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第12話 敵か味方か〈終〉

 アリシアは森での出来事を思い出しながら、あのわずかなやり取りについて話す。

「その時のわたくしは視覚を奪われていて、どんな顔の人かまでは分かりませんでした。声を聞いて、レナルドさんだと思ったのです。ですが、彼の名前で呼びかけたら、人違いですと言われてしまいました」

 イヴは、彼女がずっと抱いていた疑念をようやく解消できるかもしれない糸口が見つかったことに、安堵とも高揚ともつかない顔をしていた。アリシアは、その期待に満ちたイヴの表情に応えるべく説明を続ける。

「その声の持ち主は、私の知るレナルドさんとは少し様子が違っていました。もっと、ずっと気弱そうな……。でも、ポーレット家の名前を聞いて、その人物が驚いていたのは間違いありません。あの反応を見るに、少なくともこのピオ村とあの人は関わりがあるはずだわ」

 アリシアがそう話すうち、森での状況を聞いていたイヴの目から雫があふれて、令嬢達はびっくりする。ニナが立ち上がり、布製の携行鞄からハンカチを取り出してイヴに手渡した。

「イ、イヴさん⁉ 大丈夫ですか?」

「驚かせてしまったわよね⁉ それともお腹が痛いとか⁉」

 慌てるニナとアリシアに、イヴは「いいえ」と首を振った。イヴは瞳をうるませて、悩んだ日々を振り返る。

「数ヶ月経って、彼に関しては、もう全てを諦めようかと思っていたんです。レナルドは単に私と縁を切りたいだけなんじゃないか、って。でもそんなこと彼の口から聞きたくありません。そう思ったら、もう確かめることも問いただすこともできなくて……」

 彼女の中で繰り返してきた我慢がどれほどつらいものだったか、アリシアにも伝わってくる。

「ねぇ、イヴさん、きっとわたくし達同じことを考えていますわ。今、村の代表を務めているレナルドさんは元々の彼ではないのではないかって。実際のところがどうなのか、わたくしに確かめさせて頂けませんか?」

 令嬢が打診する隣から、レオが「狼獣人は、他人の顔を借りてなりすます魔法が代々得意なのです」とイヴの背中を押すような情報を共有する。イヴが、わずかに目を見開いた。

「それって、最近村に出入りするようになった狼獣人のグループと関係があるってことですか?」

「確証はありませんわ。わたくしは大いに疑っていますけれど」

 アリシアの表情が、もどかしさと歯がゆさに歪む。しかし、直後に令嬢は憑き物が落ちたような顔を見せた。

「……そっか、そうですわね。確証がないのであれば、確証を得ればよいだけのこと」

 アリシアは、一瞬呆けた後に目をキラキラさせる。すぐに、そばにいる妖精に「ねぇ、あなたの力を借りていいかしら?」と尋ねた。妖精が、自分を頼ってくれた嬉しさゆえか『なーに、ママ?』とにっこりする。

「あのね、ママが困った時に、このライオンのお兄さんを探して連れてきてくれたでしょう? おんなじように探してほしい人がいるの」

「あら? アリシア様、今ママって……」

 ニナが驚いた通り、これまでのアリシアは積極的に妖精の前でママを名乗ることはしてこなかった。だが、懐いてくれる妖精が自分を助けてくれたことへの感謝をアリシアが覚えた時、通常は群れているはずのこの孤独な妖精の味方でいたいと思ったし、自分に求められている役割があるのならばそれを果たすのがふさわしいのではないかとアリシアは思ったのだった。そこには、生みの母を亡くしてしまった彼女だからこその同情や憐憫もあったのかもしれない。そして、この世界の女神が手を下すまでに増長した、元悪役令嬢としてのしたたさと打算も。

『だれかさがすのね? やる! やる!』

「ありがとう。後で、ママがヒントをあげるからね。

 それから、マンジュ卿。フォグさんに、わたくしがさらわれた状況の確認に加えて、ぜひご協力をお願いしたいわ。小鳥達の声を聞きたいの」

「それはもちろん」

 レオが頷くと、アリシアが「心強いことですわ」と何かを企むような顔をして微笑む。

「小鳥達から情報を得られれば、情報戦にはかなり有利だわ。村の中の、いえ、うまくいけば森の中までカバーできる監視カメラみたいなものですもの」

 ニナとレオが、監視カメラ、という聞き慣れない単語に疑問符を浮かべる横で、イヴが「わ、私にも何かできませんか?」と気丈に尋ねた。アリシアは有力な情報提供者となってくれたイヴを気遣う。

「ありがとうございます。イヴさんには、もうすでにたくさんご助力頂いているわ。あなたからの情報がなければ、こんな風に仮説を立てて動くことはできませんでした。そのお体ですし、無理は禁物です。でも──」

 言葉を区切り、アリシアはイヴの目を真っ直ぐに見つめて誘った。

「でも、見つかるかもしれない黒幕探しが、ご自身の不安に蹴りをつけることにお役に立つならば……こちらも協力は惜しみません。ぜひとも一緒に立ち向かって頂きたいと思います」

 それはまるで物語芝居で蜂起を促す女首領さながらだ。イヴは、領主の娘がここまで言ってくれることに強く感動したようだった。

「よ、よろしくお願いします!」

 一礼と共にイヴが協力を買って出る。

「ありがとう、感謝いたします」

 謝意を示したアリシアが「では、ひとまずフォグさんのところへ参りましょうか。日暮れが迫って、あちらのお客さんも落ち着いてきた様子だわ」と言うと、全てのタルトを食べ終えていたニナがその場の食器を手早くまとめて場を立ち去る準備を済ませた。レオが借りてきた椅子やイヴの運んできた折り畳み式の簡易テーブルを片付ける。アリシアが立ち上がったそのかたわらで、妖精が翅を細かく震わせながら飛び回っていた。

「また追って状況を知らせますわ」

 アリシアがイヴに告げる。

「できれば早めに事を進めたいと思っています。可能ならば、明日くらいに」

「分かりました。何かあったらお手伝いします」

 イヴに見送られ、アリシア、ニナ、レオ、妖精達は連れ立ってフォグの開いた店に向かった。

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