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第13話 全ては白日の下で〈4〉

「お見事です、アリシア様」

「あら、お褒めに預かり光栄ですわ」

 アリシアとレオが言葉を交わしながら広場の中央へと戻ると、レナルドはルーガの制止を振り切って、アリシアの前に膝を突いた。額を広場のレンガ床に擦りつけんばかりの勢いで「申し訳ありません!」と叫ぶ。

「ストップ」

 素早くしゃがみ込んだアリシアが、「すぐに立ち上がるのが一番得策ですわよ。それとも何か言いたいことがあって?」とレナルドの耳元に囁く。つられるようにレナルドは顔を上げ、声の調子を落として小声で訴えた。

「お役目から姑息に逃げた私に、もう代表はふさわしくありません」

「そうかしら?」

 アリシアが首を傾げると、「私は、自分の至らなさを見ないふりして逃げてしまったのです。懸命に代表を務めようとすればするほど、村の皆と領主様との板挟みになるようで……」とレナルドが心情を吐露する。アリシアは責めることなく頷き、レナルドの言葉を聞いている。

「誰もが自分を疎ましく思っているのではないかと心配になり、次第に眠れなくなりました。内心では人と話すことが怖くてたまらず、食事も儘なりませんでした」

 レナルドの状況を聞いて、アリシアの心に思い浮かんだことがあった。

(に、似てる……。激務で、もうダメだって退職した先輩に……)

 社畜と自嘲するくらいに、なかなかのブラック企業勤めの優子の記憶がよみがえる。それは、ある先輩社員についての思い出だ。優子が入社してから間もない頃、責任感の強さゆえか仕事量の多さにどんどん疲弊してやがて不眠となり、会社側に残業を減らせないかと症状を含めて相談したらそのまま辞めてくれと言われた、という先輩。

(あの時は社会人になったばかりの自分が世間知らずすぎて、有休がないことも、残業長すぎるせいで体調崩したのに会社から辞めろって言われたのに自己都合退職だったことも、おかしいってよく分かってなかったけど……!)

 領主の娘としてピオ村の自治を尊重してバックアップしたいアリシアの思いと、ブラック企業に身を置き激務で追い込まれた先輩の姿を見ていながら、何も力になれなかった当時の優子の後悔が重なる。

「わたくしは、レナルドさんに無理してほしいわけではありませんから、代表を無理強いしたくは──」

「だけどよ!」

 話に割って入ったのはルーガだ。肩を貸して、レナルドをしゃんと立たせる。イヴが傍らに寄り添った。

「こいつ、すげー真面目でいい奴だぜ! 最初は今よりずっと顔色悪くて、もう死人みたいな顔してたんだよ。俺と入れ替わっちまおうぜって誘って、まぁ結局入れ替わる相手はアナヒェになったんだけどさ。森にこもるようになってすぐは全然話しもしないで黙ってばっかだったけど、ちょっとずつ食えるようになって、本来は俺達の生業の炭焼き仕事をやるようになって……。それが、誰がチェックするわけでもねぇのに、効率よくって、仕事が早くて、きれいなんだよ。一晩中起きてたり何日も起きてたり、あんな変な生活してたのが最近はお天道様と張るくらい早起きして仕事しようとするんだ。それに……」

「……驚きました」

 アリシアは、お世辞でもなんでもなく、ルーガの熱心な説明を聞いて目を瞠る。

「ルーガ、あなたがたの友情は本物ね。わたくし、心の病にそれほど詳しいわけではないけれど、あなたがそうやって見守ってくれている姿勢はきっと精神状態を好転させてくれるはずだわ。いえ、実際、もうかなり好転しているのかも」

 アリシアがそう言ったのは、レナルドの顔色を見てのことだ。かつての先輩の様子が頭をよぎる。退職前は暗く沈んだ顔をしていた先輩は、離職後数ヶ月経ってから思いがけず駅併設の商業ビルで出会った時、今のレナルドのように晴れやかな顔をしていた。

「……レナルドさん」

「はい」

 レナルドはもう、さっき取り乱して地面に這いつくばったような醜態はさらさない。アリシアは先ほどのイヴの凛とした立ち姿を思い出した。アナヒェが化けていた偽レナルドに「話があるの」と堂々と対峙した身重のイヴ。彼女は今、ルーガが支えるレナルドの隣に立ち、目をうるませている。令嬢は、レナルド、ルーガ、イヴの顔を代わる代わるに見つめた。

「……レナルドさん、このピオ村の財務に関する不手際の責任を取って──、従来の代表役からあなたを解任します」

 レナルドやルーガ、イヴは、アリシアからの宣言にそれぞれ息を飲む。

「えぇえっ、おっ、お嬢様⁉ レナルドさんを⁉」

 一際大きな声でリアクションを示したのは、アリシアの側付きメイドのニナだ。

「ニナ、ちょっと落ち着いて聞いてちょうだい……」

 アリシアは半ば呆れ顔だが、それも親愛ならではだ。一連の騒動のまま、広場の中央に注目していた村人達もざわめいて顔を見合わせている。間を置かず、アリシアは表明する。

「そして同時に、レナルドさん、あなたを新たに執行役として任命しますわ。そして、わたくしを監査相談役に置きます」

 アリシアは自らの胸元に手を当てて、周囲を見回し、己の去就についても明らかにした。

「つまり……! えっと、つまり、どういうことだ……⁉」

 腕を組んだルーガが大真面目な顔をして、首をひねって難しい顔をする。アリシアが、にっこりと微笑みを浮かべたまま「この村の、赤字財政の改善策がまずは目標です」と述べた。村が借金を負ってしまっている内情を知る村人は、反射的に明後日の方向へと視線を逸らす。アリシアは村人達の反応に目を配りつつ、レナルドに思いの丈を伝えていく。

「わたくしとしては、村の方々からの信頼の厚いレナルドさんにピオ村の自治をお任せしたいわ。ですが、あなただけでは手が回らないこともあるはずです。そういうことのないようにわたくしもサポートに回りますわ。まずは村の現状を立て直していきましょう 」

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