「ふぅー、やっぱデザートは美味しいよねぇ……幸せだぁ」
「しおりお姉ちゃんもそう思う? なんか普段のご飯と違った美味しさがあるよね」
しおりお姉ちゃんはレポートを、私は配信を頑張ったご褒美として一緒にプリンを食べていた。こういうほのぼのとした時間がなんだか幸せに感じる。上手く言語化は出来ないけれど、ずっと噛み締めていたくなるような小さな幸せ。
「あ、そうだ。かなちゃんお風呂入ってく?」
「えっ、いいの?」
「もちろん。うちのお風呂は結構広いからかなちゃんもゆっくり出来ると思うよ」
そう言われたら、断る方が失礼というものだろう。
「じゃあ、お言葉に甘えようかな」
「うん、いってらっしゃーい。着替えは後で持っていくね」
しおりお姉ちゃんに促されるまま、私はお風呂場に向かった。脱衣所で服を脱ぎながらふと思う。そういえば、しおりお姉ちゃんと一緒にお風呂に入ったことはなかったな。幼なじみとはいえ、仲良くなったのがある程度成長してからだから当然といえば当然なのだろうけど。
……ちょっとだけ。ほんとちょっとだけ、いつもはジャージやパーカーで隠れたその中身がどうなっているのか、興味を抱いた。でも、一緒に入りたいというのもなんだか恥ずかしくて言い出せない。
「ふぅー……」
結局勇気が出なくて一人で入ることにした私は、身体を洗い流して湯船に入り一息つく。温かいお湯が身体を包み込み、疲れがじんわりと溶けていくような感覚を覚える。やっぱりお風呂は気持ちいいなぁ……と、そんなことを考えていた時だ。ガラッと勢いよく扉が開かれたのが聞こえた。
「かなちゃーん、着替えここに置いておくねー」
「あ、うんっ! ありがとう!」
そういえばあとで着替え持っていくとか言ってたっけ。着替えを用意してくれたことはありがたいのだが、せめてノックぐらいはして欲しかった。いきなりだったものだからびっくりしたし、ちょうどしおりお姉ちゃんのことを考えていたから心臓が飛び出るかと思った。
でも、これはチャンスかもしれない。こんな機会は滅多にないし、逃したらまたいつやってくるかわからない。
「しおりお姉ちゃんっ!」
私は意を決して、扉越しに彼女に呼びかける。
「どうしたの? 忘れ物?」
「そうじゃなくて……その、一緒にお風呂入らない……?」
「……へっ!?」
扉の向こうから素っ頓狂な声が聞こえる。いきなりすぎただろうか。確かに突拍子もない提案だと思うけれど。でも、どうしても気になってしまったのだから仕方がない。私は思いきって続けることにした。
「その……たまにはどうかなって。しおりお姉ちゃんも疲れてるだろうし」
「まあ、確かに今日はめちゃくちゃ疲れたけど……」
しおりお姉ちゃんが戸惑っているのは声色でわかる。そりゃそうだ。いきなり一緒にお風呂入ろうだなんて言われたら誰だって困惑するだろう。でも、私だって勇気を出して誘ったのだ。ここで引き下がる訳にはいかない。
「……わかった、いいよ」
少し悩んだような間があったものの、彼女は承諾してくれた。私はほっと胸をなで下ろす。しおりお姉ちゃんが頷いてくれなかったらただの変態になってしまうところだった。……いや、許可してくれても変態なことに変わりはないか。
そして、バスタオルを身体に巻きながら一糸纏わぬ姿で入ってきた彼女に私は思わず見惚れてしまった。すらりと伸びた脚に引き締まったウエスト、そしてボリュームのある胸部。同性から見ても魅力的だと思うその姿はまさに芸術品のようだ。普段はあまり意識していなかったけれど、こうして見るとその差を思い知らされてしまう。
「……かなちゃん? どうかした?」
「あっ……いや、なんでも」
しまった。じろじろと見つめすぎていたみたいだ。慌てて視線を逸らす。
