目覚めは光の中だった。アリシアは、ぬるま湯にひたっているような体感と既視感を覚える。
(この光……知ってる……)
ライゼリアと元の世界との狭間で覚醒した記憶が蘇る。女神ライザの存在のそばだ、と考えかけた瞬間、聞き覚えのある声がアリシアの頭の中で響いた。
──すみません、あなたには酷な選択をさせてしまいました。酷い痛みだったのではないですか?
女神の姿は見えないけれど、清廉な光の中でそう尋ねられて、アリシアはこうなった顛末を思い出す。必死でアナヒェを止めようとして、ケイル王子をかばった自分はナイフで刺されたのだ。
「だ、大丈夫です。無我夢中だっただけですし」
ライザのがいる場所は、ひょっとしたら元の世界と近いのだろうか。何だか、自分の口調が元の世界の優子のものに近いような気がして、アリシアは不思議な気持ちになった。どこか現実味のないふわふわとしたアリシアの言葉に比べて、ライザの台詞は神妙で重い。
──邪の影響を受けて悪辣さが増し、そのために断罪されたあなた自身が、まさかこの世界の邪そのものを祓ってくれるとは……本当に、思わぬ因果を背負わせてしまいましたね。
「世界の邪……? そ、そんな大それたことは全然……」
アリシアはそう言いながらも、自分とケイルを包んだ強い白光のまばゆさと清廉な印象をはっきりと追憶する。翼蛇が自分に力を貸してくれて、あの光がきっと邪の存在を消し飛ばして自分達を救ってくれたのだ、という確信めいた感覚があった。
「あの、あれからどうなったのでしょう?」
令嬢の疑問に、ライザは柔らかな響きで見解を伝える。
──ロアラ王都に鬱積していた邪は、完全に消失しました。元の世界からの負の影響の蓄積は、一旦リセットされたようですね。あちらの目論みは、全て
あなたをはじめとする、善を信じる人々の心が世界を変えたのです。ゲームという物語に惹かれた人々の思念からこの世界が生まれて実体化したように、あなたの物語も多くの人に見守られ、その結果、人々の善なる意識が味方してくれたようですね。
「わたくしの……物語……」
アリシアは、ライザの言葉を受けてまばたきする。
これまでにライゼリアで出会った多くの存在がアリシアの心中に去来した。
『魔奇あな』のメインキャラクターであるジェイド王子やケイル王子、教師のリアム、近衛兵のエイダン、幼馴染みのルーク、バーテンダーのアルゴはもちろんのこと、家族やポーレット家の使用人達、学友、教師、ロアラの国の王族や貴族達、荘園の村や街道沿いの小都市で出会った人々、森で対峙した人ならざる面々、そして元はモブで関係性も良好ではなかったはずなのに快く頼らせてくれるレオと慕ってくれる妖精のリデル。
敵対した相手も、力となってくれた味方も、その誰もの顔や声を、物語のページをめくって登場シーンを読み返したりゲームのチャプターを振り返って場面再生したりするように容易に思い出せる。
「……もしこれが物語ならば、わたくしの力だけで迎えられた結末ではありませんわ。でも、邪の存在が消えたのならよかった」
このライゼリアを実体化させたのが人の思念であるというなら、同じく人の思念から生まれた邪の存在も相当強大であったことだろう。そこまで考えて、アリシアはハッと思い至った表情を浮かべた。
「そ、そういえばアナヒェは⁉ どうなったのですか⁉」
──私があなたに託したように、邪の存在もある種の神として振る舞い、アナヒェを動かしていたようです。正気を取り戻してくれているといいのですが。
あのハイエナ型獣人が黒幕としてピオ村を引っかき回していたという事実はあるものの、自分と似た立場だったと聞かされるとアリシアとしては何だか複雑だ。
「……そうですか」
アリシアの少し歯切れの悪い返答から、ライザはその胸の内を見抜いたようだった。
──正邪を異にした代理者同士の衝突だったのですから、アリシア、あなたが打ち克つのは簡単ではなかったはずですよ。まさに、奇跡と呼ぶにふさわしい。感謝のしるしに、あなたへ──。
「奇跡!」
ライザの話の途中で、アリシアは思わずうろたえて言葉を挟んだ。
「き、奇跡……ってことはまさか、この命と引き換えに……」
──いいえ。
ライザからのすぐさまの否定に、アリシアは胸をなで下ろす。この光に満ちた空間が三途の川のほとりというわけではないらしい。
──アリシア、あなたに力を与えたのは奇跡によるものではありません。
感じ取ったのではありませんか? あなたを包んでいた、多くの種類の
いえ、
「え⁉」
思ってもみなかった卒業要件にまつわるキーワードの登場に、アリシアは先ほどとは違った意味でさらにうろたえた。
「あ、あれが⁉ 実はその結晶の製法を探していて……!」
──知っていますとも。
全てお見通しのあっさりとしたライザからの返答に、アリシアはつんのめりそうになる。いや、この世界の神なのであれば、下々の者達の事情を把握しているのは当然かもしれない。