「心臓が止まるかと思ったぞ……」
「わ、悪い」
外に出たサイモンを出迎えたのは、真っ青な顔をした船長と船員たちだった。
船に乗って待機している最中、巨大なカニが複数現れ、船を取り囲んできたら誰でも驚くだろう。しかも話が出来るときた。化け物が現れたと阿鼻叫喚になったらしい。
「騙されているのかと疑っていたが、人生何が起きるかわからないな」
「疑っているのについて来たのか」
――船長として大丈夫なのか、それ。
一歩間違えたらとんでもないことになるんじゃないか? まあでも、おかげで今こうして何事もなく引き入れられたんだから良しとするか。
サイモンは船長に呼んだ理由を話した。船員たちは生きた珊瑚に目を輝かせている。彼らにとって、生きた珊瑚は宝の山なのだとか。
「船に乗りそうか? 船長」
「当然だろ。俺の船は海賊船だぜ? お宝を乗せられなくて何が海賊だ」
「全部乗せてやる。任せろ!」と胸を張る彼に、ほっと胸を撫で下ろす。最悪、ちまちまと往復して運ぶことも覚悟していた。
船長はすぐに船員たちに支持を出し、珊瑚を集め始めた。護衛の巨大ガニと巨大ザリガニたちも加わり、珊瑚集めが始まる。人間と海の奴らが協力している様に、少しだけ懐かしさを覚えた。スクルードと一緒に世界を統一した後は、よくこういう光景を見ていたような気がする。
だが、彼らは生態も見た目も考え方もバラバラだ。いつの間にか溝が出来るのも無理はない。
「……アイツに見せてやりたいな」
きっと喜ぶだろう。ふっと笑みがこぼれる。すぐに船長に呼ばれ、サイモンは珊瑚集めの指示を出す。
街中の人間のおおよその数は散策のときに知っている。必要な珊瑚の量を算出し、船に乗せていく。そうこうしていれば、マリンが人魚の涙を持ってきた。
「モンち~、お待たせ~」
数匹の人魚と共に、マリンは箱を抱えてきた。中はすべて人魚の涙らしい。
お願いした分よりも少し多く持ってきた彼女に「よく集められたな」と感心していれば「まあね~」と笑う。
「みんなでくすぐり合って集めたんだよね~」
「笑いすぎてマジしぬかと思った……」
「でも、結構楽しかったよね」
「わかる~!」
「そ、そうか」
上気した頬でにこにこと笑う彼女たちに紛れて、今にも死にそうな顔をしている者が数人いる。
(生気まで吸い取られたんじゃないか?)
サイモンは素知らぬふりをした。ありがたく涙の入った瓶の箱を受け取り、船員に船に乗せるよう指示を出す。顔を赤らめていた船員が慌てて箱を受け取った。
美女軍団の登場に、船員たちの鼻の下が伸びている。……心なしか、護衛たちの鼻の下も伸びているように見える。
(まあ、気持ちはわからなくないがな)
頬を上気させた彼女たちは、正直目に毒だ。年頃であるアリアやグレアには見せられない。
「そういえばカイリはどうしたんだ? 手伝いに行ったんじゃないのか?」
「それねー。なんかぁ、くすぐり合っている最中に倒れちゃってぇ。医務室にいるんだよねぇ」
「倒れた?」
「うん」
「鼻血がすっごくてぇ」と続けられた言葉に、目を細める。……なるほど。そういうことか。
(人魚は美人ぞろいだからな)
男の楽園を垣間見たのだろう。幽霊のくせにいいところだけ持って行きやがって。
「そうか。あとでカイリには言っておこう」
「? はーい」
マリンは首を傾げたが、何も言わずに返事だけした。
「サイモン。必要なものは集まったか?」
「粗方はな」
海の神の言葉に頷く。
珊瑚の刈り取る範囲も決まった。あとは切って乗せるだけだ。これには時間がかかるだろう。
(あとは水晶だが)
「一応聞くが、水晶はあるか?」
「あるわけなかろう」
「だよな」
サイモンは肩を落とす。魔力なんてほぼ無尽蔵な神に、足りない魔力を補完するための魔法石なんて必要ないだろう。更にいえば水晶が採れるのは鉱山だ。海ではパールの方が主流になる。
(どうするかな)
他に入手方法はないかと考えるが、中々いい方法は思いつかなかった。
思いつかないまま、その日は予定の三分の一の珊瑚を乗せ、作業は終わりを告げる。
サイモンたちは船員も含め、改めて竜宮城に招かれた。船員たちには大きな一室を明け渡される。サイモンは別室に案内されたが、断った。寝れればどこでも変わらないし、大人数でいたほうが気が紛れる。
