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仇討ち法適用第五号

第78話 大量強制猥褻、暴行、強姦犯 鬼堕皮 蛇兒誣

【最高裁判所】


「主文 魂の殺人を認定し、被告人 鬼堕皮きだかわ 蛇兒誣じゃにむを死刑とする」


 白州御拷鬼は、抑えても抑えても尚、湧き上がる怒りを懸命に堪えながら、汚物を見るような目で宣告した。

 その瞬間、TVではエネルギッシュな老人で活躍を称えられていた鬼堕皮は、腰が抜けたのか、白州御の殺気に怯んだのかへたり込んだ。


 TVで見た姿と同一人物とは思えない皺くちゃな老人。

 若い頃にタレント事務所を立ち上げ、業界最強のジャニーム事務所として育て上げた。

 男性アイドルを専門とする事務所で、児童、少年から大人まで、面倒見良く、根気強く世話をし、一流の芸能人に育て、残念ながら芽が出なかった者も、その後の支援を欠かさぬ『業界の神様』とまで言われていた。


 だが一皮剥けば、悪鬼も泣いて逃げる卑劣な所業が明らかになった。


「言語道断、問答無用に説明不要。生きるに値しない!」


 いつもは冷静に告げる判決も、裁判官にあるまじき感情を載せて言い切った。

 それ程までに悍ましい悪魔の所業を、この男は行ったのだ。


 面倒見の良さは、好みの児童、少年を見定める為。

 根気強く世話をしたのは、逃さない為。

 芽が出なかった者への支援も口封じと逃がさない為。

 当然、一流芸能人も例外ではなく、デビューと引き換えに支配下に置いた。


 全ては己の性奴隷とするべく。


 鬼堕皮はご丁寧にも、行為の写真や映像を名前と共に記録して大事に保管しており、被害者の特定は容易だった。

 だが、この検証には、残虐殺人現場を担当してきた歴戦の猛者警部も吐き気をこらえられず、トイレに駆け込んだりした。

 被害者は何と4桁を超えたが、一部の被害者は悪夢を忘れたいからか『自分は該当しない』と青い顔で言う者もいた。

 性奴隷となっても鬼堕皮を慕う者も少なからずいた。

 大人でそう述べる者は、鬼堕皮との同意同性愛として、犯罪とカウントはしなかった。


 そんな被害者の選別と説得をするのも、辛い作業だった。

 ようやく全員からの事実確認を終えると検察官は『殺せ』と言わんばかりの大量の資料を裁判所に提出した。


 鬼堕皮の弁護士も、一応弁護の仕事はした。

 定番の幼少期の精神的トラウマを訴えたり、長年のストレスなど並べ立てた。

 ただ、それら全て認定しても、お釣りが大量に発生する犯罪史上稀にみる凶悪犯故に、どんなに配慮しても死刑しかない。


「以上の様に死刑と決まりましたが、今回は被害者が膨大なので異論があるかどうか投票で決めます」


 白州御は中継カメラに向かって言った。

 被害者が最高裁判所に入りきらないので、特別処置として某所に臨時原告席を設けた。

 これから行うのは『殺人の権利』の執行投票。

 被害者が多数の場合は投票で決める。

 過半数を取った方の意思が尊重され、今回の場合は『死刑』か『仇討ち』のどちらかだ。


「投票箱があると思います。死刑、仇討ちのどちらかに丸を付けて提出してください。丸を付けない場合は死刑としてカウントします」


 白州御がシステムを説明する。


「被害者1192人。596で半数ですので、597票を取った方の刑が執行されます。割り切れる数字ですので、同数は死刑とします」


 白州御は『死刑にしてくれ』と祈った。

 これには加害者の為ではなく、被害者を思っての言葉だ。


「仮に597人が仇討ちを選んだとします。その場合、鬼堕皮対597人となるので、鬼堕皮の生存率10%は、確実に何人かを道連れにできる武器が与えられるでしょう。生き残っても顔に重傷を負うかもしれません。その辺りも考慮して下さい」


 最低人数の1対597の場合、素手同士で戦っても、老人の鬼堕皮には勝ち目が無い。

 遺体もどれがどの部分か分からない状態になるだろう。


(仇討ちになった場合、どういうバランス調整ができる? あの老人に10%の勝率? サブマシンガンに597発分の弾丸でつり合いがとれるか? 一発でも外せば終わりだし、一発で急所に打ち込めなくても終わりか。体力では若いアイドルの足元にも及ばない。2倍の弾丸でも勝率10%に満たないか?)


 いつもの白州御なら『死刑であってくれ』と願うが、今回はハンデバランスを無意識に考える。

 流石の白州御も顔を背けたくなる映像や写真を見てしまった。

 当分悪夢にうなされるのは確実だ。

 だから、無意識にハンデバランスを自分なりに考えてしまった。



【中継カメラ先の某所】


 一方某所に集められた被害者のアイドル達は、普段のアイドルとして輝かしい顔を見せる男たちが、暗い顔をしてゾンビのような足取りで、選挙と同様の投票所に足取り重く向かう。


 お通夜会場でもそうはならないであろう、怨恨と殺意と悲しみと哀れみなど様々な感情が渦巻いている。


 なお北南崎大統領、朱瀞夢軍曹、高山牢黴蠱が後方に警備員に扮して控えていた。

 出来るだけ感情を読み取り、仇討ちになった場合の加減を測る為に。


(私は2人の様に感情を的確に読めませンが、それでも、色々混ざり合って妖怪でも生まれそうな気配は察しました。お2人は如何ですか?)


(言いえて妙ですね。酷い臭いで鼻が曲がりそうです。ただ、そんな中でも一部は許す、というか死刑を望む方もいますね)


(そうですね。私も辞書の悪感情をすべて抽出したらこんな感情になるのだろうと思います。ただ、そんな中でも、鬼堕皮を慕う者もいます。強烈な洗脳なのか、本当に愛し合っていたのかはわかりませんが……)


 北南崎と朱瀞夢と高山がそれぞれの感想を述べた。


(加害者、被害者とどう寄り添うのが適切なのか? こンなに判断に迷うのは想定外です。法を超える犯罪が起きない様に13歳から大人と定め、大犯罪にも対応できる様に法改正をしましたが、それを超えてきましたか。鬼堕皮さンは悪のエリートなのでしょうかねぇ)


 そんな感想を話し合っていると、全ての投票が終わり、集計が始まった。



【最高裁判所】


「結果がでましたので発表します。仇討ち869票、死刑313票……ん?」


 白州御が合計1192票にならないのを素早く計算した。

 すると、刑務官が素早く駆け寄り耳打ちした。


「無罪10票。これは無効票ですが、一応被告に告げておきます。以上の結果により『被害者ニヨル加害者ヲ裁ク権利』の適用を認めます!」


 こうして仇討ちが決まったが、1対869の決戦である。

 自分が死ぬかもしれなくても鬼堕皮を憎む者が多数を占めた。

 顔が命の芸能人だ。

 命が無事でも二度とTVに出られない顔になるかもしれない。

 それでも構わない憎悪なのか、自分は大丈夫と楽観視しているのかは分からないが、決まった事は覆せない。


(後は面談ですか869人に聞きこむのはちょっと大変過ぎますねぇ。あっ。鬼堕皮さンも入れて870人ですか。……自分が定めた法です。やるしか無いですねぇ)


 北南崎は後悔したが、顔を叩いて気合を入れなおした。

 こうして公務より忙しい事情聴取が始まるのであった。

 いや、これも公務の一部なのだから、史上最悪量の仕事が待ち構えているのであった。

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