「アリシア様……!」
平常心など、すぐに消し飛んでしまった。こうして二人きりで過ごせるチャンスは二度とないかもしれない。そう思ったら、レオの衝動はもう止まらなかった。
「マンジュ卿?」
不思議そうな顔をするアリシアを見ていると、何だか頭が割れそうだ。どうにか冷静に伝えようと努めるのだが、鼓動が早まり、首から上に血がのぼって、どうにも動揺が収まらない。
「あなたを、支えたい、好ましいと、誇らしいと……おこがましくもそう思って最近は過ごしてきました。あなたが大切だと思うものを一緒に守り、そしてあなたの助けになりたい。
アリシア様、あなたが好きなのです」
(え⁉)
ストレートな告白を受けて令嬢は目を見開き、まるで進むことを忘れた時計の秒針のように微動だにしなかった。
静かだった。木々の葉擦れも聞こえない。風も吹かない。鳥も囀らない。レオも、アリシアを見つめたまま動かなかった。ただただ、胸の中に渦巻く思いだけが行き場を失って苦しい。この世界で、こんな風に人を好きになっていいのだろうか。
(だって、どうしよう、どうしよう、こんなことって……)
永遠にも思われた沈黙は、少女の声で破られる。
「ママ!」
裏口のドアから、リデルが顔を出していた。ニナが「今はちょっとこちらで待っていましょうね」と宥めて、リデルが飛び出してこないように押しとどめている。だが、少女はそんな制止など気にもしないで叫んだ。
「ママ、レオのことすきでしょ⁉ リデルも、レオすきだよ!」
突然の介入に「わーっ!」とアリシアは声を上げて慌てる。ひょっとしたらレオも同じように驚きの声とともに焦っていたのかもしれないが、今の令嬢にそこまで気にする余裕はなかった。
「そ、それは、リデルの言うように、その……」
潔いほど純粋なレオの感情は、見事にアリシアにも伝播している。アリシアは振り返って背後のリデルの顔を見て、次には再び顔を正面に振り向けてレオと目を合わせる。短い時間で深呼吸した。
「……そうね、その通りですわ……!」
ついに観念した。真っ赤な顔でレオへの恋慕を肯定するアリシアの、照れてはにかんでいるのにどこか不機嫌そうなアンバランスな表情が、レオの心をさらに鷲掴む。
「わたくしも、マンジュ卿が好きです」
そんな二人の舞台芝居さながらにロマンチックな告白劇は、その人望と周囲からの祝福ゆえにすぐさまムードのある雰囲気が台無しとなった。
「うぅ、おめでとうございます! アリシア様!」
「私も感動しちゃいました、レオさん!」
「いやぁ、めでてぇな~!」
「あっ、あ、あなた方……っ」
言わずもがな、ニナ、キャス、ルーガの嬉しそうな様子だ。それを目の当たりにして、アリシアは雨の前の赤い夕焼けのようにさらに顔を染めている。レオへの告白の返事が全員に筒抜けだったと悟り、恥ずかしさで倒れそうになるアリシアだが、実際そうなのだから言い訳のしようもない。
「ママ!」
ついに、リデルがニナの腕を振り切った。小さな足が階段を踏み切って、アリシアのほうへジャンプする。
「リデル!」
思いがけない少女の行動にアリシアは受け止めねばと焦り、レオはアリシアごと抱きしめるようにして二人が怪我しないように支えた。
「……あ、ありがとうございます……!」
礼を言うアリシアの赤い顔を見て、リデルが「レオ! ママの一番は、リデルだからね!」と宣言する。
「それはもちろん、そのようにしなくてはと思っていましたよ」
レオが、リデルの目を見つめて真摯に答える。リデルは気を良くしたようで、「えへへ」と笑った。
「でも、私にとっての一番をアリシア様とリデル、とするのはいいでしょう? 何があっても必ず私がお守りします」
「うん! よろしくてよ!」
レオとリデルの会話が恥ずかしいやら嬉しいやらで、思わずアリシアは両手で顔を覆ってしまう。だが、言われっぱなしでは女がすたるというものだ。
「わ、わたくしも! マンジュ卿はフィジカルおばけですし、それに比べればわたくしは非力ですけれど……」
手のひらで顔を覆うのをやめたアリシアが腕を伸ばし、自分からリデルとレオをその片腕ずつで同時に抱きしめる。
「わたくしの全力で! お守りすると誓いますわ!」
「……これほど、勇気をもらえる言葉はありませんね」
強さと優しさを備えた獣の目が、アリシアを見つめている。令嬢は、自分達の
(こ、これって……展開的にはキスとかしちゃう場面なのではっ⁉)
レオとアリシアの顔の輪郭が近付いていく。お日様を浴びたクッションや焼きたてのパンのような、温かさと匂いがする。
「あーっ、ずるい! リデルも!」
流れをぶったぎるお約束的展開で加わってくる少女に、思わずアリシアは笑ってしまった。こういうのも自分達らしい、とつい納得してしまう。
少女がねだって、レオがアリシアとリデルを抱え直した。レオの腕の中で三人の顔が自然と寄って、リデルが嬉しそうに頬ずりする。きゃっきゃと笑う声が微笑ましくて、アリシアも笑い声を漏らした。幸せ、というのは、きっとこういう時間を指すのだろう。