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第14話 目指すは村おこし〈4〉

 研究オタクな一面を思わずさらけ出してしまうリアムに、アリシアが泣きつく。リアムがコホンと咳払いして、場を仕切り直した。

「すみません、うっかり……。

 でも、翼蛇つばさへびは強い力を操る存在ですが、基本的には穏やかな性格です。目の前にいて落ち着いているなら、慌てることはありませんよ」

「そ、そうですか……」

 今聞こえるのはリアムの声だけだが、ゲーム『魔奇あな』でのメインビジュアル立ち絵の彼の柔和な笑顔がアリシアの脳裏をよぎって、アリシアは胸をなで下ろした。リアムの声が蝶の自動機械オートマタを通じて聞こえるたび、結晶が光って明滅する。

「えぇ、大丈夫です。相手の虫の居所が悪かったり、こちらを敵だと認識していたら、もうとっくに飲み込まれるなりして襲われてますから」

「せっ、せんせぇ~!」

 身も蓋もない解説にアリシアがツッコみながら再度泣きつき、罪悪感を覚えたらしい妖精が『えーん、ごめんなさいぃ! ママはわるくないのっ』と謝る。

「……今のは誰ですか?」

 「ママ、とは……?」とリアムの不思議そうな声が聞こえるが、アリシアとしては現状への対処を優先したいところだ。

「それは後ほどご説明しますから! あの、コルヴィス先生、この翼蛇つばさへびにはどのように接するのがよいのでしょうか⁉」

 切実な教え子からの問いに、リアムが答える。

「話しかければ、ちゃんと伝わります。通常、蛇には耳にあたる器官が存在しないのですが、翼蛇つばさへびも魔法の力を帯びたモンスターの一種ですから音を聞くことができるようです。加えて知能が高いですから、聞こえた内容もほぼ理解していると思われます。不用意に呼び出してしまったことを詫びるのがよいでしょう」

「そ、そういうものですか……」

 会話を理解できるのだと思うと、さっきから何度か翼蛇つばさへびと目が合っていたのが急に意味深に思えてきて、アリシアは目の前に鎮座するモンスターに一礼した。

「突然にお呼び立てした非礼をお詫びいたします。驚かせてしまったことでしょう。今後、気を付けるように努めますわ。何か、今、わたくしからお渡しできるものでもあればよいのですけれど……」

 翼蛇つばさへびは鎌首をもたげ、アリシアを品定めするようにじろりと見つめる。そして長い胴をうねらせて、アリシアと妖精の周りを囲むように動き出した。

『ひ、ひやぁあああ……』

 妖精は大きな蛇腹に圧倒されて、睨まれたカエルさながらに固まっている。アリシアは、間近に迫る蛇の胴とそのウロコの大きさに驚きつつ、ひょっとしたらこのまま締め上げられてしまうのではないかと目の前でゆるゆると動く蛇の体に一抹の恐怖を抱いた。

「大丈夫ですか? ポーレットさん」

 リアムが、静かになったアリシア達の様子を心配して声をかける。

「は、はい。……あら?」

 返事をしたアリシアは、蛇の動きが止まったことに気が付いた。目の前には翼がある。飛行する恐竜にありそうな、コウモリの飛膜にも似た黒っぽい大きな翼。その中ほどから根元にかけて、薄いベールのような覆いがところどころにくっ付いている。これはひょっとして、とアリシアは気付いた。

「……あの、コルヴィス先生、翼蛇つばさへびの皮ってどれくらいの量が必要なものなんでしょう?」

「そりゃ、あればあるだけありがたいですが……えっ、まさか、脱皮中の個体なのですか……!」

 リアムの声のトーンが変わって、思わずアリシアは笑ってしまう。どうやら翼蛇つばさへびは、さっきのアリシアとリアムの会話をしっかり聞いていたらしい。

「さすがコルヴィス先生。ご明察ですわ」

 アリシアが翼蛇つばさへびの表皮に引っかかった半透明のベールをじっと見つめる。やはり、脱皮の残りだ。鱗の凹凸形状が、はがれかけた薄い皮にも同じように浮いている。きっと脱皮の際に胴体を覆っていた部分はすんなりと外れたけれど、翼の周辺は古い角質が剥がれ落ちきらずに残ってしまったのだろう。

「これ……、この皮、取らせて頂いてよろしいのですね?」

 アリシアが翼蛇つばさへびの頭がある方向へ向かって尋ねると、蛇の頭がアリシアのほうを向いて目が合った。しゅるしゅる、という呼吸音も返ってくる。怒り出したりせず、動かない様子を見れば、これは同意の態度らしい。人よりも明らかに大きなサイズ感に圧倒されてしまっていたが、コミュニケーションが取れている、という実感を伴えば、翼蛇つばさへびの金色の目は結構愛嬌があるようにもアリシアには感じられた。

「失礼します」

 アリシアの指先が、剥がれかけた膜を浮いた端からぺりぺりとめくっていく。すでに剥がれる準備はできていた古い角質だから、アリシアが優しく引っ張ると鱗の形がしっかり残った皮が簡単に分離してゆく。

(たっ、楽しい……っ!)

 ぺりぺりぺり~、とスムーズにめくれていく脱皮の手伝いは、かつて優子が実家で飼っていたネコ、トラちゃんの換毛期ブラッシングを思い出す感覚だ。すっきりと外見が整っていく様子は、見ているだけで気持ちいい。

 妖精が広げるのを手伝ってくれた大判のハンカチで、採収した皮を包む。大きさには多少のばらつきがあるものの、おおよそアリシアの手のひらよりも一回り大きなサイズの皮を七枚ほど手に入れることができた。

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