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第2話 陰キャの転生

「うわあああああああ!?」


 ドアを開けた瞬間、僕は速攻で後悔した。

 扉の先に通路なんてものはなく、いきなり足を踏み抜いて落下したからだ。


「嘘つきいいいいいいい!!」


 ぐわんぐわんになって落下しながら呪詛を吐く。


『嘘じゃあない。死にはせんから安心しろ』

「うええ!? さっきの声! な、なんだよこれ!?」


『懇切丁寧に説明してやりたいとこだが、あまり良い場所に召喚してやれなかった。

 俺もまだ〝力〟が十分じゃないんでな。まずは実地で覚えてくれ』


 渋い声はぶっきらぼうにそんなことを言ってくる。


「覚えろって何を……ぶべえっ!?」


 次の瞬間、いきなり背中に衝撃を感じて痛みで息ができなくなる。

 落下から一転、パラパラと埃が目の前に舞っているのが見えた。

 ボロい幌布が破けて綺麗に空が広がっている。

 この風景には見覚えがある。

 といっても、映画でだけど。

 そう、馬車の上はこんな感じだ。


(な、なんだ? 幌を突き破って落ちたのか?)


 でも、のどかにそれを見ている余裕はない。

 この馬車は激しく揺れ動いていた。

 馬の蹄鉄が大地を叩く連続音も耳に飛び込む。やっぱり馬車だ。

 ふと横を見ると――


「あ、あ……」


 ちっちゃい男の子がこっちを見て口をあんぐりと開けていた。

 オーバーオール姿で、まだ10歳くらいだろうか。

 栗色の髪にそばかす顔。外国人だった。

 ってことは、ここは外国?


「ね、ねえさんっ! 空から男の子がっ!」


 彼は誰かに向かって叫んだ。

 視線が馬車の御者台へ向かっている。


「あぁ!? ったくこのクソ忙しい時に何さ!」


 女の声がしたかと思うと、車内に慣れた身のこなしで人影が飛び込んできた。

 まず目に留まったのは腰まであるウェーブがかった長髪。ビビットピンク―紫がかった桃色―の鮮やかな髪色だった。

 次に黒いカウボーイハット。

 そのツバの下に、意思の強さを感じさせる碧眼が光っていた。唇は桃色の口紅が引かれて瑞々しい。

 堀の深い目鼻立ちは明らかに日本人じゃない。体格も女性としてはかなりの長身に見えた。

 歳の頃は20代前半くらいだろうか? 長身で外国人の顔だから、もしかしたらもっと若いのかもだけど。

 彼女は民族衣装のような柄の入った鮮やかな紺色のポンチョを背中に流して羽織り、首には黄色いネッカチーフが巻かれている。

 そして、丈の短い黒い革製ジャケット。その胸元は大胆に開かれていた。

 ついつい、その胸の谷間に釘付けになる。


(でっか!)


 この非常時に、第一印象はそれ。

 いやしかしこの巨乳を前にして冷静でいろという方がおかしくないだろうか?

 おかしい? ごめんなさい。


「何見てるクソガキ」


 ゴリ、と眉間に熱い感触が走った。


「この馬車に何の用があって乗り込みやがった?」

(うひ……!?)


 その熱さと、鼻を突く火薬の匂い。

 胸に目がいって見落としていたけど、彼女の腰にはガンベルトが巻かれ、ホルスターが空になっていた。抜かれた銃は僕に向いているらしい。

 両脚は〝チャップス〟という普通はジーンズの上から履くぶかぶかの防護衣を生足に直履きしている。

 見た感じ革製のガーターベルトみたいだと言えば分かりやすいだろうか。

 長い脚に履いている拍車付きのウエスタンブーツもキマってる。そのせいか、一歩間違えれば痴女みたいな服装もカッコよさが先にくる。


(いやそんなことより! これ本物の拳銃!?)


