「キャスでしょ、イヴさんでしょ、レナルドさんでしょ、おやっさんでしょ。ルーガもピオ村にいるよね? フォグおじさんは? レオさんは?」
矢継ぎ早な質問に、アリシアは苦笑しながら答えていく。
「ピオ村に暮らす皆にはきっと確実に会えるわ。ルーガも、今、ピオ村でのお仕事をお願いしているから会えるわよ。
フォグさんは……そうね、どうかしら、ロアラの王都よりもさらに北上して、品物を買い付けてからワントに向かうはずだから、今はピオ村にはおられないでしょうね。
マンジュ卿は……どうかしら、ちょっと分からないわね……」
「ふーん?」
リデルは、どこか不思議そうに相槌を打つ。意識しすぎるあまりに、レオに対して少し言葉を濁しすぎたかもしれない、とアリシアは反省する。とにかくこうして、アリシアは再びピオ村の地を踏むべく出発の準備を始めたのだった。
馬車で向かうピオ村への道のりは、先日よりも空気の冷たさを感じるものだった。今回も、御者はターキとエリックの親子が務めてくれている。揺れに悩まされながらの長距離移動がどんな風に
「あーあ、自分の
「馬車のスピードで飛ばれてしまったら、どんなに走ってもとても追い付けないわね」
リデルの可愛らしい文句に、アリシアが微笑む。
リデルは時々こんな風に、かつての自分が妖精だった頃を回想する。そのたびアリシアは、少女の──いや、かつてのアリシア・ポーレットの数奇な運命を思うのだった。貴族の令嬢として生まれ、自由奔放で悪びれない性格が邪の影響を受けてさらに悪辣となり、やがて魂を断罪されて、妖精として生まれ変わり、さらに人間へと転生した少女。どうか幸せになってほしいと、まるで実の親のように今のアリシアは強く願うばかりだ。
「空を飛ぶって、実際どんな感じなんでしょう⁉ きっとすごく気持ちがいいでしょうね」
朗らかなニナの声が嬉しいのか、リデルが得意そうに「えっとね、力いっぱい羽ばたくんじゃだめなの。風を読んで、捕まえて、それに乗るのよ」と空を飛ぶ心得を解説している。
「……空を飛べなくなったとしても」
アリシアは、隣に座るリデルに優しく言い聞かせる。
「あなたは自由だわ。何でもできるのよ」
リデルはきょとんとした表情を浮かべて、それから「ママとなら、どこへでも行けそう!」と笑った。
一行は順調に旅路を進み、途中、昼食と休憩のために街道沿いの街に立ち寄ることになった。テコナの街だ。食堂でパンとスープの簡易的な食事を摂った一行は、預かり馬車の待機区画へと向かっていた。
「……なんか、疲れちゃった……」
おいしそうなミートボールスープをランチに選んで子供ながらにもりもりと完食したリデルだったが、馬車を降りた後も慣れない揺れの感覚がずっと尾を引いていたらしく少し気持ち悪そうだ。
「大丈夫? どこかで少し座りましょうか」
アリシアが気遣い、メイドのニナもきょろきょろと街路を見回す。
「市場の飲料屋台に確かベンチがありましたけど、人混みを行くのも大変ですよね。通りの店先のベンチを借りますか?」
ニナの対応に、エリックが「さっき食堂で、アリシア様達が店を出したって話してた市ってあれか」と、広場のほうを見やった。アリシアがその様子に気付いて、「そうだわ、ニナ」と提案した。
「エリックを連れて、少しマーケットを見てきたらどうかしら。
きっと帰り道は馬車が軽いからこのテコナで休憩しないことになるのではなくて? ねぇ、ターキ」
エリックと親子であると一目で分かる、同じ灰色の瞳と茶色い髪をしたベテラン御者のターキが頷く。
「そうですね、行程としてはお嬢様のおっしゃる通りです」
「ですって。エリック、せっかくだから行ってらっしゃいな。お
そう言って、アリシアは腰ベルトに下げていた
「あっ、お嬢様!」
ターキが慌ててアリシアを制しようとしたが、令嬢はウインクして「まあまあ、いいじゃない」とベテランの
「それにこれは、わたくしが荘園運営の中で出した利益の中から、ささやかながら領主の正当な報酬として受け取った金額の一部です。そのお金を自由に使えることも、わたくしの喜びなのだと思ってちょうだい。ね?」
「あ、ありがとうございます……」
エリックはちらりとターキのほうを見て、父親が頷いたのを確認してから受け取った。リーズ銀貨が五枚。屋台のマーケットで見かける手頃な商品なら、きっと複数買えるだろう。
というわけでアリシア達は三手に分かれることになった。馬の世話をしに馬車スペースへ向かうターキ、マーケットを見て回るニナとエリック、少し疲れたリデルを休ませる場所を見繕うアリシアだ。合流の時刻を決めて、それぞれに時間を過ごすことにした。