「こんかめーん。今日は色々と報告があるよー!」
【こんかめーん!】
【こんにちは。初見です】
【ほっしーからの歌ってみたから来ました】
いつも通り配信を始めると、今日はいつもより初見さんの数が多い気がした。なんとなく予想はしていたが、ひすいさんの影響力は想像以上だった。さすが今話題の音楽クリエイター。
「初見さんいっぱいだぁ! ありがとう! そうそう、話そうと思ってたのはね――実は星宮ひすいさんとコラボ歌みたを出したんだよー!」
そう高らかに告げると、元から来てくれているリスナーさん達が大いに沸き立った。星宮ひすいは、最近売り出し中の音楽クリエイターだ。主に歌ってみたのMIXやアレンジをしていて、その歌唱力とMIX技術には定評がある。
そんな話題のクリエイターと、最近頭角を現しているVTuberがコラボしたとなれば、それはもうお祭り騒ぎだ。コメント欄は大盛り上がりで、ひすいさんに感謝や称賛を寄せるコメントが多く流れている。
【けーちゃんすごい!】
【さすが俺らが見込んだだけのことはある】
【星宮ひすいに認められるなんて高嶺の花になっちゃったね……】
「えへへ。みんな褒めすぎだよー。でもほんとに自分でも夢だと思うレベルなんだよね」
ひすいさんとコラボした。この事実は、私の中で大きな自信に繋がっている。もちろんなんで私なんかと……という思いが完全になくなったわけではないが、それ以上に嬉しさが勝っていた。
あの『奇跡の歌姫』とのコラボなのだ。そんな手の届かない存在と言ってもいい人と関わりができたのだ。そして、その人に直接褒めてもらった。肯定してもらえた。それが、私がしてきたことが間違ってなかったのだと言ってもらえたようで嬉しかったのだ。
「ちなみに、今回の歌ってみたはひすいさんの方から誘ってもらったんだよね」
……まあ嘘は言っていない。連絡をくれたのも一緒に歌ってみないかと誘ってくれたのもひすいさんからだし。それを世に出すことまでは聞かされていなかったが。
だから多少……というかかなり不安だったけど、こんなにも動画からのリスナーが増えているのだから結果的によかった。動画を出すと言われてから実際に上がるまで、心労でどうにかなりそうだったけど。
【ひすいさんからだったの!?】
【向こうから目をつけてもらうなんて】
「えへへ。なんか歌枠とか見てくれてたみたいでね。それで声かけてくれたんだー。ほんと嬉しかったよー」
実際「配信を見させてもらった」と言われた時は驚いたなんてレベルじゃなかった。だって私はしがないただの一般VTuber。リスナー達から歌を褒められてはいたけど、プロに認められるほどのものではないと思っていた。けど、ひすいさんの口から『才能あるよ』と、しかも直接言われたのだ。
嬉しいを通り越して信じられないとすら思った。でも、本当に嬉しかった。認められたことがじゃない。ひすいさんに自分の歌が届いていたという事実に、涙が出るほど喜んだ。そして、ひすいさんが私の歌で何かを感じてくれたことが、私の心に火を灯した。
「ってことでね! その歌ってみたの動画は概要欄にあるから見てねー! よかったら高評価とコメントもよろしくね! ちゃんとひとつひとつ見てるから」
【もちろん!】
【もうしてるよ】
【けーちゃんの歌ってみたってだけで高評価】
「ありがとう! お知らせはもう終わっちゃったからどうしようかな〜」
ひとまず今日の報告は終わったので、何をしようかと頭を悩ませる。せっかく初見さんもたくさん来てくれているのだからなにか一曲歌ってもいい。でも連日歌い続けるのは喉に悪そうだしどうしたものか。
【歌ってほしいです】
【一曲だけ! 一曲だけでいいから!】
「もー、しょうがないなぁ……じゃあ一曲だけ歌うよー。どの歌がいいかコメントしてね!」
そう告げると、コメント欄にはたくさんのリクエストが流れてくる。それらにひとつひとつ目を通していくと、一つのリクエストが目に止まった。
「これは……」
それは、私が推しに出会ったきっかけになった曲。もうその人はいないんだと認めるのが嫌で寂しい気持ちになるから意図的に避けていたのだが、今の自分ならきっと歌えるような気がした。
「……うん。じゃあこれ歌おうかな」
そう言って流れ出すメロディー。それは、私の一番のお気に入り。目を閉じると推しが目の前にいるかのように鮮明にその姿が映し出される。
私と推しを繋いでくれたもの。その歌を推しを追いかけるように歌う。その背中に追いつきたい。隣に並んで一緒に……願わくば同じ舞台で同じように輝きたい。いつかは追い越せるくらい力をつけたい。
――あなたがいなくても私はもう大丈夫だと。胸を張って言えるようになりたい。
「……ふぅ、どうだったかな?」
【さいこー!】
【なんかうるっときちゃった】
【けーちゃんの歌すごくよかった!】
「えへへ……今日もいっぱい褒めてもらえて嬉しいな。じゃあまたね。おつかめーん」
そう言って配信を切る。……なんだか今日はいい夢が見られそうな気がする。推しのことを少しは克服できたような気がしてとても気分が良かった。このまま寝る前に、なにか自分にご褒美でもあげようか。
「そうだ! コンビニでなにかスイーツでも買おう」
前世での事故以来一度も行けてなかった、一番近くのコンビニに寄ってみよう。そう思い立ち、身支度を整えて部屋を出る。
その足取りは軽く。期待に胸を躍らせながら私は歩き出す。こんなにも気分がいい日なんてそうそうないのだから。だからこれから起こることもきっと、悪くないと思うのだ。
「あれ、かなちゃん?」
「えっ、しおりお姉ちゃん!?」
コンビニに入ると、雑誌を物色してるしおりお姉ちゃんの姿を捉えた。しおりお姉ちゃんってそんなに雑誌に興味あったっけ?
「珍しいね。ここで会うなんて」
「あっはは……ちょっと色々あって避けててね」
「ふーん?」
しおりお姉ちゃんは、何か言いたげな目で私を見る。それもそうだろう。家から一番近いこのコンビニを避けているなんてそんなの私が何かを隠してますと言っているようなものなのだ。
でも、それを上手く説明する気もなくて私は誤魔化すように笑う。そんな私を見てしおりお姉ちゃんは苦笑すると「ま、いいか」と言ってそれ以上は何も聞いてこなかった。……こういうとこほんと好き。