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第12話

 翌朝。

 和也は美貴のベッドで目を覚ました。

 普段どおりの時間にアラームが鳴ったのは、設定を変えるのを忘れていたわけではなく、起きる時間を固定しないとリズムが狂うと知っていたからだ。


「結局、今日も寝不足……。悪いループだ……」

 気怠そうに目をこする。


 和也は、美貴を起こさないよう、彼女の頭の下から己の腕を慎重に引き抜いて身を起こすと、彼女の体にそっとタオルケットをかけてやった。

 カーテンの隙間から見える、真夏の茅ヶ崎の空は明るく、そして真っ青だった。

 自分の部屋からは見えない、遮るもののない空。


「脳がバグるぜ……。慣れないと……」


 ☆


 和也は夕方から出勤するため、朝昼共用に多めの食事と、美貴の夕食の仕込みをした。自分は店でまかないを食べるつもりだ。


 二時間ほど遅れて美貴が起きてきた。

「おはよう、和也。今朝もごはん用意してくれたの?」


「おはよ。俺、今日は夕方から仕事行くから、一日分のメシを仕込んでた」

「仕込んでたって、仕事みたいに言わないでよ」

「ふふ、似たようなもんだろ。飲食業なんだから」

「そうだけど。……今日は仕事行っちゃうんだ。さみしい」


「店長たちにあまり迷惑かけらんねえからな。いい子でおとなしく留守番してんだぞ。メシはレンチンすれば食えるようにしてあるからな」


「なによ、子供じゃあるまいし」

「まーだお前はお子様だ。顔あらってこい」

「その子供と昨日さんざんHしてたの誰よ」

「ばッ、それは、……精神年齢の話だろ、ったく」

「ふーんだ」


「そういうところが子供だってえの」

(って噛み付く俺もたいがいだな)


 和也が台所でコーヒーを淹れていると、洗面所から戻った美貴が、後から抱きついてきた。


「おいおい、コーヒーこぼれるから離れろ」

「和也、あたしだけ子供扱いしてズルい。同い年なのに」

「ズルいの使い方、間違ってんだろ。意味わからんぞ」

「ふーんだ。いいもん」


 わざとらしく拗ねてみせながら、美貴は朝食の用意されたダイニングテーブルに向かう。


「はいはい、じゃ座って。メシにすっから」

 後からついてきた和也が、美貴にイスを引いてやる。


「執事みたい。ねえ今度執事の服着てよ。絶対似合うから」


「カラー落としたらな。こんなチャラい茶髪じゃ似合わねえよ。ぶっちゃけホストだろ。キモいわ」


「そういえばなんで染めてるの?」

「先輩の知り合いの新人美容師の実験台にされた」

「あらら。そうだったんだ。不良になったと思ってた」


「おま、価値観古くない? 俺は髪が傷むからイヤだったんだが……まあ、先輩の頼みじゃしょうがない」


「まあ、そのままでも悪くない、けどね」


 和也は一瞬、ナナメ上に視線を投げて思案した。

「……そう? なら、まあ……いいけどよ」


「じゃあ、執事服どうなるの?」

「家ん中でやるぶんならいいだろ」

「えー……撮影しようと思ったのに」


「おま、なんでもかんでもネットに上げるのやめろな? 俺がはずかしいだろ? これでも一応接客もするんだから支障が出んぞ」


「ちぇ。自慢しようと思ったのに」


「自慢、ねえ。なにをどう自慢する気なんだ? まだ執事を雇ったとか書く気か? さすがにウチの店、人材派遣はやってないんだが」


「バカ。私の……フィアンセって書くに決まってるでしょ」

「なら、いい」

「やったあ!」


 美貴のおねがいなら仕方ない。

 和也は客にイジられる覚悟をした。

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