「ははっ、もしかして照れてる?」
図星だった。はいそうです、とは口が裂けても言えないけれど。でも、そこまで見透かされてしまうとなんだか恥ずかしくなってくる。顔が熱くなっているのもわかるし。
でも照れているだけじゃなく、ちょっとした嫉妬みたいなものも混ざっている。色んな意味で、好奇心に負けるんじゃなかったと後悔した。
「いや、その……しおりお姉ちゃんもちゃんと女の人なんだなって……」
「それってどういう意味!? 女だと思われてなかったの!?」
「ううん、そうじゃなくて。なんというか……その、私とは違うなって」
「そんなことないと思うけどなぁ」
彼女はそう言うと、私の身体をまじまじと見つめる。その視線になんだか妙なくすぐったさを覚えて身を捩らせると、「あ、ごめん」としおりお姉ちゃんが謝ってきた。
「でも……かなちゃんって本当に綺麗な身体してるよね。羨ましいなぁ」
「しおりお姉ちゃんの方が綺麗だと思うけど」
褒められて悪い気はしないけれど、私から見ればしおりお姉ちゃんの方がよっぽど綺麗だと思う。身長は私より高いし、脚だってすらっとしてるし。……本当に、私とは大違いだ。
すると、しおりお姉ちゃんが急に私の手を取ってきた。驚いて彼女の顔を見ると、その瞳にはなんだか怪しげな光が宿っているように見えて背筋がぞくっとした。まさかとは思うけれど……いや、もしかしなくてもこれはまずいかもしれない。本能がそう告げていた。
だが時すでに遅し。彼女は私の手を自分の胸に押し当ててきたのだ。むにゅっとした柔らかい感触が手を通じて伝わってくる。心臓が大きく跳ね上がった。今何が起こっているのか理解が追いつかず、頭の中はパンク寸前だった。
……しおりお姉ちゃんの胸、柔らかい。
「ボクさ、綺麗な肌が好きなんだよね。それこそ自分のものにしたいくらいに……」
くすりと妖しく笑うしおりお姉ちゃん。……なんだか雲行きが怪しくなってきた気がするぞ。さすがにこれ以上はまずいと本能が警鐘を鳴らす。でも、しおりお姉ちゃんにがっちりと手を掴まれているせいで逃げるに逃げられそうにない。
しかも胸に当てられているから、力任せに乱暴に振り払うこともできない。完全に詰んだ。なにかのスイッチが入ったしおりお姉ちゃんはこんなにも強いのか。
「しおりお姉ちゃんっ……その、そろそろ……」
「もうちょっとだけこうしてようよ。ずっとレポート書いてて疲れたからさ、こうしてると落ち着くんだ」
そうは言われても、こっちはそれどころじゃない。心臓がばくばくと激しく脈打っているのがわかるし、顔もきっと真っ赤になっていることだろう。そんな私を見て彼女はにやりと笑みを浮かべると耳元で囁いてきた。
「肌を重ねてると、ほんとにボクのものになったみたい……」
「っ……!」
息がかかってくすぐったい。思わず声が出そうになったのを必死で堪えた私は偉いと思う。これ以上なにかされたら本当にどうにかなりそうだ。早く終わって欲しいという思いとは裏腹に、私の心臓はより一層激しく高鳴っていった。
「……なんてね」
「え……?」
しおりお姉ちゃんがぱっと手を離したかと思うと、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべた。からかわれたのだと気づいた瞬間、全身から力が抜けてその場に崩れ落ちそうになる。……もう勘弁してくれ!
「あははっ、ごめんごめん。ちょっとやりすぎちゃったね」
「……もう」
私は口を尖らせた。しおりお姉ちゃんは反省してるのかよく分からないような様子で笑っている。……ほんとにずるい人だと思う。こんな風にされて本気で怒れるはずがないじゃないか。
こうされていなくても、心から怒っていたかは自分でもわからないけれど。