研究オタクな一面を思わずさらけ出してしまうリアムに、アリシアが泣きつく。リアムがコホンと咳払いして、場を仕切り直した。
「すみません、うっかり……。
でも、
「そ、そうですか……」
今聞こえるのはリアムの声だけだが、ゲーム『魔奇あな』でのメインビジュアル立ち絵の彼の柔和な笑顔がアリシアの脳裏をよぎって、アリシアは胸をなで下ろした。リアムの声が蝶の
「えぇ、大丈夫です。相手の虫の居所が悪かったり、こちらを敵だと認識していたら、もうとっくに飲み込まれるなりして襲われてますから」
「せっ、せんせぇ~!」
身も蓋もない解説にアリシアがツッコみながら再度泣きつき、罪悪感を覚えたらしい妖精が『えーん、ごめんなさいぃ! ママはわるくないのっ』と謝る。
「……今のは誰ですか?」
「ママ、とは……?」とリアムの不思議そうな声が聞こえるが、アリシアとしては現状への対処を優先したいところだ。
「それは後ほどご説明しますから! あの、コルヴィス先生、この
切実な教え子からの問いに、リアムが答える。
「話しかければ、ちゃんと伝わります。通常、蛇には耳にあたる器官が存在しないのですが、
「そ、そういうものですか……」
会話を理解できるのだと思うと、さっきから何度か
「突然にお呼び立てした非礼をお詫びいたします。驚かせてしまったことでしょう。今後、気を付けるように努めますわ。何か、今、わたくしからお渡しできるものでもあればよいのですけれど……」
『ひ、ひやぁあああ……』
妖精は大きな蛇腹に圧倒されて、睨まれたカエルさながらに固まっている。アリシアは、間近に迫る蛇の胴とそのウロコの大きさに驚きつつ、ひょっとしたらこのまま締め上げられてしまうのではないかと目の前でゆるゆると動く蛇の体に一抹の恐怖を抱いた。
「大丈夫ですか? ポーレットさん」
リアムが、静かになったアリシア達の様子を心配して声をかける。
「は、はい。……あら?」
返事をしたアリシアは、蛇の動きが止まったことに気が付いた。目の前には翼がある。飛行する恐竜にありそうな、コウモリの飛膜にも似た黒っぽい大きな翼。その中ほどから根元にかけて、薄いベールのような覆いがところどころにくっ付いている。これはひょっとして、とアリシアは気付いた。
「……あの、コルヴィス先生、
「そりゃ、あればあるだけありがたいですが……えっ、まさか、脱皮中の個体なのですか……!」
リアムの声のトーンが変わって、思わずアリシアは笑ってしまう。どうやら
「さすがコルヴィス先生。ご明察ですわ」
アリシアが
「これ……、この皮、取らせて頂いてよろしいのですね?」
アリシアが
「失礼します」
アリシアの指先が、剥がれかけた膜を浮いた端からぺりぺりとめくっていく。すでに剥がれる準備はできていた古い角質だから、アリシアが優しく引っ張ると鱗の形がしっかり残った皮が簡単に分離してゆく。
(たっ、楽しい……っ!)
ぺりぺりぺり~、とスムーズにめくれていく脱皮の手伝いは、かつて優子が実家で飼っていたネコ、トラちゃんの換毛期ブラッシングを思い出す感覚だ。すっきりと外見が整っていく様子は、見ているだけで気持ちいい。
妖精が広げるのを手伝ってくれた大判のハンカチで、採収した皮を包む。大きさには多少のばらつきがあるものの、おおよそアリシアの手のひらよりも一回り大きなサイズの皮を七枚ほど手に入れることができた。