 僕は眉間に銃口をビタリと突きつけられていた。


(う、うそだあ……どうせ着火機構つきのモデルガンでしょ)


 それなら火薬の臭いくらいするだろう。

 はは、ダメだよカウガールのコスプレお姉さん、おもちゃでも人に向けちゃあいけ……


 ズドンッ!!


 そう思ってた矢先、思い切り彼女は発砲した。

 黒色火薬系の重い発射音だ。火薬量も明らかにモデルガン用じゃない。

 でもこんなことを考えていられる通り、ぶち抜かれたのは僕の眉間じゃなかった。


「グゲェッ!」


 振り返ると、馬車の後部から侵入しようとしていた〝何か〟が、被弾して転げ落ちる。

 彼女は咄嗟に照準を変えて一撃で仕留めたらしい。


(こ、ここここれホンモノの拳銃じゃん!? しかも何撃ったの今!?)


 彼女が手にしているのはコルトM1848パーカッション・リボルバー、通称〝ドラグーン〟と呼ばれる古い銃に似ていた。

 まだ球体弾丸を使う時代の拳銃で、低い命中精度を補うために銃身が長い。

 その銃身の下にはローディングロッドが着いてるのが特徴の銃で……って今はそんなことはどうでもいい!


「…………」


 ここで僕の悪い癖が出た。

 緊張すると無口で無表情になる癖だ。

 しかも、相手が美人だとなおさらだった。


「黙ってないで何か言ったらどうさ。舐めてっと鼻のあなが眉間にできるぜ?」


 最後通告のように、カチリと拳銃の撃鉄ハンマーが上がる音がする。

 やばい。死ぬ。殺される。

 コミュ症の僕にこの場を切り抜けるような会話ができるわけないじゃないか!


(あれ……ていうか)


 ここに至って、はたと気付く。


(この人達の言葉、外国語なのに何で僕分かるわけ?)

『言語スキルのレベル1を付与したのさ。それくらいはないとさすがに即死しそうだからな』


 あの渋い男の声が頭の中に響く。


(うわっ!? また出た!)

『ずっといたさ。俺はお前なしじゃ何もできんからな』

(訳が分からないことばっか言って! いきなり外国に連れてきて僕に何させようってのさ!?)

『ここは外国だがお前の想像する外国じゃあない』

(どういう意味だよそれえ!?)

『じきに分かる』


 そう突き放したことを言う男の声。


「おいてめえ、何とか言ったらどうなんだ!」


 ああそうだ、頭の中の声と問答してる場合じゃない。

 拳銃を突きつける美女は痺れを切らした様子だった。

 引き金トリガーを絞る気配が分かった、その時。


「ベルネッタ! 落石だっ!」

「なっ!?」


 男の叫び声がした。

 馬車だから御者台で馬の手綱を握っている男だろうか。

 彼女がはっと振り向くと同時に、馬がけたたましい鳴き声を上げる音も聞こえた。

 次の瞬間、馬車は何か硬いものに激突していた。おそらく岩だ。

 木片が飛び散り、荷物がひっくり返る。

 その衝撃に荷台にいた全員が宙を舞った。

 命の危険を感じると視界がスローモーションになるっていうけど、思い切りそれになった。


「うわあ!? 姐さあん!」


 特に軽い男の子は跳ね上がるようだった。


「くっ! アル!」


 拳銃を突き付けていたお姉さんは咄嗟に男の子を庇うように抱き寄せる。

 そして、全員が地面に放り出された。

 叩き付けられた僕も意識が遠くなる。


「う、うーん……」


 たぶん短い時間だけど気を失った。

 僕は体重が軽いから、一番遠くまで吹っ飛んだらしい。

 気が付いた時、カラカラと馬車の車輪が空転する音がただ耳に入る。

 いや、それ以外にも何か聞こえるぞ?


 ゲッ ゲッ ゲッ

 ホヒュウ ホヒュウ


 聞きなれない動物の声みたいなもの。


(ううん?)


 顔を上げると、そこには想像だにしない光景が広がっていた。


(え……こ、これって……!?)


