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最終話 冬立つ終幕〈8〉

「お、お久しぶりです。どうしてこちらにマンジュ卿が?」

 動揺しながらもアリシアは言葉を繋ぐ。「何だか随分長い間ご無沙汰していたような気がしますね」とレオは微笑んでから、アリシアの背後をちらりと見やった。何だか含みのある目線だ。ルーガのからかいを諫めるような。

「ルーガがね、連絡を寄越してくれたんですよ」

「え?」

 アリシアが振り返ると、ルーガは明後日の方向を見てわざとらしく口笛で何かのメロディーを鳴らしている。

「皆さん、どうぞお入りください。お迎えする準備ができています」

 レオが勧めて、アリシア達は応接間として準備されたリビングへ迎え入れられた。

(と、とにかく落ち着かなくては……)

「ようこそ!」

「わざわざありがとうございます」

 リビングにはレナルド、イヴがいた。そして、イヴの腕の中には玉のように愛らしい赤ん坊が眠っている。気持ちを切り替えようと思っていたアリシアだが、わざわざそうしなくても一気にテンションが赤ちゃんを愛でるモードにシフトする。

「まあ! まあ! 何て可愛らしい……! レナルドさん、イヴさん、このたびは本当におめでとうございます!」

 アリシアのストレートな祝辞を受けて、レナルドとイヴは照れつつも幸せそうだ。

「せっかくなので、乾杯用の飲み物や軽食も用意したんです。よかったらぜひ」

 レナルドがホストとして、ゲストにグラスを手渡していく。キャスが「私、今日手ぶらで来ちゃってます……」と恐縮するので、イヴが「キャスちゃんは、こないだもうご家族と贈り物を選んでくれたでしょう? 気にしないで」と微笑んだ。

「皆様、わざわざお越しくださってありがとうございます。乾杯!」

「乾杯!」

 赤子を起こしてしまわないように、タチェの様子を窺う際には誰もがちょっと声をひそめて祝う気持ちを口にする。

「おめでとうございます! はぁ~、可愛すぎます……」

 うっとりするニナの隣で、「髪色はイヴさん似で、鼻筋にはレナルドさんの面影があるかしら」とアリシアがまじまじとタチェの寝顔を見る。

 レナルドとイヴは代わる代わるに出産時の思い出を振り返って話し、アリシアは約半日もかかったお産の話を聞きながら生命の神秘に改めて思いを馳せた。あらかじめ用意してあったらしい、クラッカーに潰したゆで卵やチーズをあしらったカナッペや、梨などの秋フルーツのカットを、キッチンから何度かレオがトレーに乗せて運んでくる。

(……何だか、マンジュ卿のこういう所作も絵になるなぁ。バーテンやウェイターみたい……)

 あまりじっと見ているのも失礼だろうと、アリシアはなるべくレオを見ないようにして、祝いの品を渡しそびれていることをハッと思い出した。

「そうだわ、お祝いを贈らせて頂きたいの」

 アリシアがそう口火を切って、花のリースをレナルドに手渡す。木の基素エーテルの力を借りながらアリシアが自ら編んだリースだ。花材は瑞々しく、飾っておけばそのままドライフラワーのリースとなり鮮やかな色を長く楽しめるのだと説明する。続いてニナが「あぁあタチェくんっっ! 可愛いーっ」と赤ちゃんのまたも寝顔をのぞき込んでひとしきり悶えてから、銀製カトラリーを「ジョージ様からお預かりしておりますお祝いの品です」と夫妻に差し出した。

「おめでとー!」

 続いてリデルが渡すのは、ベビー用の柔らかなくるみ布だ。祝福の言葉を嬉しそうに受け取っていたレナルドとイヴだが、「ほ、本当に、見れば見るほどアリシア様そっくり……」「奇跡の子だと噂は聞いていますよ」とリデルの姿に驚く。

「ふっふっふ、崇め奉ってもよろしくってよ!」

 調子に乗ってふざけるリデルを、「こら、リデル」とアリシアがたしなめた。

 一同は、近況を伝え合い、タチェの成長の様子や愛らしさについて盛り上がる。

「アリシア様、お代わりはいかがですか?」

 いつの間にか空になっていたグラスに、果実のジュースのお代わりを促してくれたのはレオだ。

「あ、ありがとうございます、マンジュ卿。

 ……あっ、あの……いえ、何でも。すみません」

 思わず話しかけようとしたアリシアだが、せっかくの新生児誕生の祝いの場なのだから、自分の恋愛に関するような話はやめておくべきなのではと思い浮かんで令嬢は言葉を飲み込んだ。

「なに遠慮してんだよ、お嬢。気になるんだろ? 何でレオがこの家でおさんどんしてんのか」

 声の主はルーガだ。

「ちょ、ちょっとルーガ。やめてったら」

 小声でルーガに反発するアリシアだが、一部始終はレオにも漏れ聞こえてしまったらしい。「あの、アリシア様の疑問ももっともだと思います。畑の基素エーテル改善の経過観察のために村に来るタイミングで、その、少し産後のお手伝いをすることになりまして……」と、やや歯切れ悪くレオが答える。ルーガは心底愉快そうな顔なのだが、そのことにアリシアは気が付いていなかった。

「まあ! そうだったのですね? びっくりしてしまいましたわ。でも、お会いできてよかったです!」

 アリシアははにかみ、思いがけない出会いとレオの尽力に感謝する。恋愛がどうの以前に、やはり信の置ける得がたい仲間としてレオの存在はアリシアの中で大きい。

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