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第13話

 昼を回ってお茶の時間になると、和也は出勤していった。


「じゃあ仕事行ってくるな。ちゃんと戸締まりしとけよ。晩飯はレンチンして食えな。デザートは俺の分残しておけよ。じゃあな」

「うん。いってらっしゃい」


 ――ちゅっ。

 和也は軽くお出かけのキスをした。


「いってきます」


 バタン。

 機密性の高い分譲マンションのドアは、低い音を立てて閉じた。


「……。いっちゃった。……つまんない。荷物の整理でもするかぁ……」


 あちこちの部屋に、まだ開梱していない引越の荷物が積んである。

 美貴は自室のダンボールのテープを剥がしはじめた。



 ☆



 数時間後――。

 和也は美貴のマンションに戻ってきた。


「美貴ー。ただいまー。ふー、あちいあちい」

「おかえり~」


「はい、おみやげ」

 和也はガ●ガリ君を差し出した。


「おみやげってアイス?」

「今し方、下で氷ノ山神社の神様に貰った」

「え、あの神様に?」


「買い物ついでに様子見に来たんだろ。コンビニ袋ぶらさげてたし。あ、お前、こっち引っ越してから薫ちゃんに連絡したか?」


「あ! してない……」

「ったく。気にしてたぞ」

「なんで知ってんの」

「こないだ会ったから。下で」

「下で?」

「俺がここに最初に来た日、駐車場で神様が熱中症で倒れてたんだよ」

「えええ……。神様でも熱中症になるんだ……」

「んでさ、自宅に連絡したら、薫が来たんだよ。巫女さんの格好してた」

「どういうこと?」

「薫ちゃんさ……、神様と結婚したって言ってた」

「なにそれ……」


「しらん。当人に聞いてくれ。俺、風呂入るからアイスは冷蔵庫入れといてくれ。出たら一緒に食おう」


「うん♥」


(あいつからアイスもらうの何度目だ? つか、あたりが出たら賽銭箱入れないといけないのか? めんどくせえなあ……。ま、そんときゃ郵送でもいいか)



 ☆



 風呂から出た和也を、両手にアイスを掲げた美貴がリビングで迎えた。


「おつかれ~。はい、アイス」

「さんきゅ。ん、それなに?」


 ソファー前のローテーブルに和也の視線が止まった。

 大きい本のようなものが数冊置かれている。


「昼間引越の荷物を整理してたら出て来たアルバム」


「アルバム……か」(シャクシャク)「今日のアイスは梨味か。秋を先取り?」


 美貴は和也の手を取り、ソファに座らせると、アルバムを開いて見せた。

「ねーねー、ほら子供の頃の写真」


「ああ、懐かしいな。うちはあまり写真撮ってなかったからなあ」

「これ中学の卒アル」

「うん。そういや見返したことねえなあ……」


「それでこっちが……高校の卒アル」

 美貴の声がわずかに沈む。


「お、おう……」

「転校した先の学校のだから……和也、いない」

「そりゃそうだろ。いたらホラーだわ」

「そういう話じゃなくて!」


 急に声を荒げる美貴に、和也は少し驚いた。

「すまん」


「和也と……一緒に思い出作りたかったなって……」

「…………引越は、不可抗力、だろ」

「同じ学校じゃなくても」

「――!」


 同じ時を重ねることが出来なくなったのが、丁度その頃だった。


「あれから後、和也の写真が、ないの。なんでかな」

 美貴の声が震える。


「それは……悪かった」

「別に責めたいわけじゃないの。ただ、……悔しいなっ、てだけ」


「済まない……でも、これからはずっと一緒だから、新しく思い出を作っていけばいいじゃないか。な? 湘南には写真を撮る場所なんていくらでもあるからさ」


「私は、あのとき一緒にいたかったんだもん。あの頃の思い出が欲しかったんだもん……」


 美貴は両の目から、ぽろぽろと大粒の涙を零した。

 和也は美貴の背を遠慮がちに撫でた。


「わ……悪かった。でも済んだこと言っても仕方ないだろ? そりゃ、俺だって何とかしてやりたいよ。だけど――無理じゃんか? なあ、これから取り返すんじゃダメなのか? 俺たちこの先、いくらでも時間はあるんだぞ?」


「だってぇ……」

 とうとう美貴は啜り泣きを始めてしまった。


 自分の言葉は届かない、とばかりに和也は慰めるのを諦めた。


「……あの頃を取り返すことが出来るんなら、何だって俺はやるさ。だけど、神様だって出来ないことを人間の俺が出来るわけないだろ……」


 ボソボソと、まるで独り言のように呟きながら、和也はサッシ窓を開けてベランダに出て行った。



 30分ほどして和也がリビングに戻ると、そこに美貴の姿はなく、アルバムは全て片付けられていた。


「俺にゃ、ムリなのかな……」

 和也はぼそりと呟くと、リビングを出た。


 美貴の部屋から話し声がする。ドアに耳を当てると、どうやら薫に電話をしているようだった。


 ジャマをするのも気が引けて、和也はリビングに戻り、独りソファで眠った。

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