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第15話

 強引に和也に連れ出された美貴が、バイクから降りた場所は――。


「ここって、和也のアパートじゃない」

 和也は慌ただしくドアの鍵を開けると、手のひらで美貴を制止した。

「美貴、ここでちょっと待ってて、サーキュレーターかけるから」


 和也が入り口にサーキュレーターを置くと、室内の蒸れた空気を猛烈な

勢いで排気しはじめた。

 感情的になって美貴を連れ出したが、一旦バイクに乗ってしまうと冷静になれるのは数年間のデリバリー業経験の成せる技か。和也は軽く嘆息した。


「いいぞ。上がって。ドアは半開きくらいでサンダル挟んどいて」

「わかった。……あ~、なつかしいなあ。和也のうち。ちっとも変わってない」


 和也は玄関のあるキッチンを抜け、奥の部屋の突き当たりにあるベッドの前まで進み、エアコンのスイッチを入れてベッドにドスンと腰掛けた。

 美貴も後について、薄暗い和也の部屋に入った。


「和也の部屋……なつかしい」

「……」

「――え?」


 美貴は息を呑んだ。

 壁に掛けられたカレンダーが三年前のものだと気付いたからだ。


「あ、これ、和也の制ふ……く!?」


 壁に吊された彼の制服の胸には、卒業式の造花。その足元には、持ち帰ったまま置かれたと思われる卒業アルバムと卒業証書が。

 美貴の顔色がどんどん青くなっていく。


 美貴が気を取り直して周りを見回すと、勉強机が目に入った。棚には教科書や理数系の参考書が立てられている。


(そういえば、和也は理系の大学に進学したいと言っていたっけ……)


 そのまま視線を下に向けると、少々埃をかぶった携帯の充電器。

 机の横には背の低い棚が。何か白いものが置いてある。


 美貴の目に入ったのは――和也の母親の遺骨と、白木の位牌だった。


「――ッ」


 じり、と一歩、美貴は後ずさった。


「よかったら、お袋に挨拶してってくれよ」

「……」

「なあ、お前の好きな『』って見つかったか?」


 笑って言う和也の目は笑っていない。


「お前の知ってるあの頃って何? それは光の当たっている場所だけだろ?」


 和也は、カーテンの隙間から差す光に手のひらをかざした。

 美貴の戦慄は恐怖に変わりつつある。


「俺はあの頃からずっと地獄の中を今まで生きてきた。今の俺もあの頃の俺もどちらも同じ俺だ。だけどお前は、――ここにはいない、過去の俺の方が好きなんだろ?」


 もう和也は笑っていなかった。

 美貴の顔は引きつっていた。


「俺は今のお前が好きなのに――」


 和也の顔がぐにゃりと歪んだ。

 その時、急にアパートのドアが開いた。

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