『ママ、いなくなったりしないで……』
リデルの体がわなないている。その心がどれほどの悲しみによって潰されそうになっていることだろう。アリシアは泣き出しそうな声で妖精に言い聞かせる。
「リデル、怖がらせてごめんなさいね。置いていけないわ。そんなこと、できるわけない」
ああ、これは幼い自分が母親に言ってほしかった言葉だ。そう感じて、アリシアはやるせなさと、まるでたった今自分の母親との邂逅を果たしたかのような高揚に包まれる。令嬢は小さなリデルをその手のひらで覆うようにして慈しみ、自分の母親が抱えていたかもしれない無念を思う。
(お母様も、こんな風に身を裂かれる思いだったのかしら)
アリシアは思いを巡らせる。気付けば、姿の見えない女神に向かって必死に願っていた。
「ライザ様、お願いします。わたくし、帰れないわ、元の世界へ。この子を置いていけない。でも、この体はこの子にちゃんと返してあげたいの。お願いします。わたくしは何だってしますから。どうか。どうか」
懇願は、ゲームのファン達が悪役令嬢と呼ぶアリシアのキャラクター性からは考えられない。アリシアは、ライザから何と返答があるだろうと祈る気持ちで、再び「お願いします」と震える声で訴えた。
少し、間があった。アリシアもリデルも、一言も発さない。やがて、光の中から声が響いた。
──……本当は、命の代償が無くても奇跡は起こせるのです。人が、悩み苦しみながらも、その先の未来を諦めさえしなければ。でも、今の時代では、ひたむきに信じて努力することが以前よりずっと難しくなってしまった。
女神の声は、凛と澄んでいた。単なる甘言ではなく、そこにあるのは覚悟を決めた者への慈しみだ。
──義を尽くし、愛を為せ、とライゼリアの民は自分を戒めています。それは、単なる耳触りの良い形骸ではありません。あなたのような人物に出会うたび、人の思いに世界が応えて調和する美しさを私は知るのですね。きっとこれからも。
自分がライゼリアに残れるのかどうかライザの真意を早く汲みたくてたまらず、アリシアの表情が緊張で強張る。
──心のままに生き抜いてください。手を取り合って、一緒に。
「そ、それって……!」
焦って確かめようとしたアリシアに、ライザの声が届く。さっきよりも少し遠ざかった印象で。
──奇跡は伝承の中のみに在らず。あなた方を祝福します。アリシア、リデル。
アリシアの唇から「あぁあぁ」と明確な言葉になりきらない嗚咽が漏れた。閉じた瞼から、さらに涙の筋が伸びる。
「リデル! あなたのそばにいるわ。いなくなったりしません、約束します……!」
アリシアは誓うように、リデルの体を強く抱きしめた。
(……ん?)
わずかな違和感に、アリシアは心の中で首を傾げる。
(あの小さな小さなリデルを抱きしめられてるって、一体どういうこと……?)
ぱちりと目を開いたアリシアの腕の中に、小さな背丈の愛らしい妖精はいなかった。代わりに、そこには幼い女の子がいる。ちょうど
「ママ!」
少女は、満面の笑みを浮かべていた。
「約束よ! ずっとよ! ずっとリデルのそばにいてね!」
奇跡だ、とアリシアはさらに零れる涙を指先でぬぐう。そして改めてリデルを愛しげに抱きしめた。令嬢が「もちろん」と愛と決意を込めて