翌朝。
和也は美貴のベッドで目を覚ました。
普段どおりの時間にアラームが鳴ったのは、設定を変えるのを忘れていたわけではなく、起きる時間を固定しないとリズムが狂うと知っていたからだ。
「結局、今日も寝不足……。悪いループだ……」
気怠そうに目をこする。
和也は、美貴を起こさないよう、彼女の頭の下から己の腕を慎重に引き抜いて身を起こすと、彼女の体にそっとタオルケットをかけてやった。
カーテンの隙間から見える、真夏の茅ヶ崎の空は明るく、そして真っ青だった。
自分の部屋からは見えない、遮るもののない空。
「脳がバグるぜ……。慣れないと……」
☆
和也は夕方から出勤するため、朝昼共用に多めの食事と、美貴の夕食の仕込みをした。自分は店でまかないを食べるつもりだ。
二時間ほど遅れて美貴が起きてきた。
「おはよう、和也。今朝もごはん用意してくれたの?」
「おはよ。俺、今日は夕方から仕事行くから、一日分のメシを仕込んでた」
「仕込んでたって、仕事みたいに言わないでよ」
「ふふ、似たようなもんだろ。飲食業なんだから」
「そうだけど。……今日は仕事行っちゃうんだ。さみしい」
「店長たちにあまり迷惑かけらんねえからな。いい子でおとなしく留守番してんだぞ。メシはレンチンすれば食えるようにしてあるからな」
「なによ、子供じゃあるまいし」
「まーだお前はお子様だ。顔あらってこい」
「その子供と昨日さんざんHしてたの誰よ」
「ばッ、それは、……精神年齢の話だろ、ったく」
「ふーんだ」
「そういうところが子供だってえの」
(って噛み付く俺もたいがいだな)
和也が台所でコーヒーを淹れていると、洗面所から戻った美貴が、後から抱きついてきた。
「おいおい、コーヒーこぼれるから離れろ」
「和也、あたしだけ子供扱いしてズルい。同い年なのに」
「ズルいの使い方、間違ってんだろ。意味わからんぞ」
「ふーんだ。いいもん」
わざとらしく拗ねてみせながら、美貴は朝食の用意されたダイニングテーブルに向かう。
「はいはい、じゃ座って。メシにすっから」
後からついてきた和也が、美貴にイスを引いてやる。
「執事みたい。ねえ今度執事の服着てよ。絶対似合うから」
「カラー落としたらな。こんなチャラい茶髪じゃ似合わねえよ。ぶっちゃけホストだろ。キモいわ」
「そういえばなんで染めてるの?」
「先輩の知り合いの新人美容師の実験台にされた」
「あらら。そうだったんだ。不良になったと思ってた」
「おま、価値観古くない? 俺は髪が傷むからイヤだったんだが……まあ、先輩の頼みじゃしょうがない」
「まあ、そのままでも悪くない、けどね」
和也は一瞬、ナナメ上に視線を投げて思案した。
「……そう? なら、まあ……いいけどよ」
「じゃあ、執事服どうなるの?」
「家ん中でやるぶんならいいだろ」
「えー……撮影しようと思ったのに」
「おま、なんでもかんでもネットに上げるのやめろな? 俺がはずかしいだろ? これでも一応接客もするんだから支障が出んぞ」
「ちぇ。自慢しようと思ったのに」
「自慢、ねえ。なにをどう自慢する気なんだ? まだ執事を雇ったとか書く気か? さすがにウチの店、人材派遣はやってないんだが」
「バカ。私の……フィアンセって書くに決まってるでしょ」
「なら、いい」
「やったあ!」
美貴のおねがいなら仕方ない。
和也は客にイジられる覚悟をした。