「話が早くて助かりますけども……っ。必要なんです、学院の卒業のために!」
──そのようですね。
でも、あなたが感じたように、多種の
探そうとしていた答えに予想外の形で辿り着き、アリシアは呆然と「実体の、無いもの……」と反復した。と、同時にさーっと顔を青ざめさせる。
「えっ、ということは……⁉ そ、卒業の条件が! せっかく特例的な対応をして頂いたのに!」
──魔法に非常に長けた者ならば、複数の
「逆……」
アリシアは、やや茫然としている。だって、これで学院の卒業に関して交渉するための材料を失ってしまったことになるのだ。ライザは説明を続ける。
──結晶によって魔法の威力が増大するのではなく、幾種かの
ライザの話を聞きながら、アリシアは天を仰ぎたい気持ちになったが、「でも!」と語気を強めた。
「成功例もあるのでしょう⁉ だったら、想定していたゲームアイテムとはちょっと違っていたとしても諦めるつもりはありませんわ!」
パワフルな宣言に、ライザが微笑んだような気配をアリシアは感じ取った。
──そうですね、あなたならきっとそう言いますね。応援しています。
「あら!」
我関せずともとれるライザの態度に、アリシアは臆せず交渉する。
「もしも、どうしても結晶の解明が不可能かもしれないとなったら、今しがたのお話を根拠にせねば契約の無効や変更は成り立ちません。不在の証明は不可能ですもの。もしもの時には夢枕でも顕現でもなんでも構いませんから、ぜひ学院長に説明をお願いさせて頂きたいです!」
──……その際には最終手段として、考えましょう。約束はできませんが。
あなたがまだ辿り着いていない物語や伝承は、ロアラ以外にもこのライゼリア全土にまだまだたくさんありますからね。
ライザにそう言われて、アリシアは図書館で探していた関連資料のことを思い出していた。
自分で見つけたり、リアムがリストアップしてくれたり、司書が勧めたりしてくれた書籍や論文。そして、奇跡としか呼びようのない力や巡り合わせが主人公サイドの味方をしてくれる物語の数々。
「た、確かに、ピックアップしていた論文や物語はロアラのものに偏りがありました……。
加えて、
──ふふふ、まだまだ世界は広大です。
ただ、それも不要なことかもしれません。少し話が前後しましたが、実は世界を救ってくれたあなたへの感謝のしるしとして、あなたが元の世界へ戻る道を示そうと考えていたのです。
「えっ⁉」
さっきアリシアが遮ってしまった女神の話の続きは、彼女には全く想定外の内容だった。
元の世界。小林優子が生まれ育ち、『魔法も奇跡も貴女のために』がゲームとして誕生し、そこに暮らす人々の思念がライゼリアを構築するきっかけとなった場所。そこに帰れるというのだ。
「も、戻れる……⁉ 元の世界に⁉」
──ええ。
いつの間にか諦めて考えることもしていなかった帰還が叶うと聞いて、アリシアは一旦は驚きで声を弾ませた。しかし間を置かず、その表情は沈んでしまう。
(でも、どうせ帰ったって、あの社畜生活が待ってるわけで……。それに、このアリシアの体はもしもわたくしが不在となったら一体どうなってしまうのかしら⁉)
異世界に迷い込んでしまった物語は、最後は元の世界へ帰って大団円を迎えるのがセオリーなはずだ。でも、アリシアはどうしても手放しで喜べない気持ちになってしまう。
先ほど思い返した、ライゼリアで出会った面々の顔がぐるぐると思い浮かぶ。さっきはひたすら感謝が湧き上がるばかりだったのに、こちらの世界を離れるかもしれないと予感しただけで胸に穴が空いたような喪失感が生まれてしまうのだ。
(大好きなゲームの世界だとは思っていたけど……、こんな風にもう自分の居場所になってるんだ)
戸惑いと手探りばかりだったライゼリアでのスタートから、ここに至るまでの道のりが今の自分を形作ってくれたのだ、と素直にそう思える。ポーレット邸での出来事も、学院での生活も、グラセリニ邸での婚約破棄も、ピオ村での奮闘も、森での攻防も、テコナや王都での商売も、何もかも無駄ではなかった。