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最終話 冬立つ終幕〈11〉

「アリシア」

「え? 今……」

 初めて名前を敬称抜きで呼ばれ、その不意打ちの驚きにアリシアがレオのほうを向いた。その刹那に近い位置で目が合う。

(えっ、こ、これ……っ)

 予感と、ときめきと、相手の意向を目だけで窺う、覚えのありすぎる乙女ゲー的展開だ。

 寄せられる口元。温かくてくすぐったい接触が一度だけアリシアに捧げられる。

 ニナとキャスが、何とかボリュームを抑えての声にならない叫びを発し、ルーガが愉快そうに口笛を鳴らした。

 アリシアが頬を薔薇色に染めている。

(今のっ、キス……っ)

 うっかりしていた。レオだって、この『魔法も奇跡も貴女のために』の中にデザインされたキャラクターなのだ。

(な、流れが完璧すぎる……! それに、ふわっとしているのに血が通っているのが伝わるというか、生々しいのにマスコット的なモフモフで、想像もしてなかった肌当たり……っ)

 思わず自分の唇に指先で触れて真っ赤なアリシアに、レオが「愛しています」と一途に告げて地面に下ろした。続いて、「レオに抱っこしてもらうと景色が全然違うわ!」と喜ぶリデルを何食わぬ顔で高い高いして喜ばせている。それを眺めながらルーガが「うーん、奥手すぎてやきもきすると思ってたけど、なーんかもう逆に所帯持ちって感じになってんなぁ」とぼやいた。とはいえ、その表情は口角が上がっていやに嬉しそうではある。

 楽しげなのはレナルドとイヴも同じで、「せっかくなら、冬が来る前にお祝いしなくては」「そうね!」と、タチェをあやしながら言葉を交わしている。アリシアが、慌てて固辞を申し出た。

「で、ですが! 今は大事な冬支度の頃合いですし、お二人もタチェくんのお世話でお疲れでしょうから……!」

 夫妻は首を振って笑顔で「いいからいいから」と気にしないように言う。

「お祝いしたいのは私達だけではないですしね」

「どう考えても、うちの父さん、はりきって料理するに決まってるもの」

 返事は、レナルドとイヴから返ってくるだけにとどまらなかった。

「皆、ただお二人を祝いたいだけの宴ですから、お気になさらず」

「そうそう。あくまで正式な婚姻を結ばれるまでの前祝いですよ」

 「きゃっ」とアリシアが驚いたのは、隣家の庭スペースや窓からもアリシアとレオの交際を祝う村人が顔を出したからだ。そのままレナルド、イヴと村人達は、宴の段取りについて話し始めている。

「な、何だか話が勝手に転がってしまっていますわね……」

 ドキドキしたのを誤魔化すように話を振ったアリシアだが、リデルを抱いたレオが「領民に慕われる領主ほど、素晴らしいものはないでしょう」と照れつつ微笑んだ。

「……そう考えれば、確かに嬉しいことですわね。

 わたくしを救ってくれたのは、女神様や翼蛇といった人知を超えた存在だけではありません。これまで出会った全ての方々に自分が生かされていることを感じましたもの」

「……それこそが、前にお話した、真の調和と呼ばれるものでしょう」

 レオの言葉にアリシアは頷く。

「はい。わたくしがステージで一度は刺されたあの日、たくさんの種類の基素エーテルが自分を包んでくれたのを感じました。ライザ様は、それこそが大善たいぜんを知る雫の本質であるということをわたくしに──」

 途中で言葉に詰まり、そのままさーっと蒼ざめてしまった令嬢に、レオが驚いて「アリシア様⁉」と呼びかけた。高い高いが終わった後に庭を好きに駆けていたリデルも、アリシアの様子を見て「ママ、大丈夫?」と心配する。

「そ、そうだわ。ライザ様から聞いていたのです、複合基素結晶レペティティオ・クリュスタルスには必ずしも実体を伴わないということを! 何とかしなくては、このままではわたくしの卒業が……」

 うろたえつつ、まずはリデルに「驚かせてごめんなさいね。大丈夫よ」と説明したアリシアが、次に卒業要件に関する事情をかいつまんでレオに打ち明けた。一通り話を聞いたレオは、「ワントにも混成魔法や複数の基素エーテルの伝承はあります。何かヒントが見つかるとよいのですが」と考え込む。

「あぁ、ありがとうございます」

 ほっとした様子を見せるアリシアに、レオがさらに言葉をかける。

「ロアラとワント以外も含めライゼリア全土を調査するとなると、なかなか骨が折れますね。ツァールやハフェスにお知り合いはおられますか?」

 アリシアは、「えっと……」と、自分の持つゲームに関する知識とこれまでのアリシアとしての記憶から役立ちそうな内容をピックアップする。

「今回の卒業要件に関して力を貸してくださっているリアム……いえ、コルヴィス先生のかつての遊学先が、静冬の国・ツァールでした。

 あと、ロアラで近衛兵を務めている知り合いがツァールとロアラの境に近い出身ですわ。あっ、彼にはマンジュ卿もお会いしたことがありますね。テコナの街で、プラムを買ってくれた赤毛の彼です。ほら、火の基素エーテルの話をしていたエイダン」

 レオが「ああ、彼ですか……。覚えていますよ」と相槌を打つ。ロアラ、ワント、ツァールときて、次にアリシアが思い浮かべるのは、ライゼリアを構成する四ヶ国のうちの最後の一つだ。

「恵秋の国・ハフェスが故郷の方にも心当たりがありますわ。彼は今、ロアラの王都でバーを経営しているのです。よく二日酔いになっていて午前中にはあまり見かけないのですけど、夕方以降ならたいてい話を聞けますわ」

「……なるほど」

 頷いてから、レオは少し眉間に皺を寄せた。

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