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第86話

サイモンはサンゴの中を走り抜ける。

できるだけ早く。アリアとグレアの安否を確認するために。


「行かせませんよ、副団長」

「っ、!」


ラードの大剣が空を切る。サイモンが咄嗟に太刀筋から離れると、振り下ろされた剣先が地面を抉った。凍らされた地面が簡単に抉れ、周囲にヒビを生み出す。

間髪入れずに剣先が横を向き、サイモンの脇腹に襲い掛かる。腰から剣を引き抜き、サイモンは剣先を受け止めた。重い攻撃に体が吹き飛ぶ。

勢いよく凍らされたサンゴの中に突っ込んだサイモンは、全身に感じる痛みに眉を寄せた。


「手加減してくださらなくて結構ですよ、サイモン副団長。俺、こう見えて騎士団ではヤコブ隊長の次に大剣使うの上手かったので」

「っ、そういえばお前、ヤコブのとこで副隊長をしていたんだったな」

「ええ。おかげさまでいい武器を見繕ってくれましたよ」


にこにこと人好きのする笑顔を浮かべるラード。彼の持っている大剣には、独特の紋章が刻まれている。それはスクルード王国騎士団の証だ。

サンゴの瓦礫から身を起こしながら、サイモンはラードに詰める。


「騎士団を辞めたら武器、防具はいかなる理由があろうとも返却するのが決まりのはずだが?」

「残念ですけど、俺は騎士団やめてないんですよね。“辞めさせられた”だけで」

「屁理屈か」

「本当のことですから」


ラードは大剣を見せつけるように撫でる。


「それに、俺のために作られた剣を置いていくなんて、そんなの勿体ないじゃないですか」

「……なるほどな。お前が騎士団に入ったのはその武器を手に入れるためか」

「うーん。半分アタリで半分ハズレです」


「これでも最初はちゃんと騎士としてやっていくつもりだったんですよ?」と笑うラード。


「でも入ったらサイモン副団長がいなかったんですもん。貴方がいるから入ったのに」

「そりゃあ申し訳なかったな」

「そう思うんだったら責任取ってうちに入ってくれませんか?」

「断る」

「つれないですね」


サイモンはラードと睨み合う。彼の大剣は確かに脅威だが、それよりもサイモンは彼の後ろにいる少女のことが気になって仕方がなかった。

(サポートに入るわけでもない。ラードが勝つと思っているのか? それとも、援護も不要だと思っているのか)

もしそうだとしたら、なめられたものだと思う。


幸い、あれ以降アリアたちの方への攻撃は止まっている。このまま意識をこちらに引き付けていれば、きっと向こうは立て直してくれるはずだ。

(海の神からの通信もない。アリアたちは無事だ)

嫌な予感がする心臓を落ち着けるように、サイモンは自分に言い聞かせる。


「まあでも、そうか。手加減なしでいいなら、ちょっとは準備運動になりそうだな」

「油断していると足元掬われますよ?」

「君には言われたくないな」


サイモンはわざとラードの目の前でストレッチをする。膝を曲げて伸ばし、ぐっと体を伸ばす。「君が言っていた通り、一般人との旅しているからかな。体が訛って仕方ないんだ」と告げれば、嬉しそうに表情を変える。サイモンは苦笑いをし、剣を手の内で弄ぶ。


剣がサイモンの手を中心にクルクルと宙を回る。上に飛ばされたかと思えば、高速で回転した後迷いなく手元に落ちてくる。騎士団にいた頃、やっていた手癖のようなものだった。暇つぶしにやってみたところ隊員に人気になってしまい、以降癖づいてしまったものだ。

ラードも話に聞いたことがあったのだろう。キラキラ輝く瞳で、サイモンを見つめる。

(ただのファンだったらよかったのに)

