別行動を取ることになって、顔には出さないが一番ワクワクしていたのはエリックだった。大人びていて、十四歳にしてすでにポーレット家に仕えている彼だが、そのあたりは年相応だ。幾筋もの露店の列を進みながら、エリックはロアラ王都ではなかなか目にしない品々や他国の民、どこかから漂う嗅ぎ慣れない香りに興味津々だった。
「……すげぇ数……」
思わず口をついたつぶやきに、「ね! 圧倒されちゃうよねぇ」と同僚ならではの気安さでニナが同意する。しばらく夢中で店を物色した後、エリックは使い勝手の良さそうな小さめのナイフを買い求めた。思った以上に時間を使ってしまったようで、彼は少し迷った後に「なぁ。俺の母親くらいの人って、どんなアクセサリーをもらったら嬉しいと思う?」とニナに尋ねた。
「うーん、そうだなぁ。うーん、うーん……」
しばらく悩んで、ニナはじっとエリックの目を見つめた。
「な、なんだよ」
普段にはほとんどない距離感に、少しエリックがたじろぐ。ニナは変わらず真剣な表情で「
「えっと……、髪も目もは黒っぽくて、ちょっと青混じり。肌は、俺や親父よりは白いかな。ツァール出身の人ほど色白ってわけじゃないけど」
ニナは「ふむふむ」と頷きながら、一軒の宝飾屋の前で足を止める。
「そうねぇ。じゃあ、銀細工も似合いそうだし、はっきりした色も良さそうかな」
いくつかのアクセサリーをニナは指差す。そして店主には聞こえないようなひそひそ声で「この店、指輪のサイズ合わせを受け付けてるでしょ? ただ仕入れてるだけの店じゃないから、多分質がいいよ」とエリックに耳打ちした。シンプルならこれ、大ぶりならこれ、予算が許すなら真珠もあり、と次々提案し、さすが令嬢のドレスアップを毎回手助けするメイドだけあるなと自分には埒外の知識にエリックは舌を巻く。最終的にエリックは鮮やかな色ガラスビーズを繋いだネックレスを選んだ。
「ありがとな、ニナ」
アリシア達との待ち合わせ場所に向かいながら、エリックが礼を言う。
「ううん! 大したことじゃないもの」
どうやら喜んでもらえたらしいと思って、ニナも嬉しそうだ。ところが、にこやかな表情を浮かべるニナだが、続くエリックからの言葉に般若顔をすることになる。
「あのさ、気になるんだけど……リデル様って、本当にアリシア様の子じゃねーの?」
ギャグ漫画だったら、顔だけをめちゃくちゃ巨大に描写されそうなニナの顔付きの変化に、エリックがたじろぐ。
「ニ、ニナ。あの、俺も別に本気でそう思ってるわけじゃなくて、その、あまりに似すぎてるから……」
「あ、あ、あ、当たり前ですっ! お二人の年齢差からしてあり得ませんっ!」
側付きのメイドとして、令嬢の貞操を
「ま、まぁ、お二人がそっくりすぎて驚くのは当然よね」
ニナは、何しろリデルは元々妖精だったのだし、と心の中だけで思う。結局、アリシアに瓜二つのリデルの存在は女神ライザの遣わした奇跡の存在なのだと、令嬢からポーレット家の者に説明してある。もちろん、当主のジョージとて最初から手放しで歓迎できたわけではなく、初めは驚きで混乱していた。が、リデルの見た目も中身もあまりにアリシアとよく似ていて、アリシアもリデルを自分が引き取ると譲らなかったために折れることになった。
「アリシア様、少し変わったよな」
エリックの言葉に、ニナは「どうかしら。アリシア様は、いつだって真っ直ぐなお方だから」と返事をする。
「追い出されるみたいに王都を出ることになったけれど、変に不貞腐れることもなく、どこにいたってできる限りを尽くされていたわ。私が、お嬢様の側付きであることを誇りに思うくらいに」
ニナは、アリシアに付き従ってピオ村や森、テコナの街で過ごし、王都に戻った経緯を思う。そのメイドの堂々とした表情に、エリックも悪くない気分になった。
「親父が言うんだ、時々。いつか代変わりして、俺の世代が次を支えていかなきゃいけないんだって。ポーレットの家にずっと世話になるって決まってるわけじゃないけどさ」
思いがけない話題を振られて、ニナは少し驚く。そして、視線をやや上方へと向けた。いずれの未来はいつか必ずやってくる。
「……そうね。時間が経てばきっといろんなことが変わっていくわよね。アリシア様がどこかに嫁がれるかもしれないし、ポーレットのお家を継がれるかもしれないし」
その時にも自分達は同僚として働いているのだろうか、とニナは自分よりも四つか五つ年下のエリックの先を想像した。もしも彼が
「なんだよ」
「いいえ。私もしっかり務めなくては!」