『お願い』と言われ、まさか宗教に勧誘されることになるとは思わなかった。
真っすぐサイモンを見るラードは、一切ブレないでサイモンに手を差し出し続けている。
――〝アヴドゥッラーフ教〟。
教、と付いているので、宗教団体なのだろう。聞いたこともない名前だが、サイモンには心当たりがあった。
そしてそれは、十中八九アタリだろう。
「それは、最近騒ぎを起こしている宗教団体への勧誘か?」
「そうですね。というよりかは、俺がサイモン副師団長が欲しいんです」
「俺が?」
「はい!」
思いっきり頷くラード。再び輝く瞳は、サイモンを真っすぐ貫いた。
「サイモン副師団長は凄いんです! 五大英雄最強の剣士でありながら、騎士団副師団長を務めていたその腕は、憧れても手に入らない天賦の才! 剣や弓だけではなく、斧や銃など、多数の武器を一級以上に操れる才能は、まさに神に愛された男! 騎士団で配布される初心者用の盾だけで騎士団全員を圧倒した逸話は、何度聞いても尊敬に値します!」
「お、おお……」
「魔法だって魔法省の奴らよりよっぽど腕が立つと聞いています! 威力もコントロールも、魔力量も、世界の一パーセントにも満たない最上級魔法使いの比じゃないでしょう!」
確かに、魔法省の魔法試験に潜り込んだ時、うっかり試験に受かってしまってそんな称号ももらいかけたが、丁重にお断りさせてもらった。称号をもらったら魔法を外で自由に使えなくなってしまうからだ。
(トトにはすごいキレられたな)
あの時ほどバレたのを面倒だと思ったことはない。
「そんな男が何故! いつも二番手に甘んじているのか! 俺には全く理解が出来ないんです!」
「はあ……」
「弱い奴らの下につく必要なんてありません! 知ってるんですよ!? あなたが本気を出せば、あのスクルード王に勝てるってことくらい!」
(そうだったのか)
知らなかった。なら自分はいつも手合わせの時、本気を出していなかったことになる。
「俺と一緒に天下を取りましょう! サイモン副師団長!」
ほとんど叫んでいるような声量で訴えて来る。大きく決意したような声だったが、サイモンにはどこか軽く聞こえてしまう。真っすぐ伝えてくれているのに失礼だとは思いつつも、抱いてしまった印象はどうしようもない。
(どうやら自分は彼に大きく買われているらしい)
何がきっかけでそうなったのかはわからないが、スクルードやヤコブの事を聞くに、彼らから聞いた出来事を全て鵜呑みにしているのではないだろうか。そんな気がする。
キラキラと輝く表情に、サイモンは目を細める。まるで眩しい太陽光を直視したような気分で、具合が悪い。
(ミーハーより面倒だぞ、これ)
正直言えば、聞かなかったことにしたい。だが、彼の目はそれを許さないだろう。本当に面倒だ。
「アヴドゥッラーフ教の目的も同じなのか?」
「それは秘密です」
(チッ。思ったより冷静だったか)
興奮しているようだったし、ぽろっと零さないかと鎌をかけてみたが、駄目だったようだ。
サイモンはふむ、と口元に手を当てる。
――正直言えば、迷っていた。
最初は突如切れた祝福に驚いて王都へと向かっていた。スクルードの事も気になるし、アリアの家族の事もある。
その間の旅でいつの間にかスクルードを始めとして、王都全体に起きている異常の種を解消しながら向かうことになってしまっているが、それは問題ない。元々旅が好きな質だ。距離が延びる事くらいどうってことはない。
だが、正直いつ王都に行けるかわからないのは、かなり厳しいと思っている。
(ラードの言うようにアヴドゥッラーフ教に入れば、王都の様子だけでも先に見に行けるんじゃないか?)
