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第14話

 翌朝のリビング。

 和也はスマホのアラームで目が覚めた。

 傍らに美貴がいないことに嘆息するが、悪い夢でも見たことにしよう、と頭を切り替えた。

 自分は、今の美貴には不要な男なのだと思い込もうとした。彼女の望みが叶えられないなら、それも仕方のないことだ、と。


 おざなりに朝食の用意を始める。

 美貴を喜ばせる気力もすっかり失せて、食卓にトースター、食パンを袋のまま、バター、ジャムなどを容器のまま放り出す。

 ランチョンマットは敷かず、皿だけ置く。ドリンクは紙パックの牛乳とオレンジジュースを冷蔵庫からそのまま出し、水滴がテーブルの上に溜まるに任せている。

 音楽はなく、テレビのニュースを垂れ流した。


 廊下から、ドアの開く音がした。

 美貴が起き出した。ペタペタとスリッパを鳴らしてリビングに入ってきた。


「おはよう……」


 美貴は、様子がおかしいのに気付いた。

 薄暗い部屋に灯りはなく、半ば開かれたカーテンから、青白い光が半端に差し込んでいる。

 和也はキッチンでお湯を沸かしているようだ。笛吹きケトルの鳴き声が響く。


「起きたか。顔あらってこい」

「うん……。今朝は、音楽ないんだね」


の俺なら、そんなもん流さないだろ。朝はニュースからの連ドラ、と相場が決まっている」


「そう……」


 美貴はばつが悪そうに、洗面所へ去って行った。

 彼女がリビングに戻って来ると、和也はカップ麺を啜っていた。


「あ……パン、食べないの?」

「俺はいつも朝はこれだ。お前はパンを自分で焼いて食え」

「なによ。あてつけ?」

「いや。己の無力さに打ちひしがれているだけだ。気にするな」

「気にするな……って、いきなり様子が変わったら気にするでしょ」


「だがお前が望んだことだ。俺は愛するお前の望みなら、何だって叶えてやりたい。その結果がこれだ。顔も見たくないなら、今すぐ消えるが。お前の望みを言え」


「ちょっと、意味わかんないんだけど……」


『バンッ』

 和也は両手でテーブルの端を強く叩いた。


「は――――――――。お前は、何かといえば、あの頃、あの頃、と今の俺と過去の俺とを比べて、じゃあ今の俺は好きじゃないわけ? ガキだったあの頃の俺だけ愛してるわけ? 過去なのに? 戻れないのに? そんなにあの頃がいいなら見せてやる。今すぐ着替えろ。出かけるから」


 ブチ切れ、一気にまくしたてる和也に、美貴がうろたえた。


「ちょ、落ち着いてよ、和也。ねえ……」

「俺は正気だ!! 早くしろ!!」

「わ、わかったわよ……」


 和也の怒声に少し怯えながら、美貴は慌てて自室に戻っていった。

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