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第16話

「嫌な予感がしたから来てみれば……おい、みーちゃん。君なんてことしてくれたんだ?!」


 誰かがドアを開けて上がり込んで来た。


「「先輩?」」


 先輩と呼ばれた男は、和也たちの前までズカズカと進んできた。


「全部聞かせてもらった。おいバカ女!」

 先輩は美貴の腕を掴んだ。

 すごい剣幕だ。


「なによいきなり!」


「カズはな、たびたび自殺の手前まで追い込まれたのを、僕と店長で長い時間かかってやっとここまで立ち直らせたんだ。それをまた闇落ちさせやがって……」


 和也が美貴と先輩に割って入り、先輩の手首を掴んだ。

 ふるふる、と頭を振る和也。


「美貴から手を離してくれ」

「チッ」


 腕っ節なら、店長に鍛えられた和也の方が上だ。

 先輩は、渋々美貴から手を離した。


「先輩、いいんだ。俺は美貴の好きにさせたいから」

「よくはないだろ! こんな女といたらお前が苦しむだけだ。別れろ!」


 和也は悲しそうな目で先輩を見つめた。

 自分の二人目の師匠である先輩は、湘南でも名の知れたナンパ師だ。星の数ほど女性と接してきた彼の言いたいことも痛いほど分かる。


「なによいきなり! 出てってよ」

 美貴は和也の後ろに半ば隠れながら叫んだ。


「黙れ、君は自分が何をしたかまだ分かってないようだな。今のカズを全否定しておいて、何がヨリを戻したいだ。ふざけんなよ。こいつは僕の弟分、そして店長の息子みたいなもんだ。それを、こんなわがままなメスガキに潰されて許せるわけがないだろう?」


「先輩、それは言い過ぎだ」


「いや分かってないのはお前だ、カズ。僕がどれだけの女を見てきたか、お前も知らないわけでもないだろう?」


「それは……」

 否定出来ず、和也は視線をナナメに落とした。


「ひ、ひどいよ……」

 とうとう美貴が泣き出してしまった。


「みーちゃん、君は茅ヶ崎に帰ってくるべきじゃなかったんだ」

「いやだからそれは彼女の親が離婚して――」

「カズは黙ってろ」


 ――バーン!

 いきなりドアを開け放つ音がした。


 先輩に続いて、またまた闖入者が登場した。

「ちょっと待った――!」

 ご近所に轟きわたるほどのシャウト。


「「誰?」」首を傾げたのは、美貴と先輩だ。

「か、神……かな?」


 銀髪に和服の少年が部屋に上がり込んで来た。

 氷ノ山神社の祭神、李斗だった。


「僕は十年前、この二人の結婚式を執り行った者だ。この子らに別れられると困るんだよ~」


「ああもう……ややこしいのが増えた……」

 和也は額を手で押さえた。


「たしかに、美貴ちゃんはバカなメスガキだけど」と李斗。

「ひどいわ!」


「でもそれは仕方ないんだよ~。金持ちの一人娘でわがままに育ってしまったんだから」


「確かに」と先輩。

「ちがうもん」

「ちがくねーだろ」


「かたや和也の方は高校時代、いっぺんに沢山の不幸が降ってきて、大人にならざるを得なかったんだよ~」


「確かに」と先輩。

「そうだったの……?」

「まあ、そうかもしれん」


「だから、美貴ちゃんだけ詰めるのも何か違うと思うんだよね~」


「そうよ!」

「「うーむ……」」


「あとね、そんな和也はいまPTSDみたいな状態とも言えるんだよ~」


「「「PTSD?」」」


「和也の心は満身創痍、傷だらけの怪我人なんだ。親も恋人も失って絶望して死ぬことも考えた。そこへ急に美貴ちゃんが沸いて出て来ても、今までに受けた傷は急には埋まらないし、傷の深さのぶんだけ美貴ちゃんを失うことに怯えてストレスを発生させる。このままじゃ傷が治りそうで治らない。だから、お医者さんに行ってお薬をもらってくるんだ。ほら、ここに行ってきて。紹介状がわりに僕の名刺もつけてやるから~」


 李斗はどこからか精神科のチラシを取り出すと、自分の名刺といっしょに和也に差し出した。


「精神科? 俺が?……言われてみれば、なんとなく思い当たるフシがなくもない……最近、感情の上下が激しくて正直しんどいんだよな……」


「医者か……もっと早く診せてやれば……済まないカズ」

「こころの病気……なの?」


「そういうの、お薬でよくなる人が多いんだよ~。僕もお薬もらったことあるの~」


「そうなんだ……。俺も飲んでみようかな」

「神様でも薬効くんだぁ……」

「なあ、こいつ本当に神なの?」先輩一人、状況が呑み込めないでいる。


「よく聞いて美貴ちゃん、和也は心の怪我人だから、自分の理想を押しつけて困らせないでおくれよ~。ゆっくり見守って。いいね?」


「あ……はい」


「和也、お母さんの遺骨、うちの霊園で納骨してやるから。あとで薫ちゃんに電話して。ちゃんと忘れずにお医者さんに診てもらうんだよ~、いいね? じゃ!」


 李斗は言いたいことだけ言うと、和也のアパートから出て行った。


「なんだったんだ……」

 もらったチラシを手に呆然とする和也。美貴はもう言葉も出なかった。


「あ……うん、じゃ、僕も帰るよ。おい、今日は見逃してやるけど、次はないぞバカ女」


 先輩も言いたいことだけ言って、出て言った。

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