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第13話 全ては白日の下で〈5〉

 レナルドは、絞り出すように「わ、私に、また任せてくださるのですか……?」と尋ねる。アリシアは「レナルドさんさえよければ」と答えを返した。

「強制ではありませんし、たった一人で役割を抱える必要はありません。もうすぐ父親となることですしね。家族と過ごす時間が、レナルドさんにもイヴさんにも絶対に必要ですもの」

 「引き受けて頂けるかしら?」と令嬢に問われ、レナルドはイヴを、ルーガを、そして広場に集う村の仲間達を見た。

 ──イヴ、君を避けていたわけではないんだ。さっきそのことを少し話して、大事な時期にそばにいなかったことをどれほど悔やんだことだろう。これからはそんなことには絶対にさせない。

 ──ルーガ、森で偶然出会った君とこんな風に友情を築けるなんてな。裏表のない君の思考法に数ヶ月接して、ヒョロいヒョロいと言われながらも炭焼き仕事を体で覚えて、森の中に差す太陽の恵みに感謝していたから、俺は自分というものを取り戻せたような気がするんだよ。

 ──村の皆を、相当驚かせてしまったはずだ。自分でも、誰かと入れ替わって過ごして、自分の人生を数ヶ月休んでみるなんて思ってもみなかった。まともに眠って食べられるくらいに回復して、元気になればなるほど思うんだ。皆のために、もっとうまくやれたんじゃないかって。

 レナルドは走馬灯のように、自分が初めてジョージに派遣されてピオ村にやって来た日から今日までのことを思い出す。感謝が湧き上がる。報いたい、と強く思った。

「……謹んで、拝命いたします」

 わっ、と歓声が上がる。村人達は少し声を抑えていたレナルドの説明の全てを耳にしてはいなかったかもしれないが、間違いなくレナルドの無事と復帰を喜んでいる。周囲の反応に圧倒されるレナルドをルーガが小突き、イヴが抱きしめた。

 ニナがアリシアのすぐ隣にやって来て、「万事、これで解決でしょうか?」とほっとした表情で口にする。

 令嬢は「村の赤字に関する問題は、まだ何も解決していなくてよ」と言いつつも、側付きメイドの顔つきと同じく、その表情はゆるんでいる。

「心配なのは、あのハイエナ型の……アナヒェと言ったわね、彼が今後どう出てくるか、だわ。あれで引き下がるタイプではないと思うの」

 アリシアの予想は残念ながら的中する。

 同じ頃、妖精と小鳥達が追うアナヒェはピオ村を離れ、人通りのない街道沿いで怒り続けていた。

「忌々しい! やっぱり自分以外が動く必要がある計画はダメだ。馬鹿が一人いたら、全部お釈迦になる」

 アナヒェはフンと鼻を鳴らした。腹立ち紛れに、足元のスミレか何かの小さな花を足で踏みつけてぐりぐりと潰す。小癪な小娘、アリシアの髪色を思い出して苛立ちが抑えられない。感情に整理をつけるように、ぶつぶつと独り言を紡ぐ。

「噂では、ポーレット家の令嬢は手の付けられない稀代の性悪で、弟王子との婚約も破談になったということだったけれど」

 今回の彼女の立ち回りはどうだろう。まるで、義を尽くし愛を為せと説く女神の慈愛と道徳を体現したようだった。

「アリシア・ポーレット。はぁ、気に入らないねぇ。鼻について仕方ない」

 そう吐き捨てて、アナヒェは舌打ちをする。

 アナヒェのその様子を、妖精と小鳥がつかず離れずの位置で見守っている。今は、アナヒェの背後にある木の陰に潜んでいた。妖精と鳥は共通の言葉を解するわけではない。だが、互いの表情や身振り手振りで意志の疎通を図っていた。妖精が不機嫌そうな表情を浮かべて『あいつ、ママのわるくち言ってる!』と怒り、白い羽の小鳥の数羽が妖精に同調するようにピピッ、と短く強くさえずる。

 アナヒェの独言は続く。

「ふぅむ、弟王子との婚約がおじゃんになって、この国境に近い村に来たということはだ、あのアリシアはどうも都を追い出されたか、婚約の解消を恥じて中央に居づらくなり逃げてきたってところだろう」

 自分が手を下したわけではないけれど、あの小娘が王都で辛酸を舐めたはずだと思うとアナヒェは少し気分がよくなった。

「そうだねぇ、たまには大きい仕事を回してみるのも楽しいかもしれないねぇ」

 王都。ロアラの中央。以前は組織的な犯罪に手を染めたこともあるアナヒェだが、ここのところは地方の小悪党レベルのビジネスしかやってこなかった。それがリスクヘッジであり、若い時の無茶を経ての大人の賢さだと思っていた。しかし──。

「あの小娘が挫折した王都で、私が目論み通りに成功するっていうのもなかなか興が乗る」

 アナヒェは、狼の獣人一族に伝わる魔法を用いて新たな化けの皮をかぶった。ハイエナは自ら狩りをすることも、他の肉食動物が捕まえたり食べ残したりした獲物を横取りすることもあるが、その特性と同じく、ハイエナ型獣人は他者の魔法を横取りして発動することができる。と言っても、魔法であるからには発動させる条件があり、魔法を借りる側が貸す側から了承を得なければならない。今回は、レナルドを助けるために必要だからとルーガを口車に乗せ、変身魔法を手に入れた。その魔法を使い、妖精達の目の前でアナヒェは艶やかで長いブロンドをなびかせて、麗しい人間の女性に変化へんげする。

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