「全部、すっきりときれいになりましたわ。呼びつけた上に、どうやら貴重そうなものまで受け取ってしまって恐縮です」
アリシアが蛇の頭のある方へ向かって礼を言う後ろで、ひらひらと飛ぶ金属蝶から「ポーレットさん、お手柄ですよ!」と嬉しそうなリアムの声がする。令嬢の終了報告を聞いて、
「あ、ありがとうございました……」
アリシアは礼を言うが、何だか緊張した。この大きな異形がその気になれば、彼女の体など一飲みにされてしまうだろう。言葉遣いをたしなめるフレーズ──「口の悪い者から
「……あら?」
アリシアは、間近い距離にある大きな金目の縁に、乾いた皮が引っかかっていることに気が付いた。
「おめめの周りもキレイにいたしましょうか?」
そう申し出てみるが、
「これでいかがでしょうか?」
アリシアが尋ねると、
──ご苦労だった。
頭の中に響いたのは、
それらを目の前にした時、自分というのはどれほど小さな存在なのだろうかとアリシアは痛感する。
「……貴重なものを分けてくださり感謝いたします」
丁寧な言葉遣いとそつのない所作は、アリシアにとってある意味精一杯のファイティングポーズだ。恐怖のあまりに礼儀を失してしまえば、その時点で自分の負け、という強迫観念じみた感覚がある。アリシアの様子を見て真似ようとしたのか、妖精もぺこりと『たします!』とかしこまった言葉の一部を口にして頭を下げた。
──我には不要なものだ、勝手に役立てるがよい。
──汝の匂いは覚えたぞ。……珍しい匂いだな。
清めてくれたこの借りは覚えておこう。
「……行っちゃった」
『ばいばーい!』
妖精が空へ向かって手を振る。ふう、と肩の力が抜けたアリシアの元へ、金属製の蝶が飛んできて寄り添った。ここから離れたロアラ中央の学院にいるリアムに
「採取した皮は、ぜひ大切に保管しておいてください。相応のお礼をご用意して、引き取らせて頂きます」
嬉しそうなリアムの様子に、アリシアも何だか気持ちが明るくなったような気がした。ふと、せっかくだから自分の困りごとについて聞いてみようか、と考える。
「……あの、コルヴィス先生。今、少し相談のお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「ええ。どうしました?」
アリシアはかいつまんで、かつワントの国に非があるかもしれないという点は伏せて、ピオ村の産業がうまく機能していないことについて説明した。リアムは「ふむふむ、そうですねぇ」と考えを巡らせながら返事をする。
「何か、その村の特産を用意するのがよいでしょうね。さっきの
リアムが「今、ポーレットさんはさっき話しておられた畑の視察をして、森に来ているんですよね?」と確認する。
「畑での栽培がうまくいっていないことは分かりました。森での産業はどうですか? 森で豚を育てるのは結構メジャーですが、他にはどんなことを?」
「えっと、炭焼きをしていることは知っていますが、他のことはあまり聞けていません」
アリシアの答えを聞いて、リアムは「では、周辺で花は咲いていますか?」と尋ねた。
「花、ですか?」
アリシアは森で見かけた花の咲く木を思い出し、キャスを探そうと森へ向かった時の道すがらにテリーが怪物除けにとハーブを摘んでくれたことも振り返る。
「はい、咲いています。見える範囲には……そうですね、秋ですからコスモスやセイタカアワダチソウが咲いています」