目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第14話 目指すは村おこし〈2〉

 元気のない妖精が少しでも明るい気持ちになればと、アリシアは努めて軽い調子で笑い話のように語りかける。まだアリシアが直接確かめていないピオ村の産業は、あとは森の中での養豚やキノコの採集だ。

「一人で森に入るのは、先日の一件もありましたし、避けておくべきかしら」

 アリシアは独り言ちつつも、誰か森で仕事をする人に出くわして話を聞けるかもしれないと思って、とりあえず森の入り口のほうへと向かう。途中、テリーが教えてくれたハーブの花が目に留まり、自分の中に実地の知識がわずかずつでも蓄積されていく喜びを感じながら、アリシアは草花に礼を言って、花の一輪をもらい受けた。

「……誰もいませんわね」

 妖精と共に周囲を見回すアリシアだが、目につく人間はいない。

「仕方ありません、出直すことにしましょう」

 またも明るいトーンで妖精に呼びかけるアリシアだが、不意に何かの気配を感じ取って振り向いた。何かが、アリシアのほうへ向かって飛んでくる。キィキィ、とかすかに金属が軋むような音がした。

「えっ、うそ、機械の蝶だわ……!」

 アリシアが驚くのも無理はない。鈍色の小さな蝶がパタパタと四枚の翅を開閉しながら飛んでいるのだ。軽量化のためだろうか、金属の翅には本物の蝶の柄を模したような穴が開いていて、眼にあたる部分には薄青い石がはめ込まれている。

 妖精が怖がっておっかなびっくり見守る中、アリシアの手の甲に蝶が止まる。すると、キィ、カチャン、と小さな音がした。見ると、蝶の腹がぱかっと開いて、薄く細長い羊皮紙が小さく丸められた書簡が出てきた。

『きゃーっ!』

 昨日、アナヒェを追っていて怖い体験をしたことが尾を引いているのか、わずかな驚きだけで妖精がうろたえる。アリシアが「大丈夫よ」と羊皮紙の手紙を開きながら妖精に声をかけた。

「これは、リアム……えっと、コルヴィス先生の自動機械オートマタだわ」

 そういえば、学院長、ソフィア・シモンズに教師、リアム・コルヴィスと卒業要件について掛け合った時、遠隔魔法か何かで連絡を取るというようなことを話していた覚えがある。アリシアは羊皮紙に書き付けられた文章を読み上げていく。

「えぇと、なになに……研究、また学業に打ち込み意気軒昂たる学生、アリシア・ポーレット殿へ」

 ──学術考査の実施はまだ先ですが、自学に勤しむポーレット殿のために試験範囲を先に告知します。また、複合基素結晶レペティティオ・クリュスタルスに関して有益と思われる資料リストを添付しました。可能な限り入手して熟読をお願いします。

 ちなみに、この手紙を届けた蝶型の自動機械オートマタは個人的な研究の結果得られた基素エーテルの結晶と私の魔法によって動作しています。遠隔通信機としてのパイロット品も兼ねていますので、必要な時には声による音の波に基素エーテルを絡めながら「イオス」と呼びかけることで通信相手を呼び出すことができます。ただし……、

『イオス!』

 リアムからの書簡を読む途中で、妖精が楽しそうに呼び出し音声を発してしまう。アリシアが「あっ」と思った時には、すでに自動機械オートマタに組み込まれた結晶が小さく光って呼び出しが始まっていた。

「しまったわ……。でも、さすがリアム……じゃなくてコルヴィス先生ね、こんな装置を作ってしまうなんて! だけど、先生は授業があるでしょうからきっとすぐに応答はないでしょうね。呼び出しのキャンセル方法も、手紙に書いてくださっているかしら」

 アリシアが、続きを読み進める。

 ──ただし、「イオス」は結晶の性質と関連する宛先を一斉に呼び出す呪文です。私個人を呼び出すには、「イオス・ミツクリ」と呼ぶようにしてください。

「えっ! じゃあ今呼びかけたのって……」

 単にリアムを呼んだのではなく不特定多数を呼び出したのだと理解して、アリシアは少し緊張する。しまった。誰かから返答がくるだろうか。意図していなかった事態だが、新しい技術を試せるのはちょっとワクワクする。

 蝶の自動機械オートマタが何か反応を受け取らないだろうかと、アリシアと妖精はしばらく待ってみる。だが呼び出し呪文が発動して最初に少し結晶が光って以降は、うんともすんとも言わない。

「うーん、誰からも返事はないみたいね」

 ほっとしたような、待っていたぶん少し残念なような。

『……ママ、ごめんなさい』

「いいえ、何も問題はないわ。また折をみて試せばいいだけのこと。後で、改めてコルヴィス先生に呼びかけてみましょう」

 妖精にそう言って、アリシアは森の視察も次の機会に譲ることにして村に戻ろうと踵を返す。と、不意にわずかに空気が揺れるような胸騒ぎを覚えた。

『ママ?』

 妖精が不思議そうにアリシアを見上げ、その直後に妖精自身も何かを感じ取ったような表情を見せる。

(何だろう、何か違和感が……)

 アリシアが再び振り返って森の入り口を見つめ、心に引っかかるものが何なのかを確かめようとした、その瞬間だった。

 おびただしい数の鳥の羽音とシルエットが一気に森から噴き上げるように飛び出してきて、アリシアは息を飲む。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?