『はじまりはじまり〜。突然のゲリラ配信失礼するわね。今日はどうしてもこの気持ちをみんなに共有したくて……』
【待ってました!】
【お? なんだなんだ?】
【まりんちゃんがゲリラなんて珍しい】
突然始まったまりんの配信。リスナーもいつもと違う彼女に戸惑っているようで、普段よりもコメント欄がザワザワしている。まりんはそんなコメント欄に過剰に反応せず、ゆっくりと語り出した。
『実は今日とっっってもいいことがあったの! 聞いてくれる?』
【聞く聞く!】
【なになに?】
『実は今日ね――お友達にクマのぬいぐるみを取ってもらったの!』
そう言ってまりんは、あらかじめ撮っていたであろう写真を配信に映す。そこには今日私がクレーンゲームで取ったぬいぐるみがあった。特徴的なピンクのリボンもあるし、間違いないだろう。
このぬいぐるみは、私が取ったもの。私がまりにあげたいと思って渡したもの。つまりまりんの言う友達とは私ということになるが、リスナーは当然そんな事実を知るはずがない。なんだか少しだけ優越感を覚えた。
【良かったねぇ】
【まりんちゃんニコニコで可愛い】
【友達って……まさか男!?】
『そんなわけないじゃない。女の子よ』
【なんだ、女か】
【女ならいいや】
まりんの答えにリスナーはホッと胸を撫で下ろしているようだ。リスナー的には、異性と絡んでいる姿はあまり想像したくないのだろう。私も少しだけだが、気持ちはわかる。推しが仲のいい友人の話をしていると、何もないとはわかっていてもモヤモヤするものだ。
【で、どんな子なの?】
『そうね……ノリがよくて大抵のことなら付き合ってくれる優しい子、かしら』
……なんだか、自分のことを言われていると思うと照れくさい。しかもまりは普段からツンとしていることが多いから、褒め言葉を聞くのがすごく新鮮だ。
『たまにウザ絡みしてくるのが玉に瑕だけど、そういうところも含めて好きだなって思えたの』
【ふ〜ん?】
【それはつまり……恋!?】
『さぁ、どうかしらね。ふふ』
まりんは嬉しそうに微笑みながら、意味深な言葉を口にした。リスナーたちはすっかり盛り上がり、コメント欄は歓喜で溢れかえっている。
……なんだか、すごく恥ずかしい。私はただまりの喜ぶ顔が見たくて取っただけなのに、ここまで喜ばれるとどうしていいかわからなくなる。でも、まりが私のあげたぬいぐるみを大事にしてくれてるのはなんだか幸せだ。
隣で一緒に配信を見ているしおりお姉ちゃんも興味深そうに目を輝かせていた。
「へぇ……まりんちゃんってほんとにかなちゃんのこと気に入ってるんだ」
「もう、しおりお姉ちゃん……恥ずかしいよ」
「あはは、かなちゃんは本当に可愛いね。あ、もしかしてぬいぐるみあげたのって……」
しおりお姉ちゃんは何かに気づいたように言葉を止める。さすがに勘がいいみたいだ。私は小さくため息を吐いたあと、気まずさを隠すように口を開いた。
「……そうだよ。私がまりにあげたの。まりんが喜ぶ顔が見たくて」
「そっかぁ……いいねぇ、青春だねぇ」
しおりお姉ちゃんは私の答えを聞いて嬉しそうに微笑んだ。なんだかすごく恥ずかしいけれど、同時に少し満足感がある。
まりの喜ぶ顔が見たくて取ったぬいぐるみ。まりがくれたプレゼントのお返しになればと贈った私なりのプレゼント。それをまりが大事にしてくれていることがとても嬉しかった。
「よかったね、かなちゃん」
「……うん」
しおりお姉ちゃんの言葉に私は小さく頷いた。なんとなく気恥ずかしいが、悪い気はしない。今はただ、この配信を見守っていよう。まりんが喜んでくれている姿を最後まで見届けようと思うのだった。
『とはいえ、汚すといけないからどうやって保管しようかしら。ホルマリン漬け?』
「……まり?」
やはりというかなんというか、まりんはおかしな方向へ向かっていった。そうして、そういう時にこそ本領発揮をするのがリスナーという生き物だ。
【ホルマリン漬けは草】
【どうせなら冷凍保存する?】
【タイムカプセルみたいに土に埋めるのはどう?】
コメント欄にはまりんの冗談に乗っかって、面白おかしく答えるリスナーのコメントが殺到する。まりんはそんなリスナーたちを見て楽しそうに笑った。
『そうね、今度その友達にどうやって保存したらいいか聞いてみるわ』
「え」
思わず素の声が出てしまう。そんな狂ったことに私を巻き込まないでほしい。普通に箱に入れるとか袋に詰めるとかでいいだろう。しかし、コメント欄はなおも面白おかしい大喜利に熱が入っているようだ。
【骨壺に入れるのは?】
『なるほどなるほど……じゃあ今度用意するわね』
「しなくていいよ!?」
私は画面の向こうにも聞こえるくらいに大きくツッコミを入れる。しかしそんな私の叫びは当然届くはずもなく、まりんは楽しそうにリスナーと戯れていた。
「あぁ……もう」
私はため息をつくと、配信画面から視線を逸らした。なんだかどっと疲れてしまった。ちらりと横目でしおりお姉ちゃんを見るが、彼女はツボに入ったのか静かに「くっ……くっ……」と震えている。
確かに面白いが、目に涙を溜めるほどだろうか? 私はやり場のない怒りのような感情をぶつけるように、震えているしおりお姉ちゃんの横腹をぐりぐりと肘でついた。
「しおりお姉ちゃん、笑いすぎだよ」
「ご、ごめん……だって……くっ……」
「もう……」
私は呆れながらため息を吐くと、まりんの配信画面をもう一度見やる。そこには相変わらず楽しそうに笑うまりんの姿があった。
『あ、そろそろ時間ね』
しばらくコメントで戯れていたまりんだったが、ふと思い出したように時刻を確認するとそう言った。そろそろまりんが配信を始めて一時間くらいになる。
『名残惜しいけれど、今日はここまでね。じゃあね』
【おつまりーん!】
【今日も楽しかった】
【またねー!】
まりんはいつものようにカメラに向かって身体を振ると、配信を切った。後に残ったのは、呆れ疲れた私と今もなお笑いが止まらないしおりお姉ちゃんだけだった。