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第83話 仇討ち法施行第五号 試合前

【大坂都/廃校舎】


「あーあー。マイクテスト。アイドルの皆さンに鬼堕皮さン。私の声が聞こえたら腕のバンドにある右の青いボタンを押して下さい」


 ここは少子化の波にのまれ無人と化した廃校舎。

 その校庭にアイドル達530人が集められていた。

 ちなみに北南崎は校庭の校長先生が立つステージ(?)にいる。

 まるで全校集会の様だが、始まるのは1対530の大乱闘か大虐殺か、集団リンチかのいずれかだ。

 なお869人から大幅に人数が減ったのは、棄権した者と、戦うには無理がある者を除いた人数である。

 それでも1対530なのだから普通は鬼堕皮蛇兒誣きだかわじゃにむが圧倒的に不利だ。

 何より年齢も80歳を超えている。

 戦うなど以ての外だが、運が良いのか悪いのか、非力な者にこそ有効な合気道の才能を秘めていた。

 アイドル達を食い物にしていたときも、無意識の合気道で抵抗力を奪っていたが、紫白眼副大統領の指導で、一人前に戦える程度には技も仕込まれた。


 その一方で、校庭、鬼堕皮の初期位置、その他色々にある電光掲示板が『531』のカウントを終えた。


「よろしい。531人から確認が取れました。今回の決闘場はこの廃校舎です。何度かドラマでも使われ、皆さンの中には見知った場所かもしれませンねぇ。そンな場所が決闘場になります。ターゲットの鬼堕皮さンは校舎の中、皆さンは探し出して殺害する必要があります。また、今回ルーレットはありませン」


 大勢で探し出して殺す。

 この隠れる場所が多い場所で鬼堕皮を探して殺す。

 鬼堕皮は待ち構え、潜んで迎撃する。

 この人数と配置でこの勝率と計算したのだ。


「皆さンが持参した武器や、校舎の中にある物は自由に使って結構。この戦力差と鬼堕皮がどこにいるか不明なのか、丁度お互いの勝率、即ち90%と10%の可能性です」


「鬼堕皮が530人を皆殺しにする可能性もあると?」


「あります。10%はあると断言します。歳も歳ですから体力を中心に彼の才能を伸ばしました。元々天然で合気道を極めていらっしゃった方ですからね。皆さン、大人数に慢心したら死にますよ? それ程の相手だと覚悟してください。性獣であり妖怪級の獣と思って下さい」


 性獣なのはもう明らかだが、あのヒョロガリの老人に人を殺せるパワーがあるとは思えないが、合気道となると話が違う。

 アイドルの彼らも男子である。

 格闘漫画で合気道の達人が、自分より数倍大きく数倍思い人間を薙ぎ倒してきた事を知っている。

 そこからY〇utube等で合気道の技を見た事がある者もいる。

 1対530人が勝負として成立するからには、漫画以上の相手だと多くのアイドルたちが認識した。


「今日の為の戦略は既に授けました。仇討ちを望ンだ以上、犠牲は避けられないでしょう。何の根拠もなく『俺は死なない』と思っている人は『必ず死ぬ』と今一度心に刻みなさい」


 人数が多いと必ず根拠もなしに『俺は大丈夫』と思う人間がいる。

 クラスの席替えで『俺は絶対先生の前にはならない』と大見えきって泣きを見たもいる。

 犠牲無しに勝てる勝負ではないのだと、改めて認識させる。

 これらの訓示も90%の勝率を確保させる為の行為だ。


「最後に情報を与えます。私は鬼堕皮と何度か模擬戦を行いましたが、勝ったり負けたりを繰り返し、勝率7割程でした。いいですか? 以前、869発の攻撃を耐えきった私が負けたこともある相手です。絶対に油断しないでください」


「ッ!!」


 これは衝撃の告白だった。

 拳で、脚で、バット、木刀、鉄パイプの攻撃を869発耐えきった北南崎が3割とは言え負けた。

 これは覚悟を決めざるを得ない情報だった。


「最後に。本来決闘場は防弾ガラスで囲いますが、さすがにこの広さを囲うのは無理があるので、この廃校舎とグランドの敷地外に出たら失格です。その時はその腕のGPSが反応し失格を判定します。これでギブアップできる訳ですが、仲間の死がそれだけ濃くなると思ってください。一応言っておきましょうか。仲間を見捨てて逃げるのは、死ぬより辛いですよ? それでも構わないなら逃げも戦略です。許可しましょう」


 仲間を見捨てなければならない。

 戦場や売却された孤児を救出する場面では何度もそんな局面に遭遇した。

 結果的には逃げて正解だった選択を選んできたが、こうやって強靭な精神力で耐えなければ精神が崩壊する程度には毎晩悪夢にうなされる。

 それでも、だれがどう判断しても逃げねばならぬ時はある。

 見捨てられる者も、見捨てられる事を望んでいる。

 結果、死んだ方がマシだった事が何度もある。


「そうそう。腕バンドの話もしなくてはいけませンね。さっき言ったGPS機能は敷地外に近づくと微量の電流を流し始め警告し、決闘敷地外にでると気絶級の電気ショックを発生させます。命に別状は無い程度ですのでご安心を。それと脈拍の測定で、これは生死を確認します。その他に赤いボタンを押せば、生き残り、死亡、逃亡人数が表示されます。最後に、バンドは無理に切れば爆発します」


 デスゲームの様な仕掛けを説明する北南崎。

 腕バンドで死なないのは保証されているので、デスゲームとは違うが、趣味が悪い装置には違いない。

 ただ、この大人数の管理には必要だっただけだ。


「ニッパーでもそう簡単には切れませンが、腕一本犠牲にする戦略とするなら、何とかして引きちぎって爆発を利用するのも良いでしょう。例えば鬼堕皮さンも同じバンドを身に着けていますので、何かで無理やり引きちぎれば、鬼堕皮さンは重傷を負うでしょう」


 手を吹き飛ばす爆発力の至近距離に立つ覚悟があればの戦法であるのは、アイドル達もすぐに気が付いた。


「さて鬼堕皮さン、何かありますか?」


《ひょひょひょ! 869人ではなく530人に減ってしまったのは残念じゃ》


 校内放送を使って不気味な声が響く。

 まるで亡者の声だ。


「ッ!?」


 鬼堕皮の言葉にアイドル達は驚いた。

 減って残念の意味が分からない。


《869人に強制猥褻するつもりじゃったのにのう! ひゃひゃひゃ!》


 気色悪い笑い声と、自信に溢れた声がスピーカーに木霊する。


「えー……。お聞きの通り、元気一杯、かつ、性欲も持て余しているようです。皆さン、相当の覚悟をしてくださいね。では、始め!」


 こうして1体530人の普通なら瞬殺で終わる勝負が始まった――

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