(や、やっちゃった……)
でもどうすんだこれ。
こっちは銃があるんだし野生動物だったら銃声に驚いて逃げてくれたりしないかな?
そんな淡い期待は一瞬で裏切られた。
「グガァアアア!!」
リーダー格らしい派手な装飾を身に着けたゴブリンが、こちらを槍の穂先で指し示す。
〝ぶっ殺せ〟という意味であることくらい分かる。
(う、うひいいい!?)
撃ったし当たったけどこれどうすんだ!?
持ってる銃の残弾はあと5発。
向こうは一匹減ったところでまだ20匹はいる。
どう考えても弾が足りない。
リロードすればいいじゃん、というツッコミもあるだろう。
でも実はこの
撃ち終わった薬莢一発一発を銃身の下のエジェクターロッドを押して排出した上で、更に弾を一発ずつ込め直さなきゃいけない。
現代の銃ような箱型弾倉マガジンを交換すれば即撃てるような代物じゃないんだ。
『お前の選択、見届けた。いいだろう、微力だが加勢してやる』
するとあの声がまた頭に響く。
(声しかしない癖に何が加勢だよ!?)
『まあ見てろ』
握っている拳銃の彫刻と、グリップの目玉が微かに光った。
驚いて目を丸くする僕に、声が続ける。
『一時的だがこの銃……〝スモーキーパレード〟の貫通力を向上させておいた』
(貫通力だって……!?)
『あとはお前の戦い方次第だ』
相変わらず最低限の説明だけ放ってあとはこちらに丸投げしてくる。
そうこうしている内にゴブリンたちが一斉に襲い掛かってきた。
「グゲエエエ!!」
ただ、ゴブリンは僕に向かって大した戦術もなく集団になって向かって来る。
そうなると、先頭から後方まで、ゴブリンが数体重なって見えた。
(そうか!)
僕は構える銃の上部に片手の手のひらを被せるようにする。
一見すると、銃を撫でるような構え方だ。
実際、撫でるように素早く撃鉄ハンマーを倒す。
倒すと同時に再び引き金を引いた。
バウン、と重い銃声と激しい反動。
銃声は一つに聞こえたけど、実は2発連射していた。
2発分の
そのどてっ腹には、45口径弾の貫通した銃創。
それを見たお姉さんと男の子が驚愕の表情を浮かべる。
『〝ファニング・ショット〟か。悪くない腕だ』
声も珍しく感心した様子だった。
ファニング・ショットというのは簡単に言えば早撃ちテクニックだ。
銃を撫でるように構え、素早く前後させることで撃鉄を即座に起こして撃てる。
熟練すれば、1発の銃声の間で2発撃てるくらいに連射可能だ。
(こう見えて〝ファストドロウ〟大会で上位だったからね!)
そう、僕は西部劇マニアが高じてガンスポーツをやっていた。
ファストドロウというのは、簡単に言えば早撃ちのタイムを競う競技である。
ガンマン風のいで立ちで風船の前に立ち、風船の上の電灯が光った瞬間にピストルを抜いて発砲するのである。
そして、発火機構のあるモデルガンからは火花が飛ぶので、その火花が当たった風船が割れる。
その速さを競う競技だった。
本場の国では、その速さが0.1秒という人間離れした速さの人物もいる。
いつ抜いて撃ったのか分からないくらいの速さだ。
実戦なら、まばたきをした瞬間に撃たれている感覚だろう。
ちなみに、劇画漫画に出てくるあの太い眉した伝説の殺し屋の速さが0.17秒だそうだ。
僕のベストタイムが0.2秒だから、もう少し頑張れば届くかもしれない。
僕は、自慢じゃないが早撃ちの才能があった。
厳密には才能というか、物心ついてからはこればっかり練習していたのもあって、もはや才能なのか練習の成果なのか区別がつかなくなっている。
陰キャにありがちな特性かもしれないけど、1つのことに集中するのが僕は得意だったのかもしれない。
『生まれた時代と世界が間違ってたな』
(褒めてんのかそれ!?)
