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第13話 全ては白日の下で〈1〉

 キャスが行方不明になった騒動が解決し、明けての翌日。レナルドは日課となっている、午前中の水車小屋での粉挽き業を終え、昼食を取り、午後の日が温かい今の時間は自宅で書類仕事と帳簿の整理を行っていた。前日がイレギュラー続きだった分、ルーティン的にこなせる業務は時間の見通しも立てやすくて結構自分に向いているものだな、と改めて思う。そんなレナルドの作業中に、ドアがノックされた。スケジュールに来客予定はないはずだ。

 すぐに返事はせず、レナルドは小窓をのぞいて誰がいるのかを先に確かめた。

 ──アリシア・ポーレット。レナルドが代表を任されているピオ村領主の令嬢である。

 せっかく仕事が順調に進んでいたが、まさか居留守を使って無視するわけにもいかずレナルドは「はい」と返答してドアを開けた。

「今、お時間頂いてもよろしいかしら?」

 ドアの向こうにいたのは、アリシアと、その側仕えを務めるメイドの二人だった。よろしくないです、などと返事をできるわけもなく「ええ、どうぞ」とレナルドは彼女達を家に迎え入れる。

「すみません、今、お嬢様方にお出しできるような飲み物も食べ物も置いていなくて」

 レナルドが正直に告げると、アリシアは「お構いなく。それより、お話が」と切り出した。

「身の危険もありましたし、ご助言の通りに村を一旦離れようと考えているのです」

「……そうでしたか」

 レナルドは神妙な顔つきで、「分かりました」と返事をする。

「何かありましたら対処に尽力いたします。今後の状況についても、ジョージ様に定期的にご報告を差し上げるようにしましょう」

 アリシアは少しほっとした表情を浮かべてみせて、礼を言った。

「ありがとう」

 レナルドが「必要なことがあれば、またお申し付けください」と頭を下げる。

「それはこちらも同じことですわ」

 アリシアの言葉を受けたレナルドが「ならば森の使用許可の……」と言いかけるよりも早く、令嬢が「ですから、諸々の引き継ぎをお願いしたいのです」と先手を打った。

「隣国出身のマンジュ卿も引き続き村の警護に当たってくださるそうなので、話を共有しておきたいのです。広場におられるそうなので、今から出られますか?」

 レナルドが断る理由もなく、アリシアがニナとレナルドを伴って広場に向かう。広場には食事を提供できる屋台のほか、旅商人のフォグも店を出していてなかなかの人出だ。

「えぇと、ちょっとレオさんを探してきますね!」

 ニナがアリシアとレナルドから離れて村人達の中へと混じり、アリシアは「私達を見つけてもらいやすいように、広場の中央にいましょう」と井戸のそばへレナルドを導いた。それだけの移動の間にも「レナルドさん、こんにちは」「レナルドさんもお買い物ですか?」と村人の数名が声をかけてくる。

「さすがの人望ですわね」

「いえ、とんでもありません。全てはこの村の発展を私達に委ねてくださっているジョージ様、ひいてはアリシア様のおかげですよ」

 アリシアからの言葉にレナルドがそう答えるそばから、村の住民が幾人か軽く会釈して二人の隣を通り過ぎた。衆目がほどよく集まり、広場に領主の娘と村の代表者が揃って来ているということが周囲に伝わり始めるタイミングを見計らって、人が多い中でも危なくないようニナが近くまでアテンドしてきたイヴが声を張る。

「レナルド!」

 一人、広場の中央に向かってすっくと立つイヴ。いや、一人ではない。彼女は、その温かく大きく膨らんだ腹の中で、内臓を上方に無理矢理押しやりながらも愛しい我が子を育み続けているのだから。

 イヴの声は、広場の中央でよく通った。イヴと知り合って間もないアリシアだが、彼女の普段の声のボリュームよりも随分大きいと思う。村人の多くが、どうしたんだろう、と言いたげな顔で彼女を見ていた。詳細までは聞き取れないが、ひそひそと囁く声もアリシアの耳に入る。

(きっと、皆、イヴが心配だし、赤ちゃんのことも父親のことも気にしているのでしょうね)

 イヴは、彼女の父親にさえ、相手の男が誰なのかを打ち明けていないと言っていた。親切な隣人という立場にしろ、ゴシップ的な噂話という意味合いでの興味にしろ、広場の誰もがイヴの言動に注目するのは自然な流れだった。

「イヴさん、どうされました? 今少し立て込んでいて……」

「話があるの」

 凛と響くイヴの言葉。「何ですか? 後でゆっくり時間を作りますよ」と柔和に、しかし他人行儀に答えるレナルドに対して、彼女の中で様々な感情を渦を巻いているのがよく分かるくらいに、近く母となるイヴの目がうるむ。

「……話はね、あなたとの赤ちゃんのことよ」

 その瞬間、広場に集まっていた村人達の間にどよめきが起こった。「は⁉」とか、「えぇ!」とか、「何だって!」とか、あらゆる種類の驚きの声が上がる。注目しようとした人達が歩を進めたり、事の行方を見守ろうとしたりして、アリシア、レナルド、イヴの三人を囲むような輪を自然に作った。ざわざわとやや騒がしい衆人とは対照的に、レナルドは静かだった。彼の表情がどうなるかとじっと見つめていたアリシアは、あまりに凪いでいるままのその顔つきが無感情すぎてぞっとしたほどだ。

 レナルドからの反応がすぐに返ってこないので、イヴが「私……」と言いかけた時、群衆の予想していない方向から「イヴ!」と彼女への呼びかけが届いた。

「すみません! ちょっと! 通して!」

 人垣のように固まりだしていた村人達に声をかけながら、一人の男が、アリシア達三人がいる人の輪の中央へと勢いでよろめきながらたどり着く。

「イヴ! その話! 本当なのか⁉」

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