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最終話 冬立つ終幕〈4〉

 ちなみに噂といえば、ニナがキャッチした情報によれば、あれから弟王子のケイルは謹慎状態で王城から出ることなく過ごしているらしい。アナヒェについては全くの行方知れずだ。おそらくライザの口調から推測するに邪の影響からは解放されているのだろうが、アリシアとしては心の中にわだかまりが残ったままになっている。力を貸してくれたフォグやレオへの礼や、アレチ座との契約満了のあやり取りは滞りなく終わっているぶん余計に、あのハイエナ型獣人に関する自分の力の及ばなさを令嬢は痛感していた。

「ああ、だとしても口惜しいったらないわ! 別に婚約者が誰かほかにいるわけでもないのに」

 カミラの話し方は相変わらず、美貌がもったいないほど嫌味ったらしい。継母の言葉によってうっかりレオの顔がアリシアの頭の中をちらついて、令嬢はどきどきする。だが、それを容易にカミラに悟らせるほど、アリシアは理解し始めた自分の恋心を持て余しているわけでもなかった。

(マンジュ卿は、今どうなさっているかしら……)

 ついついレオのことを考えてしまう。あの品評会初日の日、ステージから姿をくらませたアリシア達は風の基素エーテルの力を借りてこっそりと移動し、一旦はレオの事務所である借家兼オフィスへと引っ込んだ。数時間して人目につかない時間帯になってから、アリシアはニナとリデルとともに屋敷へ入ったのだった。そう、リデルも一緒なのだ。

「決まった相手もいないのに、そんな年の子を連れてきてママと呼ばせるだなんて……誰の不義の子だか分かったものじゃないわ」

 カミラの嫌味は終わることなく、続いてその矛先は少女に向かう。アリシアが眉を吊り上げて反論しようとしたが、リデル本人がカミラの前に仁王立ちするほうが早かった。

「まあ! つまらないことをおっしゃるのね!」

 リデルは、アリシアがかつて幼い頃に着ていたサイズの服に身を包み、表情も口調も令嬢にそっくりだ。今、ピオ村の別邸に飾られている家族の肖像画の二枚がここにあったなら、絵の中の三歳のアリシア、部屋にいるリデル、絵に描かれた十歳のアリシア……と、一人の少女の成長期として目に映るに違いない。

「女神ライザの奇跡を間近に見た人が大勢いるというのに、未だにそんなことを言うなんて。心が貧しくていらっしゃるわねぇ、は」

 手の甲を口元に寄せ、大人顔負けの弁舌を振るうリデルの様子は、いかにもちょっとませた可愛らしい少女の振る舞いだ。

「り、リデル!」

 アリシアは慌てて、「言いすぎよ」とリデルを捕まえて抱きしめ、立てた人差し指を小さなリデルの唇に優しくちょんと当てた。

「ばっ、ばあばですってぇ……!」

 カミラの怒りをからかうように、リデルはアリシアのハグをすり抜けてあっかんべーの仕草を見せる。

「ふーんだ! ばあばのいじわる! もっと一緒に遊んでくれてもいいのに!」

「こら、リデル。ばあばじゃなくて、おばあ様、でしょう?」

「ええい! 馴れ馴れしく呼ぶなと言っているの!」

 カミラはこんな態度だが、それでもポーレット家はアリシアが突然連れ帰った身元不詳の少女を全面的に受け入れ、今はアリシアとともにリデルは寝起きしている。ここ一週間ほど、アリシアはできる限りの母親業としての家事について使用人メイド婦長のヘレンから手ほどきを受け、いずれピオ村に戻ることを見越して父親のジョージから荘園運営を学んでいるので、アリシアの手があいていないときは新人メイドのホリーやニナといった比較的年若い使用人がリデルの相手をするのがお決まりだった。

「フン! 国の第一王子からの求婚を蹴って、しかも産んでもいない娘がいる身だなんて……そんなことで、嫁の貰い手など見つかるはずもないわね!」

 捨て台詞を吐いて、カミラはアリシアの部屋を出て行く。別にアリシアに言い返すつもりはなかった。実際、その通りなのだから。

 そんな風に心身を実家で休めつつ学びを深めていたアリシアがピオ村へ戻るきっかけとなったのは、一通の手紙だった。「アリシア様!」と嬉しそうにニナが持ってきた封筒をアリシアは受け取る。差出人はレナルドだ。

「まあ!」

「なになに? ママ、お手紙? 誰から⁉」

 自室の書き物机の椅子に腰かけたアリシアが、封筒を開いて便箋を取り出す。

「ピオ村のレナルドさんからよ」

 そう答えながら令嬢は翡翠色の目を走らせて文面を読んでいく。「わぁ!」と歓声を上げたアリシアに、リデルがびっくりした顔をする。

「ママ、ママ、なんて?」

「赤ちゃんがね! 無事に生まれたのですって!」

「わーっ! 赤ちゃん‼」

 嬉しそうなリデルのリアクションに、アリシアもにっこりと微笑んだ。

「男の子ですって。イヴさんもお元気だそうよ」

「ねぇ! ママ! ピオ村行こう⁉ お祝いしに!」

「ふふ、そうしたいなってわたくしも思っていたわ」

 すぐさま自分のリクエストが叶いそうな状況に、リデルがより一層目をキラキラさせてはしゃぐ。

「わーい、やったー! 行きたい! わたくし、村のみんなが大好きだもの!」

 アリシアも「わたくしもよ」と同調し、リデルは知っている顔を指折り確認していく。

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