コンセプトは「癒される王子様」ということだけ。
しかし、それだけではきっと埋もれてしまう。
「だからこそ、一石を投じる方がいいと思ったんです」
「ふむ……それで望月くんはこういう撮影コンセプトにしようと思ったんだね」
時は少しだけ遡る。
以前に桃花は中百舌鳥京志郎と接触した時、同時期に飯田編集長にも話を通していた。
「はい。魔王、人ではない存在。そういう存在の住む城に迷い込み、そこで一時の癒しを体感する。そういう物語性のある、写真集を出したいと思いまして」
「確かに、今はそういうものもウケてはいるが……正統派ではなく、肌の色も紫色、しかもメイクも衣装もかなり大掛かりなものになるし、これができるアテがある、ということだね?」
確認するように飯田編集長が尋ねる。
彼自身もアルが「櫻木昴」に戻って、活動することを歓迎しているわけではない。しかも、その一つ目の足がかりとして桃花の写真集を利用しようとしていることについても、あまりいい顔をしていない。
だが、だからといって、実現不可能なことをできる程の予算や時間があるわけではないのだ。
「はい。中百舌鳥京志郎という方にお願いしようと思いまして。今はフリーですが、以前はかなり腕のいいメイクアップアーティストで業界内でも評判だった、と」
「あの……? どこで出会ったんだい?」
どうやら飯田編集長も中百舌鳥京志郎、という男のことを知っていたらしい。
目を丸くして桃花に尋ねる。桃花もうなずいて、以前に京志郎と出会ったときのことを話した。
「ふむ……遊園地でたまたま……しかも、アルくんのことを一瞬でその正体を見抜いたっていうことは、隠す必要もないということか」
「はい。それに、交渉次第では、あちらもかなり良い条件でこの仕事を受けてくれるといっています」
その交渉というのが、「アルの顔を自分勝手にぐちゃぐちゃにさせろ」ということであることは桃花は飯田編集長に黙っていた。
多分、そこを明かしてしまうと、さすがの飯田編集長も止めてくる可能性があるからだ。
「そうか……ふむ、確かに腕は問題ないね。何ならうちでの専属のメイクアップアーティストにお願いしたいくらいの腕前だ」
飯田編集長はすぐにタブレットを操作して、「中百舌鳥京志郎」について調べだした。
そこに並ぶいくつもの写真は、彼の才能を示すもの。業界として追放されてしまえば、そうそうやっていくことができないはずなのに、SNSでは京志郎のメイクは一部界隈からは絶大な指示をよせられていることがよく分かる。
「たぶんそれは嫌だと思いますが……でも、あちらも名声は欲しいはずです」
京志郎のことを分析して気がつくことがあった。
それはあまりにキャッチーな化粧が多く、一般層に受け入れられている領域にまだ達していない、ということである。
「そうか、それでこちらの仕事に協力してくれたのか」
飯田編集長が納得したように頷いた。
出版社からじきじきに写真集を出す。その時に自分がメイクを担当した写真集が売れれば、それだけでも京志郎にとっては名前をあげるチャンスとなる。しかも、それがあの「櫻木昴」ではなく、「アル」として出すことができるのならば、彼にとっても最高の意趣返しとなるだろう。だからこそ彼はそれを受けてくれたのだ。
「それに衣装は望月くんの友人か。こちらもかなりいい衣装を仕上げているね。これならきっと、今回のコンセプトにも対応したものが作ることができるだろう」
飯田編集長はそこまでは順調というように頷いた。しかし、一つ気になったことがあるらしい。
「一つ、聞きたいのだが……これをアルくんに伝えられるかな?」
「どういう、意味ですか?」
桃花もそれに首をかしげる。
「私はアルくんのことはある程度知っている。もちろん、彼が大切なものを失った悲しみを全て理解しているとは思えないが。それでも、彼がこんなことをされて納得するとはどうしても思えないんだ。望月くんは彼が納得できるような、そんな説明ができると本当に思ってるのかな?」
それは飯田編集長の中でも、一番の懸念事項だったのだろう。何しろアルに対しては、桃花もまだつかみ切れていないところがある。優しそうに見えて、何か妙なことを企んでいて、しかも時々不穏なこともある。こうして近くにいても、正体なんてまるでわからなかった。
そんな男なのだ。
「それなんですが……」
だから、そんな謎めいた男に対しては、こちらも謎を作るしかないのだ。
「この件について、撮影に必要最低限の情報以外は、全て彼には伝えないでおこうと思っています」
「な……?」
飯田編集長は桃花の言葉に目を見開いた。
「望月くんは……その意味がわかっているのかな?」
「……はい。普通であれば、ありえないほどです。そもそも私たちはモデルさんと契約をして、そこできちんと約束を交わすことでこうして繋がっている。それを隠せば、後で何を言われても仕方ない」
アルと以前に遊園地に行った時だって、きちんと契約書を結んだ。そうしなければいけないと、桃花だってわかっている。
個人の写真でさえ、口約束であっても、どのような写真をどういう風に撮るか、現像方法やSNSへの投稿などについても、決めていることが多いのだ。
それを桃花はあえて破ろうとしている。
「でも、アルはそれを承諾します」
なにもわからなくても、一つだけわかっていることがある。
「それは、なぜ?」
「彼はきっと壊れたがっている。だから自分を破滅させるかも知れないという道を提示されれば、喜んでそちらに向かっていくはずです」
それだけは確かに、桃花にもわかっていたのだ。