アリシアの答えを聞いて、リアムが「虫媒花が咲いているのなら、養蜂によって蜂蜜を採るのもよさそうですね。作物の受粉にも一役買ってくれますから」とアイデアを出した。
「様々な生き物の知恵を借りましょう。人間一人ができることなんて、たかが知れていますから。共生できるなら、それが一番です。他に、森に暮らす生物はいかがですか?」
そう聞かれて、アリシアは一瞬何と言うか迷った。共生、という言葉が、アリシアの胸をえぐるようだ。自分が命を奪ってしまった感覚は、まだこんなにも生々しい。
(でも、それを引き受けるのも、生き残った者の務めだわ)
アリシアは意を決して「蜘蛛が──、大きな蜘蛛も暮らしていました」と絞り出す。
「……立派なその森の主は、アラーニェという名前で。母蜘蛛で。百年ほども生きていて。ただ、いろいろあって倒してしまうことになったのですけれど」
「蜘蛛ですか。へぇ。意思の疎通が図れるほどの大きな蜘蛛が生息していたということは、かなり豊かな森のようですね」
リアムはアリシアの声が少し震えたことに気付いたかもしれなかった。アリシアは、気丈に説明を続ける。
「子供がいると言っていました。共生できたら、というわたくしの言葉を甘い考えだと一蹴しながらも、事切れる前に、自分の子蜘蛛達と共生できるものならやってみろと言ってくれたのです」
そうだ。その方策を探ることも、きっと自分の果たすべき役目だ。アリシアは身の引き締まる思いで、アラーニェの言葉を思い返す。リアムは教師らしく、的確にアドバイスをした。
「合理的ですね。双方にメリットがある状況を探るのは実に建設的だ。
蜘蛛の糸を採集させてもらって、網鎧を編むのも悪くないでしょう」
リアムはそう返事をして、「さて、授業がありますので、そろそろ通信を終えたいと思うのですが、その前に……」と前置きした。
「さっきの妖精とは? ポーレットさんには、今、妖精が見えているのですか?」
「は、はい……」
リアムの問いは半信半疑といった響きだったが、『そうよ! ママといっしょなの!』とアリシアの肩に座っていた妖精が主張し、アリシアが妖精と出会った時のことや
「魔法や
リアムの声は、どことなく寂しげだ。
「目に見えない存在を信じるのは容易ではありません。ですが、よほどあなた方の結び付きが深いのでしょう。ポーレットさんの信じる力が、その妖精の声も姿もはっきり明確になるほど強いとも言えます。
そうだ、その子のお名前は?」
尋ねられて、アリシアと妖精は一緒に目を見開いた。
『なまえ?』
「た、確かに……! 名前のこと、どうしてこれまで気にしなかったのでしょう」
アリシアが「名前というのはね、あなたのことを呼ぶ大切な響きよ」と説明し、妖精は興味深そうに『へー!』と聞いている。楽しそうな二人のその表情までも、通信先のリアムへ伝わるようだった。
「あなた方の魂はきっととても近い性質なのでしょうね。自分と相手を切り分ける必要がないほどに。妖精ならば、きっと自分の名前を持っているはずですよ。思い出せそうですか?」
「そういうものですか」
アリシアが尋ね、さっき自分達の呼びかけに応じてくれた
「どう? あなたの名前、心当たりある? ママの名前はね、アリシアというの。
妖精は自分で名前を決めるのかしら? それとも、誰かから授かったのかしら?」
『だれか……ママのまえに、あったきはする……。おおきな、おんなのひと』
リアムが俄然興味を持って、「おお!」と声を上げる。
「大きな女の人、ですか。身長としてはポーレットさんくらいの体格も、一般的な妖精の大きさからすれば大きいですね。いや、魂の存在感としての大きさの可能性もありそうです。妖精の長だとか、ひょっとしたら女神ライザとか……」
『あっ、らいざ! らいざだ! らいざっていってた、そのひと!』
「えぇえー!」
アリシアとリアムが驚愕し、うろたえる。特にリアムの動揺は大きい。
「そ、そうですか! これはちょっと検証に値しますね……しまったな、最初から口述筆記を残しておくべきでした……。
あっ、肝心の名前についてはどうですか? あなたの名前を授かりませんでしたか?」
リアムに尋ねられて、妖精は視線を上方に向けたうえで左右にきょろきょろと動かした。記憶をたぐり、『えっと……』とつぶやいた。
『うーんと、あのひとはらいざで……えっと、なんだっけな、えっと……そうだ、りでる。リデルだ!
私の名前、リデルっていうの!』
明かされた名前と、急にはきはきと話し出した妖精の様子に、アリシアは驚く。
「リデル……、リデルというのね。あなたのお名前」
『うん!』
アリシアが手を差し出すと、肩からそちらへぱたぱたと翅を震わせて飛び、令嬢の手のひらの丘にリデルがすっくと立った。背筋が伸びたぶん、どことなく身長も高くなったように見える。子供が成長を見せたら、親はこんな風に感慨を覚えるのだろうか、とアリシアは考えて、自分を慕ってくれる妖精の存在がさらに愛おしくなる。