ひとしきり美貴エキスを給油した和也は、無事立ち直り二人で買い物に出かけた。いくら美貴の匂いを吸い込んでも、ささくれ立った心が、なかなか落ち着かず、少々美貴を待たせてしまったのだが。
短距離ではあるが、美貴を乗せて潮風に当たると、和也は煤けた気分が洗い流される気がした。
スーパーの駐車場で和也が美貴をバイクから下ろしていると、彼女が少々気味悪そうな顔で訊ねた。
「どーしたのよ、ニヤニヤして。気持ち悪い」
「ボキャ貧か。気持ち悪い言うな。顔がゆるんでるっつーんだろ。そりゃお前と買い物出来るのが嬉しいからだよ」
美貴の顔がぽっと赤くなる。
「こ、これからずっと……買い物出来るよ」
「ああ……そうなんだな」
和也は眩しそうに天を仰いだ。
「暑いからはやく中に入ろうよ」
「ごめんごめん」
☆
スーパーでの買い物を満喫する和也。めんどくさいと言いつつ、美貴もまんざらでもない。
エスカレーター脇の大鏡に映った自分たちを見て、美貴が言った。
「これってなんか新婚さんみたいじゃない?」
「えっ!! あ、そうか……そうだな。新婚さん、に見えるかな俺たち」
「見えるよ。多分」
ちら、と美貴の姿をつま先から頭まで眺める和也。
「いや、湘南に遊びに来たバカップルあたりが妥当だな」
「なによそれ」
「お前さんから生活臭が微塵もしねえって話だよ」
「しない方がいいじゃない」
「どうだろうかな」
「ふうん」
美貴は小さく溜息をついた。
結局、和也は美貴に言われるまま、下着類とTシャツを買った。つまりこの先もずっと連泊しろってことなのだろう、と解釈した。
(まあ、この程度の出費ならいいか……。どうせ家にあるやつはみんなボロいから)
☆
買い物が終わり、スーパーの駐車場で和也がバイクに荷物を収納していると、美貴の表情が妙に暗くなった。
「美貴、どうかしたのか? 具合悪いならそこのドラッグストアに」
「別にそうじゃない。そうじゃなくて――」
「何か言いたいこと、あるんだな」
美貴はこくり、とうなづいた。
「私だって引越なんかしたくなかった。和也に会いに行きたかった。だけど、パパが浜松から出してくれなかった……」
「!?」
「あのね。私たちのこと、一番ジャマしてたのはパパだよ。引っ越した理由も、それだった」
「そんな……」
「元々パパは仕事で茅ヶ崎と浜松を行き来してたんだけど、あんな貧乏人の男と縁が切れれば儲けもの、と思ってたのよ。ひどい人よね」
「うそだ……。あんな可愛がってくれたのに」
「ただの子供ならそれでよかったのね。でも娘の婿となったらちがう。ってことだったんでしょ、きっと」
「まあ、お前んちの空気悪くなってからのこと、あんま聞いてなかったしな……」
「それでも、ママもあんまりパパと波風立てたくなかったから……。和也が浜松に来るぶんには、ママも送り出してくれてたんだけど」
「まさか、それとお前んちの離婚って関係はない……よな?」
「あるよ」
「マジ……なのか?」
「あんまりにも自分勝手なパパに、とうとうママの愛想がつきた。まあ、それだけでもないけど……」
「別に、言いたくなきゃムリに言わなくてもいいんだぞ」
苦しそうな美貴の様子に、和也は少し不安になった。が、美貴はふるふると頭を振った。
「大丈夫。それで……自分の娘への仕打ちに、徐々にママの愛情が失せてきて……パパは浮気したの。それが決定打、かな。ま、自業自得よね」
「お、おう……」
「今はね。ママは和也とのこと応援してくれてる。ピザキャットにバイトに行ってる時も、がんばれって言ってくれてた。一緒に住んでもいいよって言ってくれてた。……べつに正社員にならなくたって、大丈夫だったのに。仲直りしてくれても、良かったのに」
美貴が零した涙の雫を、和也は指でそっとぬぐってやった。
「それはお前が子供だから、そう思うんだよ。俺が職を失えば最悪ヒモだぞ。誰が娘と結婚させんだよ。ママさんはお前がかわいいから、そう言ったんだ」
「それは……わかんないけど。でも……」
だからお前は――と言いかけて、和也はそれ以上を美貴に言うのはやめた。嫌われたくなかった。
今はもう、将来も知れないただのバイトじゃない。
自分は、未来への切符を手に入れたのだ。
「もう大丈夫だから。ずっと一緒だから」
暮れ始めた駐車場の端で、和也は美貴をそっと抱き締めた。