「あっ、そうそう。
これやるよ」
あたいは事前に自分の部屋にあった盾をアグリに渡した。
これはだいぶ以前から準備をしてあったもの。
ただあたいが準備したわけではなく、ひいばあちゃんが用意していたものだった。
「何ですか……これは?」
アグリはこの盾が何なのかを聞いてきたが……
「今はとりあえず貰っておいてくれ。
あとでいいからその盾をよく見てみなよ」
ちょっと意味深な言葉で伝えてみた。
アグリは戸惑っていたが、
「分かりました。
後で確認します。
今日はありがとうございました」
といい、応接室を出ていった。
「ふぅ……」
騒がしいやつらだったが、これで少しは恩を返せたのかな。
ここまであたいら一族が続いてきたのも、ゾルダのおかげだしな。
まぁ、また訪ねてきたら、力を貸すつもりだけどな。
アグリたちが出ていった後、しばらく応接室でボーっとしていると、受付の嬢ちゃんが入ってきた。
「あのぅ、あの方々は帰られたのでしょうか?」
「あぁ、さっき帰っていったよ」
「では、ここを片付けさせていただきます」
そう言うと、トレーを取りに戻り、アグリたちに出していたお茶を片付け始めた。
そしてカップをトレーに載せ、テーブルを拭きはじめた。
受付の嬢ちゃんは丁寧に端から端までピカピカに拭いていた。
その最中に受付の嬢ちゃんは
「そう言えば、あの盾、お渡しになってしまってよかったのですか?」
とあたいに尋ねてきた。
「えっ、なんでだい?」
何故そんなことを聞くのかと思ったら
「あれは確かギルド長の部屋に大事に飾ってあった盾だったと思っています。
家宝なのかなと思っていましたもので……」
そういう理由なのか。
まぁ、大事そうには飾っていたけど、意味が違うんだな。
「確かに勘違いされても仕方ないな。
あれは、もともとこうする予定のものだったんだ」
「あの方々にお渡しする予定だったと……」
「あぁ、そうさ」
そんなことを受付の嬢ちゃんとしていると、応接室の外からノックする音が聞こえた。
「おぅ、なんだ。
入ってもいいぞ」
扉が開くとそこには……
「ひいばあちゃん!」
びっくりした。
最近体調が思わしくないからあまり部屋の外に出てこなかったひいばあちゃんがそこに立っていた。
受付の嬢ちゃんも驚いたのか、会釈をするとそそくさと出ていってしまった。
「なんだよ、ひいばあちゃん。
体の調子はいいのか?」
ひいばあちゃんは、この街の発展を進めて、どの都市にも属さないことを勝ち取った人だ。
あたいにとっては、早くに亡くなったばあちゃんや母さんの替わりをしてくれた人。
商売のイロハも叩き込んでくれた、師匠というべき人でもある。
「ジェナ、今日は比較的体調もいいから、ここに来てみたけど……
なんだい、あの言葉遣いは。
ノックして入ってくるのは、従業員ばかりじゃないよ。
誰が入ってくるかわからないんだから、きちんと応対しなさい」
「……入ってくるなり、いきなりカミナリかよぉ……
勘弁してくれよ」
「そんなんじゃ、この街を任せていけないよ。
しっかりおやりなさい」
「……はい……
今後気をつけ……ます」
今ここでギルド長としてやれているのもひいばあちゃんのおかげである。
だから、あたいはひいばあちゃんにだけは頭が上がらない。
それに未だに子ども扱いされる。
体調が悪くて、こっちに来ることもめっきり減っていたから……
すっかり油断していた。
「ところで……
さきほどのお方たちは、ゾルダ様たちではないのかね」
「あぁ、そうだよ」
「そうか……
決して粗相がなかっただろうね」
ひいばあちゃんの鋭い眼光があたいに向けられる。
「……と……当然だろ。
ちゃんと、以前から言っていた通りにやったよ」