心の中でそう叫んで飛び出す。
ゴブリンがこちらの銃の貫通力に一瞬怯んだからだ。
その隙に彼女の前へと滑り込む。
「お、おい! お前、一体何者だ!?」
彼女の問いを背中に受けるが、今は答えられない。
もちろん、できれば彼女と男の子を助けだしたい。
けど、目的はそれじゃなかった。
「……借りるぞ」
僕はいつもの癖の、無表情と低い声で答え、落ちていた彼女の拳銃……ドラグーンを拾う。
二丁拳銃になり、それぞれの撃鉄を親指で起こす。
「ギイ!」
ゴブリンもリーダーが分散するように指示している。
しかし、ここは谷間だ。分散できる場所は限られる。
かたまらないよう各個に襲って来るゴブリンに向かい、僕は拾ったドラグーンの弾を叩き込んだ。
乾いた銃声が立て続けに響き、2匹を仕留める。
「ふっ!」
その隙に側面から襲ってこようとした一団に、貫通力の高い〝スモーキーパレード〟と呼ばれたシルバーSAAの銃弾をぶち込む。
3匹が貫通弾を喰らい倒れた。
「グ……ギギ!?」
ゴブリンのリーダーも焦った様子を見せる。
これで一気に12匹は手勢を失った。残り8匹だ。
でもSAAの残弾2発、ドラグーンの残弾3発。
正直、分が悪い。撃ち漏らすと詰みだ。
内心、超怖い。僕は結構心配性なところがあって最悪の未来をつい想像しがちだった。
それでも僕は無表情だった。
緊張すると無表情になるのはこんな時でも変わらない。
そんな無表情のガンマンの目を見たゴブリンのリーダーは、何故か震えあがる。
「グ、グヒイっ!?」
そして一目散に逃走を始めた。
仲間のゴブリンも慌ててそれを追う。
(あ、あれえ。もう一押しだったかもなのに)
僕は拍子抜けしてそんな奴らの背中を見るしかない。
『命のやり取りの場では最後は気迫とハッタリがものを言うのさ。お前さんの無表情を奴らは〝余裕〟と誤解したわけだ』
(ええ……そんなことある?)
『力に裏打ちされたハッタリは効果がある。覚えておくといい』
(へ、へえ……)
確かにこんな無茶苦茶な貫通力ある銃を持ってる相手なら、ただものじゃないって思うか。
(いやちょっと待てよ!? ここまで当たり前みたいのゴブリンとかいうのいたけどさ!)
僕は心の中で絶叫していた。
(ここ、ただの外国なんかじゃない! なんていうかその……)
頭を抱えそうになりながらその荒唐無稽な単語を思い出す。
(〝異世界〟じゃないか!?)
『ようやく分かったか。理解する前にくたばらなくてとりあえず安心したぞ』
他人事みたいに言われた。
いらっとして心の中で叫ぶ。
(意味分かんないって! それになんか異世界も想像と違う異世界なんだけど!?)
『何がだ? 異世界ならゴブリンくらいいるだろう?』
(異世界なのに何で銃があるんだよ!?)
手元で硝煙の臭いをぷんぷんさせている漆黒のSAAは、紛れもなく本物の銃だった。
『何でだと? そりゃあこの世界の荒野で生きていくには銃は必須だからだ』
(そ、そういうこと聞いてるんじゃなくて!)
『ところで、いいのか? あの女と子供を助け出さなくて』
声に言われて、そういえばとハッとする。
僕は拳銃を癖でガンスピンさせてホルスターにすとんと納め、振り返った。
その姿を見たお姉さんは、さっきと打って変わって僕を真剣な眼差しで見つめていた。
「こ、こいつ……まさか〝魔銃使い〟!?」