、スーパーまでバイクで1分だろ? それに料理すんの俺なんだから。好きなもん作ってやるから。ほら行くぞ、ほらほら」
「買い物とかめんどい~。デリでいい~」
「お前、ホントに浪費癖直さないと――いや、いい。とにかく出かけるぞ」
「今の和也、小言ばーっか。あの頃のが良かった」
(ブチ)
和也のどこかの血管が数本切れた。
「そーですかい。じゃあ、お前があの頃から成長してないお子様ってことだな。別にお子様でもいいけど、いつまでもお子様扱いするぞ。メシは三食オムライスだ。お前さんはそんでもいいのか?」
(これだから金持ちのわがまま娘は……)
「わーかりましたよ。行けばいいんでしょ。ぶつぶつ」
「そうだ。よしよし。とっとと出かける準備しろよ」
美貴の頭をナデナデする。
「む~……」
お嬢様はいまだ不服そうである。
和也は散らかったダイニングテーブルの上を指差した。
「あ、ピザの空き箱片付けといて。出がけに捨てるから」
「はーい」
美貴はしぶしぶ後片付けを始めた。
美貴が出かける準備をする間、和也はベランダに出て一服した。
――フーッ……
「きちいな……」
和也はふと、ベランダの様子を何の気なしに眺めていた。
高級分譲マンションのベランダはとても広く、最早庭のようだ。湘南を意識したのかラタン製のリゾート家具が置いてある。これだけの面積があれば、バーベキューでも出来そうだ、と和也は思った。
まったく金持ちってやつは……。いや、もう俺はここで美貴といつでもバーベキューしていいんだっけ……。
染みついた貧乏根性はすぐには抜けないもんだ、と和也は自嘲した。
(ガラッ)
背後でサッシ窓の開く音がした。
「お、準備できたか?」
「ちょっと、ベランダでもたばこやめてほしいんだけど。臭いとかつくし」
「ああ?」
(ギロッ)
和也は射るような目で美貴を見た。
「な、なによ、その目は」
「いや……すまん。反射的につい。別に意味はないんだ。ごめん……」
「タバコは吸うし、目つきは悪いし、いつのまに不良になったの? あの頃はそんなんじゃなかったのに」
(グギギギギ……)
和也は、何度も地雷を踏む美貴に、怒鳴りつけたい気持ちを必死に押し殺した。
「すまない……疲れてて……悪かった」
「ま、まあ、べつにいいけど……」
「あの……ベランダもダメか? ここ広いからはじっこで吸うし、もったいないから、せめてこの一箱終わるまで。な?」
「え~……」
「そしたら、その次から電子にするから。なんかいい匂いのやつ買ったし。ホレ」
和也は、封を開けた電子タバコのカートリッジを、美貴の鼻先に差し出した。
「どれ?(くんくん……)まあ……これならベランダで吸ってもいいわ」
「ありがと。いきなり禁煙はムリだから。おいおい。な?」
「うん」
「んじゃ、これ吸い終わったら行くから待ってて」
「わかったわ」
(ガラガラ、ピシャ)
美貴は部屋に戻っていった。
「フーーー……」
――ガマンだ、ガマン。せっかくヨリ戻したんだ。ガマンしないと……。
和也はイライラを胸に押し込むように、深く息を吸った。
☆
――昔はタバコなんか吸わなかったのに。和也の不良。
美貴が、変わってしまった和也のことを考えていると、苦虫を噛み潰したような顔で、和也が部屋に戻ってきた。
「あんたが出かけたいって言ったんだから、さっさと行くわよ」
「わかってる」
そう言うなり、和也は美貴を抱き締めた。
「あんッ」
「わかってるけど、一分くれ」
「どう……したの……」
和也は美貴を抱く腕に、さらに力を入れた。
「ん……かず、や」
彼は腕の中の美貴に顔をうずめて、胸いっぱい息を吸い込む。
「美貴エキス。給油中だから……待って」
「なに……それ」
「ごめん。もうちょっとだけ」
ごめん、と言われると、美貴の胸がぎゅっとなる。
そんな言葉を口にして欲しくないのに、と。
「ごめん、あと十秒だけ」
「好きなだけすればいいじゃない」
「ごめん」
「……」
腰に腕を回した美貴の爪が、和也の薄いシャツに食い込んだ。