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第56話 クレーンゲーム

「そーっと、そーっとよ。そうそうその辺……」

「ちょ、ちょっとまりどいて。見えないから!」


 さっきのプレゼントのお返しになればと思ってクレーンゲームに挑んだ私だが、想像以上に難しかった。アームの力が弱かったり目当て以外の景品にアームが当たって上手く取れなかったり。あとは横の女の子がうるさかったり。


「あー、まただめかぁ……難しいなぁ」

「落ち込んでる暇はないわ、かな! さぁ、あのクマちゃんを捕まえるのよ!」

「どんなテンションなの……」


 まりが指差すそのクマは、ピンク色のリボンを首に巻いている。そのリボンがまた可愛い。多分まりもそこに惹かれて立ち止まったのだろう。

 私は気合を入れ直して再び100円を投入する。しかし、アームは無情にも景品を持ち上げるどころか、かすりもしなかった。


「くっ……私には、才能がないのかっ!」

「かな……落ち込むことはないわ! 諦めたらそこで試合終了なのよ!」


 私の肩を摑むまりは、何故か熱くなる。しかし、その言葉は私のやる気を奮い立たせるには充分だった。

 まりの言葉に乗せられるがままクレーンゲームを続けること10回ほど。私はまりの隣で再び100円を投入する。アームは難なくクマを持ち上げた。

 そして、ぬいぐるみはそのまま出口へ向かって転がっていった。私は無事手に入れたぬいぐるみを抱えながらまりの方を見ると、彼女は笑顔で親指を立てていた。


「まり! やった、やったよ! ついにゲット!」


「かな、おめでとう! 貴方ならやってくれると思ってたわ!」

「いやいや、まりがいなかったら無理だったよ。ありがとね」


 クマのぬいぐるみを抱きしめながら感謝を伝えると、彼女は嬉しそうに頬を染めた。それを誤魔化すかのようにまりはそっぽを向く。その反応が可愛くてついからかいたくなるけど、今は我慢しよう。

 私は手に入れたクマをまりに手渡す。まりは突然のことに困惑しながらも、嬉しそうにそれを受け取ってくれた。


「さっきのプレゼントのお礼。これじゃお礼にならないかもだけど、よかったら貰って」

「……いいの? じゃあ、遠慮なく頂くわね」


 まりはぬいぐるみを抱きしめながら微笑む。その笑顔だけで私は幸せな気分になれた。そのまま二人で出口へ向かい、ゲームセンターを後にする。まりはぬいぐるみを大事そうに抱えてくれていて、思わず笑みが溢れる。こんなに喜んでもらえて良かった。今度また一緒に来ようかな。


「かな、ありがとう。大切にするわ」

「どういたしまして。今度は二人でプリクラでも撮ろうね」

「……そうね。それもいいわね」


 まりとの楽しい時間はあっという間に過ぎていくもので、もう日も暮れ始めていた。そろそろ帰ろうかと思いまりを見ると、彼女は何か言いたげな顔をしている。どうしたんだろうと思っていると、まりは恐る恐るといった様子で口を開いた。


「かな、今日は本当に楽しかったわ。また一緒に遊んでくれる?」


 不安そうな表情のまりに私は笑顔で答える。


「もちろんだよ! 今度はいつにしようか?」


「ふふっ、いつでも構わないわ」


 まりは嬉しそうな表情を浮かべると、そのまま帰路に着いた。私もそんなまりを見送ったあと、しおりお姉ちゃんのところへ急ぐことにした。


「今日は本当にいい一日だったな……」


 独り言を呟きながら空を見上げると、綺麗な夕焼け空が広がっていた。その美しさに見惚れて立ち止まっていると、背後から声がかかる。


「かなちゃん?」


 聞き慣れた声に振り返ると、そこにはしおりお姉ちゃんの姿があった。どうやら私を迎えに来たみたいだ。私は嬉しさを隠しきれずに駆け寄り、そのまま抱きつく。


「おっと、どうしたの?」

「へへ、なんでもない」

「まったく、かなちゃんは甘えん坊さんだね」


 しおりお姉ちゃんは私を抱き抱えるようにして頭を撫でる。私はその心地よさに身を委ねた。すると、頭上から優しい声が降ってくる。


「ねぇ、かなちゃん」

「ん? なに?」

「今日は楽しかった?」

「うん! すごく楽しかったよ!」


 しおりお姉ちゃんに尋ねられて、私は満面の笑みで答える。本当にすごく楽しかった。まりとの絆も再確認できたし、クレーンゲームが案外コツを掴むのが難しいことを知った。……クレーンゲームはなんか違うか。

 今日はさすがに疲れているので、夕飯は帰り際にテイクアウトしたお弁当で済ませた。今日くらいはしおりお姉ちゃんも許してくれるだろう。しおりお姉ちゃんの好物を詰め込んできたし。


「そうだ。夕飯お弁当だし飲み物簡単に作るね」

「ありがとう。助かるよ!」


 私はキッチンで温かいお茶を作って、しおりお姉ちゃんのところへ持っていく。しおりお姉ちゃんはもう既にパソコンで作業をしていたので、私は邪魔しないようにさっと渡して少し離れたところに座る。


「かなちゃん、ありがとう」

「どういたしまして。レポート頑張ってね」


 大学は暇な時は本当に暇だが、忙しい時は一気に集中するらしい。しおりお姉ちゃんは課題を貯めがちなので、提出日ギリギリに一気に片付けようとするのだ。でも、そのせいで作業の効率も落ちるので、私はできる限りサポートするようにしていた。

 といっても代わりにレポート書いたりとかは出来ないから、家事をやらせてもらっている。無報酬なわけではないし、私も手伝いたくて手伝っているから特に苦ではない。


「かなちゃんには本当に助けられてるよ」


 パソコンを閉じながら、しおりお姉ちゃんは私を褒めてくれる。どうやら一区切りついたらしい。私はすかさず空になっているコップにお茶を入れて手渡す。しおりお姉ちゃんはそれを受け取ると、ゆっくりと口に運んだ。


「はぁぁ……疲れた身体に染みるねぇ……」

「あはは、しおりお姉ちゃんなんだかおばあちゃんみたいだよ」

「いいじゃないかー。それだけお茶は偉大ってことで」


 冗談交じりにそう言うと、しおりお姉ちゃんはケラケラと笑う。その表情を見ると、なんだか私も嬉しくなった。そのまま二人で談笑しながら過ごしていると、ブブッとスマホの通知が鳴った。


「ん? あ、まりの配信通知だ」


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