「改めてよろしくね、リデル。
そうだわ、あなたがはぐれ妖精であるなら、群れの仲間を探してあげなくては!」
『ううん、私、ママといたい! ライザや名前のことは思い出したけど、妖精の仲間のことは何にも覚えていないもの。ママと一緒がいい!』
アリシアとリデルのやり取りを聞いていたリアムの言葉が、金属蝶の
「……あなたが学院長と卒業要件について交渉するのを見ていた時から、薄々気が付いてはいたのですが……。あなたのことを、私は少し誤解していたようです、ポーレットさん」
「え?」
神妙なリアムの声のトーンにアリシアは瞼をぱちぱちと動かして、何を言うのだろうかとその続きに耳を傾けた。
「教育者として分け隔てなく教え導いてきたつもりではありますが、私個人としては、その……あなたに、冷たく、失礼な、いけ好かない、できれば関わりたくない人間だというイメージを持っていました」
「いやいや、わたくし、めちゃくちゃ嫌われてますわね⁉」
嘘がつけない真面目さがリアムの身上だが、ちょっとちくちく言葉が過ぎやしないだろうか。かなりの言われようだが、かつてのアリシアはゲームファンから悪役令嬢とあだ名されるくらいの所業を重ねてきたのだから、これでもまだ扱いは生温いのかもしれない、とアリシアは思う。
「……もしもあなたが学園生活の中で心を痛めてしまう場面に私が加担していたら、本当に申し訳ありません。早くこんな風に、あなたと向き合って話してみるべきでした」
(あら?)
事なかれ主義といえなくもない学者肌のリアムが、ここまではっきりと本音を口にするのは珍しい。
(妖精の話で、ちょっと好感度パラメータでのストーリー分岐が変わったかな? それとも、今後の研究への協力者として、関係性を構築しておこうと考えたとか?)
ついついメタ視点に立ってそんな風に考えてしまうアリシアだが、いけないわ、と自戒する。このライゼリアに自分が生きている以上、話している相手はゲームデータ上の架空キャラクターではなくて生身の人間なのだ。
(ただでさえゲームをやり込んで、メインシナリオもキャラクターごとのサブシナリオも全パターンクリアして、相手のプライベートを知りすぎてしまっている状況ですもの。接し方には配慮しなくては……)
自分を戒めるアリシアだが、どうせなら大好きなゲームのキャラクターから嫌われてしまうよりは好かれるほうがよっぽどいいとも思ってしまう。それ以上に、馬鹿正直に内心を打ち明けてくれた、少々天然っぽいところのあるリアムの誠意に報いたかった。
「コルヴィス先生は真面目で誠実でいらっしゃいますね。そんな風に正直に言わなくてもいくらでも誤魔化せるものを。
でも、その真摯な姿勢が、きっと研究者としての矜持にも直結しておられるのでしょう。先生のそういうところ、わたくし尊敬しております。だって、そのような個人の好悪に縛られず、わたくしが卒業できるようにと学院長との談判にも付き合ってくださったのですもの」
それは、アリシアの嘘偽りのない気持ちだ。作中で言及される過去において、学生時代のリアムは静冬の国・ツァールに留学している途中に論文剽窃の疑いをかけられ、あわや退学というトラブルに見舞われる。この事件を機にリアムは親友を失うのだが、一貫してリアムは研究にも友人にも誠実であろうとした。
アリシアがそんなことを言うとは思っていなかったらしく、リアムは「えっ」と戸惑いの声を上げる。
「あ、ありがとうございます。教師としても研究者としても邁進してまいります」
(ん?)
聞き覚えのあるフレーズに、アリシアは引っかかった。
(これって……)
リアムのセリフが、彼を攻略キャラとして選択したサブシナリオの内容と似通っている。そのシナリオの中では、ヒロインがリアムに好意を伝えた後、リアムは一旦その告白を断るのだ。
(「その気持ちをお受けするわけにはいきません。教師として研究者として邁進するのが、今の自分の務めなのです」「学院を卒業し、あなたが自分の目で世の中を見つめた後で、もしもこの話の続きがあればお伺いしましょう」……、結構セリフ覚えてるもんだなぁ! この、ヒロインに沼ってるくせに在学中には絶対関係を進展させないところがリアムの魅力なのよね……!)
全キャラルートをやり込み尽くした優子としての記憶を呼び起こしつつ、アリシアは通信先のリアムの心情を思う。
(……え、まさか……)
「名残惜しいですが、時間もないですし通信はここまでですね。あの、荘園の視察、どうぞお気を付けて」
何だか、当初よりもリアムの雰囲気が随分と柔らかい。
(まさか、リアム側にアリシアルートが発生してる……?)
自意識過剰だろうか、いやまぁリアムも魅力的なキャラだけども! 強いて言うなら兄王子・ジェイドが一番だけど、ぶっちゃけ箱推しだし! と思いつつ、「あ、ありがとうございました」とアリシアが礼を言う。
少し、緊張してしまった。
こういう好意や胸の高鳴りというものは、うまく噛み合いさえすればいともたやすく伝わり合うのだから不思議なものだ。