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第13話 全ては白日の下で〈6〉

『なっ、なにあれっ』

 妖精がびっくりして、隣の小鳥の翼をばしばしと叩いて驚きを共有した。その瞬間、アナヒェが人間には出せない獣の速度で後方へと駆け、妖精と小鳥の一羽を左右それぞれの指先でつまんだ。

「さっきからピーチクパーチクうるさいねぇ」

 「あーん」と小鳥を一飲みにしそうな仕草を見せ、妖精が『きゃーっ、やめなさいっ』とジタバタ暴れる。必死になった妖精が夢中で魔法を使って起こした花嵐の風が、アナヒェの目元や頬へ鋭く吹き付けた。

「この!」

 目を庇おうと妖精からアナヒェがとっさに手を離し、しまったと思って再び捕らえようとしたが掴み損ねる。残りの小鳥達と妖精は寄り添うように中空に飛び立った。美女に化けたアナヒェが不愉快そうに「あんた達、あのご令嬢の手先だね? 嫌な匂いがぷんぷんするよ」と妖精達を睨み付ける。

「弟王子に捨てられたあんた達のご主人ができなかったことを、私がこれからやってやろう。お国の根本をどうにかする野望なんて最高じゃないか。どうして今まで思い付かなかったんだろう!」

 アナヒェは話しながらうっとりと目を細め、その顔は確かに人間に化けているのに、色の濃い褐色の瞳には爛々らんらんけだものの迫力をたぎらせた。

「散々イライラさせられたが、あんた達、帰ったらアリシア嬢によくよくお礼を言っておくれ。お前のおかげで傾城傾国の私が生まれるのだから」

 声にだんだんと力が籠り、ついには美女の手の中で枝の折れるような音がした。妖精と小鳥達が目を見開いて恐怖する前で、アナヒェは優雅に小腹を満たしてゆく。ついさっきまで可憐にさえずっていた白い小鳥の骨も羽も、温かい血肉も、全てが強靭な顎の内側でぐちゃぐちゃと咀嚼されて喉へと流れた。

「さぁ、次は誰にキスしてあげようか?」

 口元の血の雫を舌なめずりして、アナヒェが妖精達のほうへ手を伸ばす。小さき者達は大いに動揺して、慌てふためいて飛び去り、後に残された麗人は空を見上げて心底楽しげに笑い声を響かせた。


 小鳥達と妖精がそんな恐ろしい目に遭っているとは露知らず、一連の騒ぎがおさまった広場では青空と白日の下、のどかな時間が流れていた。

「いやはや、ワタシもどうなることかと思いましたよ。アシリア・・・・様が、店に来てたお客の注目みーんな持ってっちゃって」

 フォグが翼を上下させて肩をすくめるような仕草を見せ、アリシアは「あら、フォグさんのお店、盛況だったじゃありませんか。わたくし、広場の近くを通るたび、寄せて頂くのを楽しみにしておりましたもの!」と笑う。

 レナルドとイヴは、広場に店を出すイヴの父親に挨拶した後でレナルドの自宅に向かったので、今、アリシアと一緒にフォグの出す店の前にいるのはニナ、レオ、ルーガの三名だ。アリシアは、嬉しそうに売り物の品々を眺める。テント布の下に組み立てられた机の上には、向かって右側に食器などの日用品、左側にブローチやベルト金具などの装飾品が並んでいる。柱に渡したロープには、色鮮やかな布やタペストリーが掛かっていた。

「ねぇ、フォグさん。上質な産着は取り扱っているかしら?」

 アリシアが尋ねると、フォグが「産着、産着ですか!」とおうむ返しにした。

「これは申し訳ない。布地は柔らかくって風通しもいい、良いやつがあるんですがね。産着には仕立ててありませんで」

 フォグの提示する布のいくつかを見せてもらいながら、アリシアとニナが「あら素敵ね」「名前が決まったら、刺繍するのはどうですか?」と楽しそうに話す。

「いやはや! アシリア・・・・様、ご懐妊とはめでたいことで!」

 フォグが誤解を大きな声で口にするので、アリシアもニナもレオも慌てて「わたくしじゃありませんてば!」「レナルドさんとイヴさんの赤ちゃんに贈るんですよ!」「フォグおじさん!」と三者三様に制止する。

 ふと、アリシアは机の端に畳んで並べてある布に気が付いた。

「フォグさん、こちらは?」

「あぁ、こっちは毛織物ですね。産着には向かないかもしれません。ただ、短いとはいえロアラもこれから冬でしょう? 重宝しますよ」

 フォグの説明を聞きながら、アリシアはいくつかの布地から深緑のような色調に目を留める。なぜだろう、このピオ村で出会った妖精にぴったりな気がして嬉しい気持ちになる。

「フォグさん、その産着向きの布と、こちらのグリーンの織物も買わせて頂けるかしら?」

「毎度ありがとうございます! ご用意しましょう」

 ニナが「わぁ、きれいな色ですね」とアリシアが選んだ布を見て微笑む。

「あの子に……妖精のあの子に、 動きやすい上着でも、寝心地のよい布団の上掛けでも、何か誂えてやるのはどうかと思って」

 令嬢の言葉に、側付きメイドは顔を輝かせた。

「素敵なプレゼントだと思います!」

 まるで自分がプレゼントされるかのように、ニナが笑顔を浮かべて「あのサイズでしょう? まるでドール用ですよね。もう仕立てる想像をするだけで可愛い……!」とうっとりする。アリシアは、自分が小さい頃に母親が編み靴下を作ってくれたことを思い出した。

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