「それならいいのだけど……」
遠くを見ながら、ひいばあちゃんはゆっくりと頷いた。
その顔はとても優しさがあふれていた。
「でもさ、そんなことしなくても、ひいばあちゃんが見ればゾルダかどうかわかったんだろ。
ひいばあちゃんが確認すれば良かったんじゃないか」
あたいはわざわざあんな手の込んだ依頼をしなくてもとは思っていた。
そこのところを確認したくて、ひいばあちゃんに聞いてみた。
「まぁ、確かにそうだけどね。
でも、私もいつまでも生きれるかわからないから」
「ひいばあちゃん……
それなら、似顔絵とかでも良かったじゃん」
「そこは……愛嬌だよ、愛嬌。
私たちもちょくちょくゾルダ様に難しい依頼をお願いされていたからね。
たまにはこちらから仕掛けても面白いかもと思ってね」
ひいばあちゃんはにっこりしながら、とんでもないことを言うなぁ。
ここぞとばかりに昔のことの意趣返しをさらっとするなんて……
本当に喰えないなぁ。
さすがにこの街を仕切っていただけのことはある。
肝が据わっている。
「あの盾も渡して良かったんだよな。
確か誰かが封印されたという盾という話だったよな」
「そうだね。
あれは確か魔王が突如変わったという話があった後だったかな。
真偽を確かめるために、私は魔王城に向かったのさ」
あの盾についてのことをひいばあちゃんが話しはじめた。
「着いてすぐにその時の魔王に会って、ゾルダ様のことを聞いたのだが……
本当に歯切れが悪いことしか言わなかった。
それに、いろいろ聞かれたことに腹を立ててな。
それ以来、私たちは出入禁止になったのさ」
「それで?
どうしたのさ」
「私らをなめるなよと。
それに、あれだけ世話になったゾルダ様の行方を探さないと……と思った。
その後はいろいろな手を尽くして、情報をかき集めたのさ。
そして、武器や防具に封印されたことや、その封印の印がどんなのかを掴んだのさ」
「さすが、ひいばあちゃん。
根性は天下一品だな」
「その後、そういう武器や防具が流通していないかをずっと見守っていた。
そして、ようやく一つだけ見つけたのが、あの盾さ」
ひいばあちゃんの執念で手に入れた盾なんだろうな。
それに、それだけゾルダには世話になったということでもあるのだろうな。
「盾を手に入れた後、封印は解こうとはしなかったの?」
「それは、解こうとしたが、そこだけはなかなか情報が掴めなくて……
その後、いつしか私も体調が悪くなって、余裕がなくなってしもうたからな」
そりゃ、そうだよな。
手に入れただけで満足はしないだろうし、当然と言えば当然のことだ。
あのひいばあちゃんが苦労したってことは、封印のカギのことは情報が漏洩しないように徹底されていたのだろうな。
でも、あのアグリって奴はそれをいとも簡単に解いちゃったのか?
それはそれで凄い奴なのかもしれないな。
「そう言えば、ゾルダが出てきていたってことは、あの盾に封印されているのは誰なんだろうな」
「さぁねぇ……
側近に何名か居たから、その中のうちの誰かだろうさ」
「まぁ、誰でもいいか。
あたいには関係ないことだし」
「そんなこともないよ、ジェナ。
ゾルダ様が復活されたなら、近いうちにまた魔王に戻られるはずさ。
その時には、きちんと得意先になれるように、しっかりとやりなさい」
「……はい、わかりました、ひいばあちゃん」
ビシッと釘をさされてしまった。
無暗に敵を作らずに誰とでも取引できるようにしておくこと。
ひいばあちゃんの教えの一つでもある。
出禁にされている今の魔王はともかく、ゾルダに対してはしっかりと好印象になるようにしておかないとな。
また近いうちに動向を探って、困っていたらすぐに力になれるようにしておくか。