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第55話 生贄の儀式 ~ソフィアサイド~

どうやらあのデブが生贄の儀式をしておるようじゃ。

昔から永遠とは言わないが長い寿命を持つワシらに憧れる人はようおった。

人とは弱く儚いものじゃからのぅ。

気持ちはわからんでもないが、この儀式は危険度が高すぎる。

もっと他の方法もあるはずじゃがのぅ……


目の前に広がる儀式の光景を見ながらワシはそう考えていた。

ただ手っ取り早いといういか簡単な方なのではあるのは確かじゃ。

人がこの方法を選択するのはあり得ん。

たぶん裏で何者かが手引きをしておるな。


「よし、俺が止めてくる」


あやつが目の色を変えて敵陣へ突っ込もうとして息巻いておる。


「もう半ば儀式は終わっておる。

 今から行っても儀式は止められんのぅ。

 諦めろ、おぬし」


集められた人々は生気がなくなり、ぐったりと倒れこんでおるものも多い。

あそこまでいくと、もうほぼほぼ魂の類は持っていかれているのぅ。

まだ耐えておる奴らもおるが時間の問題じゃ。


「でも……」


あやつは何か言いたげにワシの方を見てくる。


「今からおぬしが言っても、多くを助けられんぞ。

 良くて数人じゃ。

 そんなことより、どんな魔物になるか、まずはここで見届けようぞ」


そうじゃ。

たかが数人の命じゃ。

さしたる違いはないのぅ。


「……

 いや、それでも俺は行く。

 全員が無理でも、少しでも助けられるなら。

 それが命の重みってことだよ。

 魔王のお前からすれば、無力な命かもしれないけど」


あやつはそう言うと、戦闘態勢を整えはじめた。


この世は弱肉強食じゃ。

強くなければ生き残れん。

弱い奴らは強い奴の糧になるのじゃ。

この生贄の儀式だって、そういうことじゃ。

助かるものも少ないなかで、危険を背負ってでも助けに行く。

あやつの行動は理解できぬ。


そんなことを考えておったのじゃが、それに気づいたのか、あやつがワシにこう言ってきおった。


「ゾルダが俺の考えを理解しなくてもいい。

 わかってくれとも言わない。

 たぶん、多くの人も、この状況なら、こんな無謀なことはしない」


人としてもそう思うなら、なぜおぬしは助けに行くのじゃ……


「でも、俺には少しだけど助けられる力がある。

 その力で助けられるなら助けたい。

 一人でも多く助けられるのなら」


その弱き一人のために力が強い者が全力で臨むなんてどういうことじゃ。

おぬしの考えは本当にわからん。

頭の中にグルグルしよる。


「ゾルダ、お前は何も考えなくていい。

 俺は人を助ける。

 お前は俺を助けるでいいよ。

 封印を解く手がかりのために」


戦闘準備がととのったあやつは、そう言い残すと敵陣へ突っ込んでいった。

今はおぬしに死なれては困る。

また剣の中で暮らすのはいやじゃ。

なんとか封印を解くためにおぬしには生きていてもらわねば困るのじゃ。


「ねえさま、あいつ行ってしまいましたわ。

 無駄なことを」


マリーも呆れておる。

そうじゃ、それがワシらの率直な反応じゃ。

ただ…………


「マリー、あやつの援護をしに行け」


あやつが死ぬのは困るし、あやつを助けることはせんとなぁ。

マリーにあやつのフォローするように命令を出した。


「えっ?

 あの生贄の者どもを助けるのですか?」


マリーがワシに聞き返してきた。


「生贄どもはどうでもいい。

 封印を解くカギになっておるあやつを助ければいいのじゃ。

 あやつが死なないようにフォローしろ」


戸惑いながらもマリーはあやつについて行った。


あやつを見つけた憲兵たちの多くが襲い掛かってきた。

生贄の儀式を見ても怯まずに戦っているのを見る限り、あいつらは魔族じゃろぅ。

やっぱり裏で何もかが手を引いておるのぅ。


あやつもマリーも懸命に戦っておるが、数が多い。

なかなか儀式の邪魔をするところまでは届かない。

あれだけ外に出て行ってもなおこの数か……

どれだけおるのじゃ。


マリーも封印の影響かまだまだ全盛期の力には及ばずってところかのぅ。

狭い坑道の中というのもあるのじゃろうが……

一気に力を出して、この間みたいに力が出なくなっても困るということかのぅ。

力は抑えておるようじゃ。


いっそのことワシが一気に始末するか……

いやいや、それではここを全滅させてしまう。

それではあやつのやりたいことの助けにはならんのぅ。


ただあやつも力はつけてきておるようじゃ。

なんとか儀式の魔方陣にはたどり着き、まだ息のある人らを少しずつだが助け出し始めた。

その様子を見てあのデブは怒り狂っておる。


「ものども、何をしている。

 はやくあの者を魔方陣からだせー」


顔を真っ赤にしながら大声で叫んでおる。


「お前らも、早く儀式を急げ」


近くにいる呪術師たちにも喚き散らしておる。

ゆでだこのようなけったいな顔をしておる。


呪術師たちも急ぎだしたのか、魔方陣の光が強くなり、結界へと変わっていった。

あやつも中には入れなくなり、助け出した数人を守るので精一杯になってきておる。

結界にも攻撃をしておるようじゃが、微々たるものじゃ。

ところどころヒビは入っておるようじゃが、それまでじゃのぅ。


そして結界の光が徐々に集まり、その中の人々を飲み込むと、あのデブに向かって光が放たれた。

光に包まれたあのデブはもがき苦しんでおる。

その光が徐々に強くなっていき、魔力も増大してきておる。

人ごときの生贄でここまで、ここまでの魔力を引き出すのかのぅ。


光が坑道を覆いつくしてきおった。

周りが見えなくなるほどの光で思わず目を瞑ってしまう。

すると、その後暗闇に包まれたのじゃ。


…………


一瞬の静寂の後に、大きな高笑いが聞こえてきおった。


「クハハハハッハッハッハッハッ」


あのデブの声じゃ。


「成功だ、成功したぞ。

 儂は魔族になったぞー」


魔力を解放し周りを威圧するデブ。

じゃが、なんだあの恰好は。

魔族になっても、腹は出ているし、ちょび髭も健在じゃ。

頭も……

翼が生えて肌の色も変わったようじゃが、それだけしか変わっておらん。

その姿に思わず笑いがでてしまった。


ただ憲兵たちは圧倒的に感じる魔力にひれ伏しておった。

あやつも苦々しい顔で魔物の誕生を見ておった。


「これで儂はこの国の王になるぞ。

 ついてまいれ」


そうあのデブが言うと、憲兵たちを引き連れて外へと向かっていった。

しかし、そこそこ力がありそうなやつになったのぅ、あのデブ。

この坑道では力も出し切れんので、外に出て行ったのはワシにとっても都合がいい。


「おい、おぬし、マリー。

 あのデブを追って外に出るぞ」


あやつに近づき、そう声をかけると、共に追いかけていった。

あやつは助け出した人たちを気遣っておるようじゃが……

ここにもあのデブの手下もおらんし、そのままでも大丈夫じゃろう。


さてあのデブの始末はワシがやる。

外なら手加減はいらんからのぅ。

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