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第13話 全ては白日の下で〈終〉

「新しい服かぁ、いいねぇ。俺も何か仕立ててもらうかな」

 ルーガが陳列された布の何枚かを眺めて言うのを聞き、アリシアが「それもいいですわね。ポーレット家の従者として働いてもらうなら、仕事着として誂えて支給しましょう」と快諾する。

「いいんですか、お嬢! 言ってみるもんだなー」

 ご機嫌なルーガをじっと見ているレオに気が付いて、フォグが「おや? レオ坊も新しい服が入り用かい?」と尋ねた。

「い、いや、そういうわけでは……」

「おっ、獅子の兄貴も服が要るならお嬢に言ってみなよ」

 レオとルーガの会話を聞いていたアリシアが「あの」とレオに申し出る。

「マンジュ卿にはとてもお世話になりましたし、例の副作用の克服についてもまだ教えを乞いたいことが残っています。もしよければ、お礼にぜひお贈りしたいわ」

「い、いえ、それを言うならば我が国の試みがピオ村に影響してアリシア様の手をわずらわせているのです。詫びとして、こちらがお贈りしたいくらいですよ」

 アリシアもレオも同じようなことを言い出すので、ルーガが「何だよ、それじゃ互いに服を贈り合うことになって、まるで結婚だな!」と朗らかに笑った。

「……え?」

 レオとアリシアがぎこちなく固まって、短い沈黙となった。アリシアは、思ってもみなかった連想にぱちぱちとまばたきする。

(結婚? 服を贈り合って? わたくしとマンジュ卿が?)

 我に返ったアリシアが何か返答せねばと思って「あ、あの」と言いかけるより早く、レオがぴしゃりと釘を刺した。

「そういう冗談はご迷惑になる」

 そのレオの表情は厳しく、同時にどことなくつらそうだ。マンジュ卿をフォローしたい、という気持ちがアリシアの中に自然に湧いた。

「迷惑などということはありませんわ」

「エ⁉」

 真っ先に素っ頓狂なリアクションを見せたのはフォグだ。

「するとアシリア・・・・様⁉ まさかレオ坊と……」

「え? あっ⁉ 違うの、その……」

 口に出しかけた言葉が自分の想定外の意味で重さを伴う響きだと気が付いて、アリシアは弁明する。

「べ、別にわたくし達の間に何かあるとか、そういうことではありません! ただ内容は問わず、一般的な冗談を笑い合えるような友人関係は築けていると、そういうことが言いたくて……」

 フォグは令嬢の発言の意味を説明されて「なるほど、そういうことでしたか」と何度か頷いた。

「ワタシはてっきり、お二人が互いを信頼して仲を深められたのかと──」

「……こ、言葉足らずな表現で誤解させてしまいましたわね!」

 令嬢は珍しく舌をもつれさせるように急ぎ、フォグの言葉を遮るようにして話す。そして「そうだわ!」と話題を切り替えた。

「キャ、キャスのお家にスグリの実の件でお礼に伺わなくては! 慌ただしくしていて、すっかり忘れていました!」

 アリシアは「ニナ、わたくし、屋台のエッグタルトを手土産にどうかと見てきますわね」とフォグの店の前から立ち去ろうとする。

「さっきの布と、もしルーガとマンジュ卿の好みの布地があればそちらも支払いの段取りをしておいてね。後でこちらに合流してちょうだい」

「は、はい!」

 ニナに段取りを指示し、アリシアが「では、皆様、ご機嫌よう」と洗練された所作で挨拶を

して場を辞す。「なんだぁ?」ときょとんとするルーガの横で、ニナがフォグに提示された金額を支払って布を受け取った。

「レオさん、ルーガさん」

 側付きメイドがにっこり笑っている。

「今後のこと、また追ってご連絡いたします。レオさんはフォグさんのお宿に、ルーガさんはレナルドさんが手配した自警団用の拠点のお家に今日はお帰りですよね?」。

 レオとルーガが「その予定です」「あぁ」とそれぞれ返事をして、ニナが「かしこまりました」と一礼した。

「あの、今のお嬢様はいろいろあった直後で……どうかお気を悪くされないようお願いいたします」

「いろいろ……?」

 不思議そうに言うルーガに、ニナが「レオさんは事情をご存知ですので、気にかけてくださるなら詳細はレオさんに……」と言葉を濁す。

「それから、お嬢様は二言のないお方ですから、よかったらぜひお召し物を仕立てさせてくださいね。布地を選んで、フォグさんに取り置きをお願いしてもよろしいですか?」

 ニナがフォグと相談し、誂えを依頼する際はフォグと馴染みの仕立て屋にオーダーする流れを確認した。

 「では、ここで失礼いたします!」とニナは半ば強引に話を締める。令嬢の側付きメイドが屋台の前から立ち去り、残されたルーガとレオがその姿を目で追った。

「お嬢、何かいろいろあったの?」

「……俺から説明していいものか憚られるが」

 「えーでも、ニナさんは、詳しいことは説明してもらってね、みたいな感じだったし」とルーガが粘るので、王都での一部始終をレオは手短に話す。話を聞いたルーガは頭をガシガシとかいて、うなだれた。

「お、俺、すげぇ余計なこと言ったな、コレ……」

 心なしか、ルーガの尻尾も少し下がっている。

「よりにもよって婚約破棄直後かよ。笑えねぇ冗談かましちまった。せっかく雇ってもらったのに、即クビかも」

「いや、アリシア様の性格なら、その場で判断して解雇を通告されるはずだ。悪意がある、と判断されたなら」

「ふーん、そういうもんかね」

 そのままルーガが「確かに俺に悪意はなかったな。で、あんたは好意があるってわけ?」と尋ねるので、レオは思わず咳払いした。

「……答える義理はないな」

「えーっ、何だよそれ。揃いの服を作ってもらう仲じゃん!」

 ルーガの主張に「そんな話は出ていなかっただろう」とレオが応じるが、フォグが「おぉ、そういうのもいいねぇ! いくつかの工房から、色違いだとか同じ染めの模様違いなんかの兄弟布を仕入れてるよ」と嬉しそうに在庫の布を広げ始める。

 アリシアに甘えて服を仕立ててもらうのかどうかをまだ決めていないのだが、フォグの商品紹介はさすが巧みで、ついレオも聞き入ってしまうのだった。

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