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第78話 迎えうつ準備

「そう、かな……」

「うん。だから、ちゃんとその時にはちゃんとスケジュールを空けておくから安心してね」


 綾乃はそうやって頷いてきた。


「ま、そのほうが安心やろな。あ、あと契約書ちゃんと持ってきたほうがええで。さすがにコピーでええけどな」

「京志郎さん……」


 そこまで聞いていた京志郎が付け加えてきた言葉に思わず顔を見つめる。


「あいつは海外での生活も長いんや。やから、契約を曖昧にすると、どんなことを言われるか分からへん?そのためにもちゃんと契約書を。誰でも見れるようなところに置いとかなあかん。まあ、後はアシスタントも必要やろ?」

「え、それって」


 アシスタント、と言われて、そこではっとした。

 確かに、今回はなかなか大掛かりな撮影になるということは分かっていたはずだ。モデルはアル一人だが、綾乃にお願いした衣装は一枚ではない。いくつか取り外しができるようにはしているものの、しかし、何枚かの衣装を着てもらっての撮影を予定していた。

  それを桃花は一人でするつもりなのか、と京志郎は尋ねているのだ。


「もしかして、桃花忘れてた?」

「……えっと……なんというか、アルと一緒に作ったスケジュールの中でタイムスケジュールもあったんだけど、結構ちゃんとしたあったからなんとか出来るかなって」


 最初にアルには、ソフトや衣裳以外のところは説明してあった。今回はかなりO係の撮影にはなるが、人数はそれほど割くことができないことも告げてある。

 それにアルは「わかりました」といいながら、借りのタイムスケジュールも組んでくれていたのである。


「……そないなことしたら、あいつまた好き勝手するんやで?! ほら、見てみ? こことかあいつがモノを動かして撮影スタジオセッティングするなんて書いてある。こないなことされたらどないなるかわかるよな?」

「あ……それは……」


 桃花だけならば大丈夫だと思っていたところも、アルを、櫻木昴を知っている京志郎からしてみれば、信じられないことだったのかもしれない。


「はあ。だからこの辺りはもう少し割り振らなあかんな」


 京志郎はテーブルの上に広げられたスケジュール表を指でトントンと叩きながら、わざとらしくため息をついた。その視線の先には、アルが綿密に組み上げた撮影スケジュールの中に、妙な箇所がいくつかあるのが見て取れる。


「ふむ……気になるんは、モデルが照明位置の調整とか、小道具の配置とか、撮影スタジオのセッティングのあたりやな」


 京志郎は呆れたように言いながら、該当の箇所を指差した。


「確かに……でも、アルも頑張ってくれていたのかなって」


 桃花が首をかしげると京志郎が言った。


「あいつはヤバいヤツやで?」


 京志郎が腕を組みながら苦笑いする。


「……どういうこと?」

「つまりやな、アイツは結局、普通の素人モデルやないってことや。むしろ、カメラの前での立ち振る舞いはプロの中のプロや。カメラマンよりも、もしかしたらカメラのこと理解してるかもしれへん。それくらいの感覚持ってる奴が、ちょっとセッティングの手伝いをしたら……どうなると思う?」

「……えっと……現場を乗っ取られる?」

「そういうこと」


 綾乃と京志郎が同時にうなずく。

 桃花はアルの協力的な姿勢を悪く思っていなかった。それどころか、彼が率先して現場のことを考えてくれるなら、それはむしろありがたいことだと思っていた。だが、二人の話を聞くうちに、じわじわと現実が見えてきた。


「確かに……もしアルが『こっちのほうがいい』とか言い始めたら、私たちが考えていたコンセプトが崩れる可能性がある……」

「そういうことや。あいつのセンスは確かやからな、余計に厄介やねん」

「……それは……そうですね」


 桃花は真剣な表情で頷いた。

 アルは着ている服もシンプルでもよく似合っている。センスが確かなのはうなずける。


「せやから、アシスタントをちゃんと入れるんや。アイツが手出しできへんように、役割分担をはっきりさせて、撮影に集中してもらう」


 京志郎の言葉に、綾乃も「それがベストね」と同意する。


「でも、誰をアシスタントにするんですか?」

「それやけどな……」


 京志郎は手元のスマホをいじりながら、「心当たりがある」と言わんばかりの表情を浮かべた。



「それは、当日のお楽しみや」


 京志郎はどこか冗談めいた顔をして、そっとその唇に指をあてた。それがからかっているような、面白がっているような感じだった。


「万が一、ここで話してあいつに漏れてもアカンからな」

「そこまでしなくても……」

「そこまでせなあかんねん、本来は。ちょっと桃花お姉さんは甘すぎるんや。あいつはそないに甘やかしてええ存在ちゃうんやからな」


 京志郎がそこまで言ってくるということは、それくらい警戒しているということなのだろう。そこまで言われてしまえば、言い返すことはもうできない。桃花は念のために聞いてみる。


「その……伝手あるんですか?」

「ま、安心しぃ。ちゃんと仕事できるやつ呼ぶから」

「えっ? でもそこまで……」

「当然やろ。こんなおもろい現場、見逃すわけないやん」


 京志郎はにやりと笑う。


「それに、アイツが何か仕掛けてきたら……俺が止めたるわ。桃花お姉さんも頑張ってることやしな」

「……ありがとう、ございます」


 桃花は素直に礼を言った。

 こうして、アルを迎え撃つための準備が進んでいくのだった。


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