目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第14話 目指すは村おこし〈3〉

「なっ、何⁉」

 鳥達は一斉に飛び立ち、その後にはまた静まり返った森がアリシアと妖精の前に佇んでいる。

「何だったのかしら……」

 アリシアが空を見上げる。のんびりと雲がただよう、いつも通りの青い空だ。鳥達は一斉にどこかへ飛んで行ってしまったようで、もう姿は見えない。

「……あら?」

 頭上の雲の端に、何かの煌めきを見た気がして、アリシアは目を少しだけ細めるようにしてはるか凝視した。何か、小さな黒い点のような。

「あれは……」

 つぶやいているうちに、黒い影はみるみる大きくなり、空気の揺れをアリシアの髪や頬、妖精の薄い翅が感じ取った。黒い小さな鳥かと思ったシルエットだが、すぐに違うと気付いてアリシアは目を見開いた。蛇のような細い体。空を飛ぶ恐竜を彷彿とさせる翼。まるで水中を泳ぐ魚のように悠々と、しかし魚ではあり得ないスピードで空をゆく姿。ピオ村の広場の中心にあった水盤のモニュメントをアリシアは思い出す。

「う、うそ! 翼蛇つばさへびだわ!」

 さっき自動機械オートマタの蝶に驚いたのと同じような言葉で、再びアリシアは驚きをあらわにする。その一言の間にも翼蛇つばさへびは堂々たる動きで、アリシアのいる森の入り口へと空を滑空してくるではないか。この翼蛇つばさへびの気配を察知して、さっき森の鳥達は逃げ出したのだ。野生の勘といういうやつだろうか。

(か、感心している場合じゃないわっ)

 慌てたアリシアは、森の出入り口から遠ざかる形で、妖精が振り落とされぬように手を添えてやりながら駆けていく。しかし、翼蛇つばさへびが落下するように降りてくる秒数のうちに移動できた距離はいわゆる雀の涙ほどだ。

「きゃあっ」

 強い風が吹き下ろす。ついに、翼蛇つばさへびが地面に降り立った。直撃こそ免れたものの、風に煽られたためにバランスを崩して転倒しかけたアリシアは、すんでのところで踏みとどまった。目の前に現れた翼蛇つばさへびの迫力に圧倒されて、アリシアは言葉を失う。絵や慣用句の中にその姿や名前を見ることも多い翼蛇つばさへびだが、アリシアが実物を目にしたのはこれが初めてだ。鎌首をもたげ、目をきょろきょろと動かす異形のモンスターと、令嬢は目が合う。アリシアと妖精は、びくっと体を強張らせた。

(お、お、お、おっきぃなぁああー!)

 一般的な蛇のサイズからすれば、考えられないほど巨大だ。優子の世界の物に当てはめて想像するなら、ちょうどショベルカーくらいの存在感だろうか。

 翼蛇つばさへびはアリシアには目もくれず、引き続き周りを見回している。アリシアは不思議に思いつつ、何か探し物をしているような翼蛇つばさへびの挙動が気になった。

 その時、金属の蝶の自動機械オートマタ翼蛇つばさへびの目の前にパタパタと羽ばたいて現れた。ふわふわと飛び、その様子を黒っぽい色の翼蛇つばさへびが金色の目を動かして凝視している。やがて、蝶はアリシアの手の甲へと再び止まった。翼蛇つばさへびが、アリシアのほうを見つめる。

「ひぇっ」

 思わず声が漏れて、アリシアは慌てた。きっとこの翼蛇つばさへびは、金属蝶のパーツとして使われている結晶の呼び出しに応じてやって来たのだ。そして、今アリシアの手に乗って翅を開閉している自動機械オートマタの蝶はリアムからの書簡をアリシアに届けるために作動していた。蝶の動きを見るに、書簡をアリシアへ届けてハイ終わり、というわけではなく、そばにいるらしい。つまり、この翼蛇つばさへびが金属蝶を気にしてそばにいる限り、アリシアが翼蛇つばさへびと距離を取るのは難しいわけだ。

『マ、ママ……』

 不安そうな妖精に、アリシアは「大丈夫よ」と声をかける。とはいえ、翼蛇つばさへびは強い力を誇り、このロアラの国でも多くの伝承の中で語り継がれる希少な存在だ。アリシアは緊張のために分泌された生唾をごくりと飲み込んで、大きなモンスターの金瞳から目が離せなくなる。

 その時だった。

「もしもーし、ポーレットさーん。聞こえますかぁ?」

 朗らかな明るい声が、張り詰めた空気の中で響く。この蝶の自動機械オートマタを作った張本人で、アリシアの卒業要件交渉に同席してくれた王立学院の教師、リアム・コルヴィスだ。

「コルヴィス先生! ご助言お願いいたします!」

 アリシアが、安堵のために漏らした声は少し泣き言めいていて、通信先のリアムは面食らったようだった。

「ど、どうしました? ポーレットさん」

 リアムが驚き、アリシアが説明する。

「あ、あの、うっかり呼び出し呪文の前半だけを、先生宛てにではなく不特定多数に向けて発してしまって、それが発動したようで……」

「ふむふむ」

「あの、目の前に今、翼蛇つばさへびが来ちゃってるんです」

 蝶に嵌められた小さな結晶が振動して互いの声を伝える中、リアムのほうから、ぶば、と口に含んでいた液体を吹き零したような音がした。

「つっ、つばさへびですって⁉ レアですねー! 脱皮途中の個体とかじゃないですか? もしどこかに乾いた皮膚片でもくっ付いてたら、ぜひ魔法薬の材料に……」

「せんせぇ~!」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?