 ここは谷間を縫うようにして存在する隘路あいろのようだった。

 谷の上から何者かが岩を蹴落として馬車の進路を妨害したらしく、避けようとした馬車が壁面にぶつかり転がっている。

 そしてその残骸を囲むように〝何か〟がいた。

 数は二十匹は越える。

 小柄な人間くらいの大きさだけど、人間ではない醜悪な容姿をした怪物。

 それは、まるで――


「くそっ! ゴブリンども!」


 あのお姉さんの悲鳴のような声が代弁する。

 はっとして見ると、彼女は男の子と一緒に馬車の下敷きになって抜けられなくなっている。

 そこを、そう〝ゴブリン〟が囲んでいた。しかも奴らの手には斧や槍が握られていた。

 無抵抗の獲物を見つけ、奴らは下品な歓喜の声を上げてはしゃいでいる。


「ぐっ……銃が……!」


 お姉さんは必死になって腕を伸ばし、少し先に落ちている拳銃を手に取ろうとしている。


(ど、どうしよう!? た、助けないとこれまずいよな!?)


 ゴブリンなんていう、いるわけない生き物がいることより今はそっちだ。


(で、でも僕にあんなの追い払うことなんて……)


 いくら小柄な人間くらいの大きさとはいえ、二十匹はいる上にこっちは一人だ。間違いなく囲まれて惨殺されることくらい素人にだって分かる。

 でも幸い、自分は馬車の残骸とは反対側の岩の陰に吹っ飛ばされてノビていたから、ゴブリンにはまだ気付かれてない。


『俺を使え。ガンマン』

(え……?)

『腰を見ろ』


 あの渋い声が僕に促す。

 僕のホルスターには、本来ならモデルガンが入ってるだけなはずだけど……

 そう思って抜いて確かめてみる。


「なんだ……この銃?」


 抜いた拳銃は、僕のものじゃなかった。

 銃の種類は元々僕が持っていたシングル・アクション・アーミー……いわゆるSAA……と変わらない。

 しかし、その装飾が明らかに異なる。

 銃は本来黒いものだが、鈍く輝きを放つ銀色の塗装になっている。

 そして銃身からグリップにかけ、炎をモチーフにしたような流麗な彫刻が施されていた。

 彫刻は精緻かつ大胆な模様で、まるで何かへの怒りが銃に走っているようだ。

 グリップも通常の木製グリップではなく、白い角素材だ。高級なのは間違いないだろう。

 そのグリップの中心には、不気味な目玉のようなエンブレム。


『弾は弾倉シリンダーに6発、全装填してある』

(ちょ、ちょっと待ってくれ! これ本物ってことだよな!?)

『ここから先はお前の選択次第だ』

(お、おいなんだよそれ!?)


 渋い声は突き放すようにそう言ったきり答えなくなった。


(ど、どうすんだ自分!?)


 本物の銃でゴブリン撃ったらどうなるんだっけ!?

 狩猟免許なんて持ってないから違法だし、そもそも拳銃って日本じゃ個人所持認められないからもうそれだけで犯罪だ。

 ああ、でも、でも!

 迷っていると、お姉さんの悲鳴が聞こえた。


「ああぁっ! ち、ちきしょうっ! その汚い足をどけやがれっ!」


 見ると、銃を取ろうと伸ばした手をゴブリンに踏みつけられている。

 そいつは槍を掲げて穂先を彼女に向けた。

 無防備の彼女を串刺しにするつもりだ。

 それを見た男の子が泣き叫ぶ。

 その刹那せつなだった――


 重い銃声が響き渡った。


 銃声は谷間に殷々いんいんと何度も残響を残す。

 彼女を殺す寸前だったゴブリンがどうっと音を立てて斃れた。

 そして、一斉にゴブリンどもの視線が銃声の元に注がれる。

 そこには、無表情に拳銃を片手撃ちに構えた僕の姿があった。

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