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第14話 目指すは村おこし〈5〉

「全部、すっきりときれいになりましたわ。呼びつけた上に、どうやら貴重そうなものまで受け取ってしまって恐縮です」

 アリシアが蛇の頭のある方へ向かって礼を言う後ろで、ひらひらと飛ぶ金属蝶から「ポーレットさん、お手柄ですよ!」と嬉しそうなリアムの声がする。令嬢の終了報告を聞いて、翼蛇つばさへびは翼を二、三度動かした。翼蛇つばさへびの大きな体がするすると再び動き始め、アリシアの正面に翼蛇つばさへびの頭がくる。

「あ、ありがとうございました……」

 アリシアは礼を言うが、何だか緊張した。この大きな異形がその気になれば、彼女の体など一飲みにされてしまうだろう。言葉遣いをたしなめるフレーズ──「口の悪い者から翼蛇つばさへび餌食えばむ」という言い回しがアリシアの脳裏をよぎる。

 翼蛇つばさへびは正面顔をアリシアにとっての左方向へ少し傾け、さらに近付けた。その距離の近さに妖精は身構え、アリシアもわずかに身を強張らせる。

「……あら?」

 アリシアは、間近い距離にある大きな金目の縁に、乾いた皮が引っかかっていることに気が付いた。

「おめめの周りもキレイにいたしましょうか?」

 そう申し出てみるが、翼蛇つばさへびは動かない。これは皮の除去を待っているのだろうと判断し、アリシアは「では」と目の周囲へと手を伸ばした。皮の欠片を取り除き、一部の皮がまるでコンタクトレンズのように目の上にかぶっていたのを回収する。妖精も、その小さな手でアリシアの背丈では届かない位置の皮膚片を拾った。

「これでいかがでしょうか?」

 アリシアが尋ねると、翼蛇つばさへびはアリシアの方へ突き出していた頭を引っ込め、満足げにゆるやかなとぐろを巻く。

 ──ご苦労だった。

 頭の中に響いたのは、翼蛇つばさへびからの呼びかけだ。驚いたアリシアがモンスターの顔をまじまじと見つめる。以前、森の中で大きな蜘蛛と対峙した時もこんな風に相手が言葉を伝えてきたことを令嬢は思い出した。

 おおきな、人ならざるもの。

 それらを目の前にした時、自分というのはどれほど小さな存在なのだろうかとアリシアは痛感する。

「……貴重なものを分けてくださり感謝いたします」

 丁寧な言葉遣いとそつのない所作は、アリシアにとってある意味精一杯のファイティングポーズだ。恐怖のあまりに礼儀を失してしまえば、その時点で自分の負け、という強迫観念じみた感覚がある。アリシアの様子を見て真似ようとしたのか、妖精もぺこりと『たします!』とかしこまった言葉の一部を口にして頭を下げた。

 ──我には不要なものだ、勝手に役立てるがよい。

 翼蛇つばさへびはそう伝えて、翼を数回上下させた。風が逆巻く。草花が揺れて、アリシアのそばを風に乗った葉が吹き抜けていった。

 ──汝の匂いは覚えたぞ。……珍しい匂いだな。

   清めてくれたこの借りは覚えておこう。

 翼蛇つばさへびの能力や物理的な原理で説明がつくものなのか、アリシアの感覚でも優子の知識でも分からない。だが、翼蛇つばさへびの黒く艶のある体はそのしなやかな翼で風を捕まえ、青空へと昇っていった。

「……行っちゃった」

『ばいばーい!』

 妖精が空へ向かって手を振る。ふう、と肩の力が抜けたアリシアの元へ、金属製の蝶が飛んできて寄り添った。ここから離れたロアラ中央の学院にいるリアムに翼蛇つばさへびからの呼びかけは届いていないだろうが、それでも一部始終を聞いていたリアムが「いや、素晴らしい!」と手放しで称賛する。

「採取した皮は、ぜひ大切に保管しておいてください。相応のお礼をご用意して、引き取らせて頂きます」

 嬉しそうなリアムの様子に、アリシアも何だか気持ちが明るくなったような気がした。ふと、せっかくだから自分の困りごとについて聞いてみようか、と考える。

「……あの、コルヴィス先生。今、少し相談のお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」

「ええ。どうしました?」

 アリシアはかいつまんで、かつワントの国に非があるかもしれないという点は伏せて、ピオ村の産業がうまく機能していないことについて説明した。リアムは「ふむふむ、そうですねぇ」と考えを巡らせながら返事をする。

「何か、その村の特産を用意するのがよいでしょうね。さっきの翼蛇つばさへびの皮のように、貨幣では到底実物の魅力に敵わないものはたくさんありますから」

 リアムが「今、ポーレットさんはさっき話しておられた畑の視察をして、森に来ているんですよね?」と確認する。

「畑での栽培がうまくいっていないことは分かりました。森での産業はどうですか? 森で豚を育てるのは結構メジャーですが、他にはどんなことを?」

「えっと、炭焼きをしていることは知っていますが、他のことはあまり聞けていません」

 アリシアの答えを聞いて、リアムは「では、周辺で花は咲いていますか?」と尋ねた。

「花、ですか?」

 アリシアは森で見かけた花の咲く木を思い出し、キャスを探そうと森へ向かった時の道すがらにテリーが怪物除けにとハーブを摘んでくれたことも振り返る。

「はい、咲いています。見える範囲には……そうですね、秋ですからコスモスやセイタカアワダチソウが咲いています」

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