だが、彼は裏切った。スクルードを。騎士団を。友人を。この国を。彼は裏切ったのだ。


「それじゃあ――少しは楽しませてくれ」


サイモンは剣の柄を掴み、ラードへと突き刺した。


「ッ――!!」


ラードが息を飲む。五メートルはあったはずの距離が一気に縮められ、サイモンの切っ先がラードの鼻先を掠めたのだ。剣を構えても足りない距離をサイモンは一瞬で詰めたことになる。ラードの目の色が変わる。


「っ、そう来なくては!」


嬉しそうな声色を聞きつつ、サイモンはラードを超えた場所で足を踏み込む。斜めに切り裂けば、大剣とぶつかる。火花が散り、金属がせめぎ合う音が響く。


「よく受け止めたな」

「勘がいいもので」


大剣が払われ、サイモンが飛ばされる。大剣を使うだけあって、彼の筋力はサイモンの上を行くらしい。

(なら、アレがいいか)

サイモンはラードから距離を取ると、己の剣を収めた。鞘ごと引っこ抜いたサイモンはミミックボックスにしまうと、中から双剣を取り出した。長さの違う双剣の刃幅は広く。背中部分は満ち欠けする三日月のようにカットされている。


「何ですか、その不格好な武器は」

「珍しいだろ? 厄介で癖のある武器なんだがな、旅先で見かけて一目惚れしたんだ。ツキノワグマ族の民族武器で、作ってもらうまで百年かかった」


サイモンは懐かしそうに剣を見つめる。信用と武器に使う珍しい鉱石を探す日々は、今じゃいい思い出だ。

ふと少女と目が合う。信じられない、と言わんばかりの顔でサイモンを見ている。目は口ほどに物をいうというのは、彼女のための言葉かもしれない。


「そんな大切な武器を俺に使ってくれるんですか?」

「ああ。でも使ったことはあんまりなくてな。――斬り所が悪かったらすまんな」


背中のそり返しを指でなぞりながら、サイモンは問う。脅しをかける意味もあったのだが、ますます嬉しそうにするラードには関係なかった。


「もちろん。望むところですよ」

「そうか」


(随分な変わり者だな)

サイモンは悪寒を感じながら、身構える。


先に仕掛けたのは、ラードだった。

大剣を振り上げ、サイモンの頭上から振り下ろす。サイモンが双剣で受け流すと、長い方の剣でがら空きの脇腹に狙いを定める。ラードが体を捩じったが、それよりも早く、サイモンの切っ先が触れた。

鮮血が舞い、ラードの呻き声が響く。剣の半分が、彼の身体を斬ったのだ。


「ッ、!」

「うおっ!」


しかし、ラードの勢いは衰えない。

大剣が横薙ぎに振るわれ、短い方で受ける。体を回転させて威力を流したサイモンは、大剣を上に払った。ラードが驚きに目を見開く。重い大剣が普通の剣よりも短い剣で、しかも片手で弾かれるとは思わなかったのだろう。

ラードの腹にサイモンの蹴りが入る。息を詰めたラードがよろけ、たたらを踏む。すかさずサイモンの双剣が肩に叩き込まれる。


「ふッ!」

「ぐっ、!」


肩が裂かれ、赤い血が半身を染める。

ラードが痛みに顔を歪め、傷口に手を当てた。大剣を地面に刺し、体重を支える。


「っ、さすが五大英雄の頂点ですね……っ」

「今の、ヤコブなら避けられたぞ」

「あの人の名前を出すのはやめてくれませんか」


ラードは心底嫌そうな顔をする。どうやらヤコブの話は地雷らしい。

サイモンは「悪いな」と心にもない謝罪を呟いた。


ツキノワグマ族の剣は、他の剣に比べて魔力伝達能力が低い。中級の火属性魔法を使ったとして、発揮できるのは低級魔法と相違ない。大きく反った刀身も見た目よりも重さがあることも、扱いにくいと言われる大きな点だ。

だが、その分純粋な攻撃力は、数ある武器の中でも群を抜いている。

研ぎ抜いた切っ先と、重い攻撃は打撃と斬撃を一緒に食らったような錯覚を起こす。初めて相対したサイモンも受け流すのに苦戦した覚えがある。ツキノワグマ族でも使える者は少なく、ましてや普通の剣のように振り回しているサイモンは、異常だった。武器の使い方を教えた師匠ですら「武器に愛された男」と称したほど。