各地で活動しているみたいだし、グレアも一緒に入れば残りのハイイロオオカミ族の情報も手に入れやすくなるかもしれない。アリアだって、宗教側に条件を付ければ、先に王都に連れてってもらうことだってできるだろう。
何より、彼等が敵として邪魔をしてこなくなるのは、結構な利点じゃないだろうか。
(ついでにこいつらの真の目的を探ってそれを阻止出来れば、一石二鳥だ)
そんな上手くいかないことはわかっているが、後ろ盾があるのとないのではかなり変わって来る。
「……俺の扱いは?」
「はい?」
「君の願いを聞き入れたとして、俺はどんな扱いを受けるんだ?」
「せっかく入ったのに、捕虜なんかにされたらたまらないだろう?」と告げれば、「そんなことはさせません!」と声を上げる。
「サイモン副師団長をそんな扱い、俺がさせませんよ!」
「へぇ。そりゃあ心強いな」
サイモンの言葉に、ラードは嬉しそうにする。顔がいちいち輝いて眩しい。
(もし彼の言う通り俺の待遇がいいなら、多少の我儘も通るだろう)
それなら入ってみるのもいいかもしれない。邪神なんぞに祈る願いは一つもないが、使えるものは使うのがサイモンの主義だ。
(まあ、入ったとしてラードの意見が通らず捕虜に、なんてこともあるかもしれないからな)
油断はできない。
それに、もしラードが優先するのがサイモンだけなら、それは必要ないものだ。サイモンの一番の目的はスクルードの安否の確認だが、同時にアリアとグレアを守る義務がある。
「ラード。俺には一緒に旅をしている二人が居るんだが、そいつらも入って大丈夫なのか?」
「は?」
「? なんだ? どうかしたか?」
ラードの声が強張る。重くなった空気に、サイモンは僅かに警戒を上げた。また何か彼の気に入らないことをしてしまったのかと思ったが、残念ながら心当たりがない。あるとすれば、一緒に旅をしている人物がいるということだけだ。
ラードは俯いたまま何も言わない。ワナワナと震える彼の拳に、サイモンはただやらかしたことだけを察した。
「……んですか」
「うん?」
「――なんで英雄以外の人間と旅してるんですかッ!!!!!」
「……は?」
突然爆発した怒りに、声が零れ落ちてしまう。
黙り込んだかと思えば、急に叫び出して内容が『英雄以外の人間と旅しているのは何故か』? 何がどういうことなのかさっぱりわからない。
「サイモン副師団長ッ!!!」
「は、はい?」
「あんたは英雄の方々の中でも唯一無二の存在! そんな方が一人で大きな目的を達成するために旅に出たと聞いた時、俺は心が震えました!」
拳を震わせて熱烈に話すラードに、サイモンは目を細める。
(そんな目的あったのか。初めて聞いたぞ)
一体どこのサイモンさんなんだ。
「そんな方が! 何も知らない一般人と! 旅をしているとッ!! 考えるだけで蕁麻疹が出る!!」
「そこまで言うか?」
「あなたは死ぬまで孤高でいないといけないんですッ! 皆の王であるスクルード王より、一人気高く自由に生きるサイモン副師団長に俺は憧れました! そんなあなたが懐に入れた人間など……この世に必要ない!」
ダンダンと地団駄を踏んだラード。奇声を上げ、バリバリと頭を掻き始めたのを見て、サイモンはやっと彼がヤバイ人種であることを理解した。
(こいつが見ているのは幻想……俺じゃない)
二歩ほど距離を取り、サイモンは身構える。
彼の最後の言葉が本心なら、コイツは今から何かをしでかすはずだ。
サイモンの予想は当たり、ラードはずっと黙っていた女の子の肩を強く掴んだ。
女の子は微動だにしなかったが、掴まれたローブには皺が寄っている。
「殺せ……そいつらを。身の程をわきまえず、真の王の好意に胡坐をかき、縛り付ける奴等を。殺せ!!!」
「承知」
「おい、待て!」
一気に膨れ上がる魔力に、サイモンが弾かれたように二人へと駆け出す。強い光を放つ水晶が魔力の塊になっているのは、初めて見た時からわかっていた。
(水晶を叩き落とせば――!)
しかし、伸ばした指先が水晶に触れるよりも早く、爆発音に似た音が響く。
「!!」
地面を揺るがすほどの威力。不意打ちに揺れた体を足で踏ん張って、振り返れば――――城の至る所に大きな氷柱が地面から突き上げるように、聳え立っていた。もちろん、アリアたちが居るはずの場所にも大きな氷柱が突き刺さっている。
城から響く阿鼻叫喚に、サイモンは舌を打った。
(アリア! グレア!)
駆け出そうとして、足元が凍らされているのに気が付く。
(いつの間に……!)
足が、動かない。
「サイモン副師団長」
周囲を包む喧騒に、ラードの静かな声が聞こえる。
振り返れば、彼は今までで一番穏やかな顔でサイモンを見ていた。
「貴方の枷は俺が全部、根こそぎ処分しますから――――安心してくださいね」
「……狂ってやがる」
サイモンの言葉に、ラードは嬉しそうに笑みを浮かべた。