翌日も、早く起きて皆に指示を出し、似たような作業をする。三日目にかかった時、アリアとグレアが姿を現した。アリアが焦ったように駆け寄ってくる。
「サイモンさん! すみませんっ、私すごく寝ちゃってたみたいで……!」
「落ち着け、アリア。順を追って説明するから」
「は、はい……っ」
状況が大きく変わっていることに戸惑うアリアを落ち着かせ、サイモンは二人が気を失ってからの出来事を話す。
「そうだったんですね。すみません、そんな大変な時に寝ちゃってて……」
「大変な目に合ってたんだ。当然だろ。それより二人とも、体調はどうだ?」
「あ、私は大丈夫です! この通りピンピンしてます!」
「お、俺もだ」
「そうか。良かった」
無意識に二人の頭に手を伸ばす。グレアには叩かれてしまったが。
「今日からは私たちもお手伝いします!」とアリアたちは張り切って走り出した。グレアも仕方なさげに作業に向かう。「無理はするなよ!」と声を掛ければ、大きく手が振られた。
(起きたばっかりなんだから、もっとゆっくりすればいいのに)
相変わらず働き者だ。そして優しい。
二人が手伝いに入ったことで、船員たちの活気は上がった。
若い人間が入ると活力が出るのは、どこの世界でも同じらしい。
「サイモン」
「! 海の神か」
背後から掛けられた声に、少し驚く。「気配を消さないでくれ」と告げれば、彼女は面白そうに笑った。
(これは、からかわれているな)
まあ、いいが。
「それで。必要なものは集まったのか?」
「ああ。粗方は。……ただ」
「ふむ。問題は水晶か」
サイモンは頷く。梟の爪に関しては、トトにいくつか送ってくれるよう頼んでおいた。なんだかんだ面倒見のいいアイツのことだ。やってくれるだろう。問題は海の神の言う通り、水晶の行方だった。
「水晶っていえば、あれじゃろ? いつだったか、子供が誤作動させて大惨事になっておったな」
「よく知ってるな」
「大地の神が嘆いておったぞ」
その言葉に「ああ」と呟く。
事件当時、相当な範囲を焼いたその事故は、かなりの大事になったらしい。サイモンの去った騎士団も三日三晩、消火活動に駆り出されたと聞いた。……よく考えれば、あの時がサイモンがいなくなって初めての大きな任務だったんじゃないだろうか。
(魔物の討伐とか、火種になりそうなのは全部片づけて行ったしな)
せめてもとやったことだが、あの事件が起きたのを考えると噂を聞いただけだが、やってよかったと思う。
「トトの奴に回収されたらしいが、トトからもらうことは出来んのか?」
「ああ……実は、水晶が保管されている金庫が城内の魔法省にあるんだが、ヤコブの話によると城には強力な結界が張られている上、スクルード以外の人間は容赦なく放り出されているようでな。取りに入ることも出来ないそうだ」
「……もしかしてその結界を張っておるのは」
「スクルードだろうな」
魔法省のトップであるトトを追い出せるのだ。そんなのこの世のすべての神に愛され、何百年も全世界に治癒の力を流し続けたスクルードしかいないだろう。
(大地の神曰く、天の神も関係してくるというし)
正直何がどうなってそんなことになっているのか、サイモンですらわからない状況なのだ。
「それは、心配じゃのう」
「ああ。だから出来るだけ早く王都に向かいたいんだが……行く先々でいろいろと問題が起きていてな。放っておくことも出来ないだろ」
「……ふむ。相変わらずお人好しじゃのう」
「スクルードには負けるけどな」
「そうでもないじゃろ」
そうだろうか。そんなに人に優しくした覚えはないんだが。
「今も昔も。似た者同士じゃよ、お主たちは」
「?」
けたけたと笑う海の神。その顔がどこか楽しそうで、懐かしそうで。
(……ことが終わったら、一回くらいはスクルードも連れてこないとな)
何も言わないサイモンに気を使ったのか、海の神は「まあ、その話は置いておいて」と話を続ける。
「本題は水晶じゃったな。一応、心当たりはあるんじゃが……やり方を間違えれば、恨まれるかもしれんのう」
「は?」
「それでも良いか?」
海の神の言葉に、サイモンは首を傾げた。