痛みを堪えながらも構え直すラードに、サイモンは姿勢を低くする。

見合い、徐々に距離を詰める。


「俺がやられっぱなしだと思ったら、大間違いですよッ!」

「!」


大剣が周囲の氷を大きく抉る。

サイモンの視界を飛び散った氷が遮った。目くらましだ。しかし、魔力を追えるサイモンには通用しない。ラードの動きに合わせ移動するサイモンに、ラードは何度も同じことを繰り返す。

凍った地を抉り、凍った船を破壊する。凍った珊瑚が砕け散り、その勢いは止まらず容赦なく凍った人間までもを破壊し始めた。


「っ、おい! やめろ!」

「はっ、いいじゃないですか。どうせあのままいても動けないんです。死んでるのと変わらないでしょう。なら多少は生きている人間の役に立ったほうがいいじゃないですか」

「お前……ッ!」


サイモンは奥歯を噛みしめた。

カイリと同じように凍らされた人たち。カイリの話が本当なら、動けなくとも意識は残っているはずだ。

つまり、凍った彼らを壊すということは、その瞬間人の命を摘み取っているということだ。


大剣が凍った人に迫る。サイモンは咄嗟に間に割り込んだ。

剣がぶつかる振動が全身に響き、サイモンは息を詰める。


「っ、何してるんですか」

「君が言っても聞かないからだろう……っ」

「そりゃあ、無駄なことはしたくないですからねぇ」


ギチギチと剣が悲鳴を上げる。単純な力では大剣を使う彼に、サイモンは勝てない。

剣は弾き飛ばされ、サイモンの足に切っ先が当たる。咄嗟に軌道を逸らしたお陰で掠めた程度だが、腕は力比べで既に痺れている。

(単純な力なら勝てない……だが)

ダン、とサイモンの足が一歩前に踏み込む。

ぎょっとしたラードの集中力が一瞬緩んだのを感じる。

(今――!)


持ち上げかけた大剣に足をかける。驚くラードの脇腹――傷口に、サイモンは自身の足を叩き込んだ。


「ッ、!!」

「さすが大剣使い。そう簡単には吹っ飛ばねーか」


――ならば。

サイモンの足が剣を持つラードの手を踏みしめる。そのまま踏み込んで、もう片方の足を振り上げた。今度の狙いは脇腹ではない。首だ。

風を切るほどのスピードで、吸い込まれるようにラードの首に向かうサイモンの足。

触れる、と思ったその瞬間、バチッとサイモンの足に電流が走った。


「ッ、く……!」


(闇魔法か……!)

黒い電流が、弾かれたサイモンの足に纏わりついている。

普通の電流とは違い、骨まで焼きそうなほどの電流は、サイモンの片足を封じるには十分だった。


サイモンは舌を打ち、距離を取る。動かなくなった自分の足を見下げ、これはダメだと判断した。

(このままじゃ腐り落ちるな)

闇魔法は常時毒のような作用を持っていることもあり、肉体で受けると面倒だ。

サイモンは自らの手で軽い回復魔法をかけた。焼かれた骨が、治っていくのを感じる。それでも強張る筋肉はどうしようもない。仕方ないので、己の手で自分の足へ軽い電気を流す。更なる電圧を受けた足がビクンッと大きく跳ね上がり、筋肉が動き出す。とある村ではこれを『電気治療』というらしい。どうせ動かなくなるのならと、一か八かでやってみたが案外使えそうだ。


(それにしても)

ちらりと少女を見る。水晶を持ち、フードを被った彼女は間違いない。魔法使いだ。しかも闇魔法を使う。

(カイリを操っていたのを見て思ったが、結構な使い手なんじゃないか?)

さっきの防御のタイミングも良かった。何より、人の動きを完全に封じる威力と魔法の知識がある。さすが、トトのいる魔法省に居ただけはある。


「っ、邪魔するんじゃねェよクソガキッ!!!」

「「!」」


響く怒声に、少女の肩が大きく跳ねる。しかし、表情は能面のまま。

少女はラードを見つめて動かない。ラードは怒り心頭と言ったように顔を真っ赤にしている。ガシガシと頭を掻き毟り、少女を睨みつけた。


「ふざけんじゃねェ! 今すげぇいいところだろうが!!! 邪魔しねェって言ってたから連れて来たのによォ!!」

「っ……」

「ガキはガキらしく隅で蹲ってりゃァいいんだよッ!!」


ガァン、と大剣が少女の横に突き刺さる。少女はやはり、動かない。

大剣を足蹴にし、ラードは罵倒を続ける。


「余計な事すんなッ!! 出来損ないがッ!! そんなんだから兄貴にも捨てられたんだろうがよォ!! わかってんのか足手纏いッ! 魔法しか取り柄のない、このッ、愚図がッ!!」

「こら」


聞くに堪えない言葉の数々に、サイモンは反射的に魔力を使って氷の欠片を飛ばしてしまった。

欠片はラードの頬を裂き、奥にあった分厚い珊瑚の氷の壁を破壊する。ガラガラと崩れていく壁に、ラードは冷や汗を流す。サイモンは漂う冷気にも負けない目で、ラードを見た。


「それはないんじゃないか?」

「あ?」

「今のは明らかに君を守っての行動だろう。自分の力量が足りなくて八つ当たりするなんて、子供じゃあるまいし」

「っ、黙れ!! アンタには関係ないでしょう!!」

「関係はないが、目の前でやられるのは気分が悪い」

「ああ゛!?」


怒りに任せて声を上げるラード。そんなに助けられたという事実が気にくわないのか。


「魔力が使えないのは仕方ないとしても、そもそも君の力量不足は鍛錬が足りていない証拠だろう。それを彼女のせいにするんじゃない」

「っ、アンタとの勝負に手を出されて、黙っていろという方がおかしいでしょうッ!! アンタだってそう思うはずだ!」

「別に、誰が介入しようと勝てばいいだろ」

「なっ……!」


戦に出れば、どれだけ卑怯な手を使ったとしても立っている方が勝者となる。それは彼だってわかっているはずだ。

淡々としているサイモンに、ラードは目を見開いたまま固まってしまった。

ヨロ、と彼の身体がふらつく。ボタタ、と彼の身体から鮮血が零れ落ちた。脇腹の傷か、それとも肩の傷か


「しん、じられません……俺は……こんなにアンタに……!」

「何を言って欲しかったのかはわからないが、君は強い。だが、それだけだ」

「ッ」

「それだけじゃ、人は動かせない。ましてや君は俺を動かしたいんだろう?」


彼が何を思って自分を誘ったのか、自分を何故そこまで評価してくれているのか、サイモンにはわからない。だが、彼が異様にサイモンを美化していることは事実だった。

彼はサイモンが二番手に甘んじていると思っているみたいだが、サイモンはそうは思わない。人を動かすには力だけではどうにもならないし、ましてや国を動かそうなんて出来るわけがない。スクルードはその才能を天性レベルで持っていただけの話。トトも、ヤコブも。自分に持っていない物を持っている。


ラードは昔のサイモンに似ている。

力だけを持って周囲を見ることが出来ていないところなんて、特に。


「そんなんじゃ俺は動かせない。体も限界だろうし、今回は諦めるんだな」

「っ……」


サイモンの言葉に、ラードは何も言わない。俯いたまま、悔しそうに歯を噛み締めている。

(これで終わりか)

戦意喪失した背中を見て、サイモンは息を吐く。あとはラードを縛り、ヤコブに付き出すだけだ。……少女の方はどうしようか。ラードとは違って大人しそうだし、縛る必要はなさそうだ。とはいえ、トトの部下の一人のようだし、一緒に来てもらって――――。


「――――ねぇ」

「は?」



「冗談じゃねェっつってんだよッッ!!」




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